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第36話  一難去ってまた(?)難

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馬も全力で駆けているがまだ安心はできない。

騒ぎを聞きつけた門番が正門を閉じるまでに抜けねば閉じ込められてしまってそこで終わる。

「くそっ!私の可愛いグラシアナを怪我させやがって!」

グラシアナが感じた二の腕の痛みは少し深めの切り傷にも似ているが銃弾が掠っていった痕だった。

「銃は持っているとは思ったんだ。だから馬車も鋼板を中にはめ込んだのを使ったのに」

――だから外観よりも中が狭かったのね――

エリアスはハンカチを取り出すと端を口で咥えてグラシアナの腕を縛った。

王宮にあった馬車は剣や槍などを持つ者の襲撃に備えた装備はしているが、近年の戦い方に対応した「対銃弾仕様」ではなかった。

まさか本当に撃って来るとはエリアスも「対人」への発砲は想定外。

城内で発砲すれば発砲の衝撃で銃身が動けば誰にあたるか判らない。城内で撃ってくる事があり得ないからだ。銃を使ってくるとすれば視界が開ける時、つまり馬車に乗っている時だろうとエリアスは考えていた。


「奴らはグラシアナが生きていればそれでいいとやり方を変えたんだろう。本当にズル賢さだけは一人前だ」

グラシアナへの簡単な処置を終えたエリアスは馬車の天井を軽く叩き、てっきり模様かと思っていた天井桟を取り外すと爆走する馬車の天井を開けて半身を乗り出して御者に二言三言声を掛けた。

「お兄様、何をしようとしてるの?」

途端にグラシアナの胸には不安が過った。

ひょいと乗り出していた体をしゃがみ込ませたエリアスはグラシアナの両肩に手を置いた。

「このまま馬車で公爵家まで戻り、その後はアリーとメアリーと共に帝国の領事館に向かえ。帝国には万が一の時に保険を掛けてある。グラシアナを保護してくれる」

「お兄様は?お兄様はどうするの?!」

「そうだなぁ。草原でもひとっ走りしてくる。大丈夫だ。直ぐに合流する。21年も我慢してまだ数か月しか一緒にいられていないんだ。もっと妹を満喫したいからな」

エリアスはグラシアナをそっと抱きしめると頭をポンポンと撫でて、さっき開けた天井板の穴から外に飛び出し御者の隣に位置を移した。

後ろの窓からはもうパンディトンの姿は見えない。
グラシアナは御者の背になるほうの小窓を覗いた。

――何してるの?!馬のハーネスを外してるの?――

かなりの速度で馬を走らせている馬車は4頭立て。
エリアスは揺れる御者席から手前の馬に飛び移ると前を引く馬のハーネスを外し始めた。

ガタンと大きく揺れて思わず目を閉じ、身を屈めてしまったグラシアナだったが、もう一度小窓を覗くと前方を走っていた2頭の馬がいなくなっていて馬車の速度が落ちた。

続いてエリアスが飛び乗り跨った馬が前を走り出す。馬車を引く馬が1頭になりさらに速度が落ちた。


「お嬢様、正門を抜けたら馬車を捨てます。騎乗しますのでお心構えを!!」

エリアスが最後の退路を切り開くために馬を切り離したのだと知るとグラシアナの中に大きな後悔が襲う。

「どうしよう!嘘を吐いた罰なんだわ・・・どうしよう」

迷っている間も馬車は前に向かって進んでいく。御者の声がまた聞えた。

「門が開いてます。このまま駆け抜けます。ご準備を!」
バタンバタンと大きな音をさせて開いたり閉じたりしていた扉はもう取れてしまって何処かに落ちた。

開放されている出入り口。正門を通り過ぎる時にグラシアナの目に見えたのは騎乗したエリアスを囲む長槍を持った門番たちだった。

「お兄様っ!!!」

叫んでも聞こえるはずがない。グラシアナの目にはほんの一瞬の光景が何十秒と言う長さになってゆっくりと映り、流れていく。


正門を抜けた馬車はつり橋を渡り、少し走ったところで土煙をあげて停車した。

「お嬢様。無事ですか」
「無事よ。馬車を降りるのね?」
「はい!」

御者は最後に馬車を引いていた1頭のハーネスを外すと先にグラシアナを乗せ、続いて馬に飛び乗った。

「もうちょっとだ。屋敷まで頑張ってくれよ」

馬に声を掛けて「ハイッ!!」と声を掛け手綱を振った御者。2人を乗せて馬は走り出したのだが、また乾いた音が空気を裂いて耳に聞こえた。

同時に御者がグラシアナに持たれるようにしながら体をグラっと揺らせた。

――まさか撃たれたの?!――

後ろを振り返る余裕などない。
過去に読んだ色んな報告書が頭の中でグルグルと回る。

火薬を主流とする武器を持って戦う戦にシフトしつつあるが、超長距離を撃ち抜ける銃は帝国で開発中らしいとは知っていた。

色々と考えて走って来た道のどこかから狙っても水平であれば途中にある障害物が邪魔になるはず。位置的に見て城の塀の上部から狙われたのだろう。

――ちゃんとお兄様に話をしていれば…今更よ!私のバカッ!――

たらればを今言っても後の祭り。

――今は出来る事をしなくちゃ――


グラシアナはずり落ちそうになる御者に声を掛けた。

「大丈夫っ?!」
「すみません…肩をやられたみたいです・・・お嬢様はこのまま‥」

自分を捨てて行けという御者をグラシアナは一喝した。

「馬鹿言わないで!しっかり掴まって!」

御者の手綱を持つ手はもう力がない。グラシアナは御者の手を自分の胴体に「しっかり掴んで!」何度も声をかけながら手綱を受け取り、ロペ公爵家までの道のりを駆け抜けた。

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