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第33話  立場を弁えろ

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夜会でもないのに、いや夜会だとしても目の前に立つイメルダのドレスを着ようと思うものはそうそういない。

ノースリーブは大変結構だが、二の腕のお手入れを先にした方がいい。
蚊に刺されたのか掻きむしった傷跡はあるし、隠そうとデコルテからも更にファンデーションを伸ばしたようだが、二の腕の表と裏で色が違う。

グラシアナも「ドレスの歴史」と言う本で見たことがあるが、セクシー系を狙ったスータシアドレスと名付けられたドレス。

双璧の間から臍に向かってカードのスペードのマークを逆さにした切れ込みがあって、膝上15cmほどまではボディラインにピッタリフィットなデザイン。

「着る人を選ぶ」と言われていて、似合うと煽てられても着ようとは思わない。

背中を向けばこちらも尻の切れ目が見えるか見えないかまで大きく開いている。シースルーでレース編みの模様かと思えば背中ニキビだった。

赤の中に白っぽかったりするのが見えるのは膿んでいるのだろうか。それともニキビ芯の主張が激しいのか。

そして、これはきっとイメルダなりの「個性を魅せる」コンセプトなのか布には魚の鱗のようにスパンコールを縫い付けているので半魚人にしか見えない残念ぶり。

――スパンコールがラメ色って何時の時代よ――

使うな!とは言わない。言わないが誰もこのドレスを作る時に止めなかったのか、仕立てが止められなくても着る事を止めなかったのか。
残念を通り越して憐れに見えてしまう。


「まだ何も思いだせないんてすってね?お気の毒。思い出せないって事は無かったと同じよね?」

うーん。どうしようと考えたグラシアナは取り敢えずエリアスを見た。
「この人誰?」と問いかける目にエリアスが移動椅子の脇にしゃがみ込み、グラシアナの髪を手のひらに掬い上げるとキスを落とし、その流れでグラシアナの頬を指の背でそっと撫でた。

――お兄様、イメルダとどっちもどっちの気持ち悪さっ!――

「可愛いグラシアナ。少しだけ目を閉じていなさい。パンディトン。グラシアナの耳を塞いでくれるか」
「構わないが何をするんだ」
「言うわけないだろう?私は温厚な兄なんだ」


――温厚・・・厚かましいの間違いじゃ――

そう思いつつもエリアスに言われた通りに目を閉じたグラシアナ。パンディトンの大きな手が耳だけでなく頬も包み込む。

――今気が付いたけど、剣ダコがまるで肉球だわ――

ついすりすりと顔を動かしてしまうと、パンディトンの人差し指が悪戯っ子を窘めるようにグラシアナの額をトン!軽く打つ。

「クマさん。私、落ち着いているみたい」

パンディトンは中腰になって顔を近づけてくると少し覆った手を浮かせて「それは良かった」と囁いた。ふわっとパンディトンの剛毛に見えるのに実は柔らかい癖毛がグラシアナを擽る。

「いちゃついてんじゃないわよ!立場を弁えなさい!」

イメルダが手にしていた扇を床に叩きつけるとエリアスが前に出た。
目だけが笑っていない美丈夫、キレかけの笑顔にはイメルダも息を飲んだ。


「立場を弁えろとは誰に向かっての言葉だ?」
「そ、それは‥グラシアナが場も考えずに付き添いの男と・・・(もごもご)」
「それが事実だとして貴様如きに立場を説かれる謂れがないが?」
「だって!正妃だしっ」
「成婚の儀が終わればな。それまではオルタ侯爵家の娘に過ぎん。が‥‥こちらは公爵家。どちらの立場が上なのかオルタ侯は教えてはくれなかったのか」

「それは・・・」口籠るイメルダにエリアスは腰から剣を抜き、イメルダの鼻先に突き付けた。

「私は昔から羽虫やコバエの類は鬱陶しくて仕方ないと思っている。記憶が戻らなければ無かった事になるだと?それがオルタ家の意向か」

「違いますっ。ついうっかり・・・」

「うっかり?ハッキリ言っておくが私にとって王家は無用の長物。生きながらえたくばその口を生涯封じる事だ。貴様は寝取ったと鼻高々だろうが、鼻は顔の中で一番削ぎやすいと言う事を。そしてうっかりに二度目無いと言う事を覚えておけ」

エリアスは手にしていた剣を少し回し、刃ではなく中央に掘られた溝、フラーをイメルダの鼻に当てた。無機質な剣の冷たさとフラーを通して感じる僅かな風。

エリアスが剣を引いた時、イメルダはその場に腰を抜かしてへたり込んだ。
はらはらとイメルダの周囲には髪が舞う。

「へっ?えっ?!」

慌てて髪を手で押さえるイメルダだったが頭頂部に側頭部。異常はなくほっとするも「ではどこの髪?」

その場に鏡がないから見えなかっただけ。
エリアスは剣を引く時に更に少し動かし、イメルダの前髪を剃り上げ、ついでに眉毛も両方の眉尻を残して剃り上げていた。

眉頭部分だけを残し、眉を描く者はいるが眉尻だけを残す者はいない。

エリアスたちが立ち去った後、「なんなの。腹立つわぁ」息を吹き返したかの如くイメルダが周囲の従者に食って掛かるが、従者はイメルダの顔を見て笑いを堪えるだけで精一杯。
翌日は胸筋の筋肉痛に悩まされたのだった。
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