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第35話  パンディトン撃たれる

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移動椅子から立ち上がろうとしたグラシアナだったが、パンディトンが止めた。

――こんな時にまで装ってられないわよ!!――

そう思ったのだが、グラシアナが持つ武器は心許ない。

夜会などなら負傷の原因ともなったパニエに暗器を忍ばせた事もあったが移動椅子に腰かけるとなると忍ばせることは出来ず、エリアスとパンディトンが守ると言う事でアリー、メアリーから「もしかすると役に立つかも知れません」と剃刀の刃のような薄い武器が靴底にあるだけ。

戦う事が出来れば双剣の使い手でもあるが、残念ながら重さを持たず、間合いを取ってレイピアで突くと言う戦法なので仮に周りを囲む騎士たちから剣を奪い取っても重さでグラシアナには扱いきれない。

そもそもレイピアを所持していたら記憶がない事すら怪しまれてしまう。

「大丈夫だ。俺の命に代えても絶対に守る」
「頼んだぞ。流石は私の義弟と言わせる力を発揮してくれ」

近衛騎士ではあったけれど、剣の腕前は群を抜いていたパンディトン。
グラシアナを左腕に座らせ、抱えると利き腕の右手1本で剣を構えれば強さを知っている騎士が怯んだ。

「エリオスッ!歯向かえばどうなるか解っているだろうな!」

自らは騎士を盾にした議長たちが声をあげるが、エリオスは不敵に笑った。

「歯向かわなくても結果は同じ。ならば抗うまでのことッ!」

――うわ、お兄様がまともなこと言ってる?!――

エリアスが道を切り開き、グラシアナを抱いたパンディトンと背中を合わせてゆっくりと扉に向かって進んでいく。

ガキンガキン!剣と剣がぶつかる金属音は講師が講義をする際に使用する黒板を爪で引っ掻いたように嫌悪する音に近いがグラシアナも高い位置から周囲を見てエリアスの斜め後ろで斬りかかる騎士の存在を叫んで教える。

「お兄様っ!左後ろ!」
「うぉぉぉーっ!!(ガギン!)グアァァー」
「クマさんっ左右両方!左は下段よ!」
「ベルっ!目を閉じてろ!汚いものを見るな」

こんな場ではなかったら「ぺちっ!」と軽く頬を叩く真似をしてやるところだが、そうも言っていられない。

「逃がすな!グラシアナだけでいい!後の2人は始末しろ!」

扉を抜けて廊下に出た3人に向かって議長は唾を飛ばし周囲にいた騎士に追いかけろと指示を出す。

「義弟っ!始末されるそうだがどうするよ」
「大人しくヤラれる義兄弟じゃないって所を見せるだけだ」


議長たちは議会のある建物の中でケリをつけようと考えていたのか、王宮に繋がる回廊に出ると騎士達とあわや!になりながら進んでくるエリアスたちを見て、文官も女官も、そして従者も悲鳴を上げて逃げ惑いだす。

手にしていた書類を放り投げ、紙が舞うとはらはらと落ちてくる。
エリアスは落ちた紙に騎士を誘導するように動き、重なった紙に足を取られた騎士が尻もちをつくように転ぶと後ろにいた騎士も巻き添えを食って転ぶ。

追いかけて来たものの、騎士は重量のある甲冑を装着しているので簡単には止まれない。長い回廊で加速をつけてきた騎士は転んだ騎士を避けきれずそこでも転ぶ。
飛び越えようとしても、本物の戦場で戦の経験もない騎士が60kg近い甲冑を着たまま考えているほどの距離を飛び越えられるはずもなく、転んだ仲間を踏みつけるように更に転んで騎士の山が出来た。

「こりゃもう亡命しかッ(ガンガンッ!)ないかッなッ!(ギュギンッ!)」
「だったら義兄上、海のある国にッ(ガキンッ!)しましょうッ!うぉりゃぁ!(ガゴンッ!)」

――この2人まるで旅行先を決めるみたいに亡命を考えてる?――

エリアスが国を捨てずに亡命を最終手段をしているのはグラシアナにも何となく解っていた。
公爵が亡命となれば大事になる。

王都にいる民衆は面白がって手を叩き、囃し立てるだろう。
頑として「国を立て直す」方向に舵取りをしたのは、エリアスの背には忠誠を誓ってくれている使用人やその家族だけではなく、幾つかの領地に数百万の領民がいる。

過去には反発する当主を従わせるため、議会が先導して領民を処刑した事もある。罪もない生まれたばかりの子供まで犠牲になった過去を知るエリアスはグラシアナ大事とあっても領民を見捨てることは出来なかった。

自分たちさえ逃げられればそれでいいと最初から考えていれば亡命などグラシアナが公爵家に引き取られてその日のうちにでも他国の大使館なり領事館に飛び込む事は簡単に出来たのだ。

そうしなかったのは可愛い妹を人身御供に差し出した両親と同じ轍を踏みたくなかったからに他ならない。
だから多少の痛みは伴うが、その痛みを背負うのは散々に甘い汁を吸ってきたヤカラで、丸く収めようと動いていた。


阿鼻叫喚の場となる王宮内を抜けると玄関前も騒がしい。
何かと思えばロペ公爵家の息のかかった従者達がエリアスたちの退路を確保するために別方向から集まって来た騎士と対峙をしていた。

「旦那様!早く!こちらですっ!」

目潰しに煙幕を張るために殺傷能力はゼロに等しい煙玉を床に投げつけ追ってくる騎士の視界を奪う。

馬の嘶きが聞こえ、馬車も聞いた事が無いくらいに車輪の音をさせて近づいて来たかと思ったら丁度の所で停車した。御者も叫ぶ。

「旦那様!こっちです!」

先ずはエリアスが馬車に転がるように飛び込み、パンディトンは左腕に抱えたグラシアナをエリアスに渡そうとしたその一瞬だった。

パンパパーン!パンパン!!

煙玉を破裂される時とは違う。もっと乾いた火薬を破裂させる音がした。
同時にグラシアナは二の腕に何かが、今度こそ本当に皮膚を削ぐような痛みを感じた。
それとは別に何かがめり込むような鈍い音も聞こえる。

「うっ!!」
「ベルっ奥へ」
「おりゃぁ!!」

最後に聞こえたのがエリアスがグラシアナの腕を掴んで馬車の中に引きずり込む掛け声。

「出せッ!!」パンディトンは御者に向かって叫ぶと扉は開いたままで馬車は走り出した。
バタンバタンと扉が振動で開いたり閉じたりを繰り返す音を聞きながらグラシアナは後方の窓を覗き込んだ。

「クマさんッ!!お兄様っ!クマさんがっ!パンディトンが!!」

乾いた音は銃弾の音。パンディトンは数弾被弾しながらも走り去る馬車を追う騎士を食い止めるために剣を振るっていた。
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