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第15話  初手で終わった計画

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悶々としながらエリアスが20歳を過ぎた頃、不穏な噂話を耳にした。
クリスティアンがイメルダに相談をし始めた時期だが、当然エリアスは良く思わない。

――なら、もうグラシアナは返して貰う――

グラシアナ本人は何も言わないが、使用人の一人がオルタ侯爵家の息のかかったステラに入れ替えられた事でエリアスは動き出した。

先ずは両親の力を削ぎ、屋敷から叩きだす。
ただ追い出したのでは逆臣とされてしまう可能性もあるため、どうすれば大義名分を得られるかを考えた。そうしなければグラシアナを連れ戻した後もグラシアナに肩身の狭い思いをさせてしまう。



完璧と言われるグラシアナだが、それは「人形」として完成されただけで「人」としては不十分な未完成。傀儡の王妃となる教育しかされていないので、何処かの貴族に嫁がせても「夫人」としてはやっていけない。

――生き様まで好き勝手にしやがって!許さないからな――

同時にグラシアナの嫁ぎ先もエリアスは探した。
手元で生涯の面倒をみるのも厭わないが、それではグラシアナも息が詰まるだろう。

グラシアナだけを愛し、自由にそして大切にしてくれる男で無ければならないが、なかなかそんな人物は見つからなかった。


頃合いを見てクリスティアンとイメルダの不貞を議会で暴き、傀儡で良いのだからそっちはそっちで自由にすれば良いと突き放し、公爵家は静観する姿勢をする為の下準備を急いだ。


そんなある日のことだ。
近衛騎士がエリアスの元に飛び込んできた。

「大変だ!グラシアナ嬢が怪我をした!オルタの娘絡みらしい」
「なんだと!怪我の具合は?どうなんだ!」
「すまない。先ずは一報をと急いでしまった。侍医に処置を受けているところだ」
「奴は何をしていた‥‥」
「殿下か?」
「あぁ。色ボケのクソ野郎はその時に何をしていたッ!」

式典用の服を採寸と聞いたエリアスが通常で居られるはずなどない。

「直ぐに王宮に行く。手配をしろ」
「かっ畏まりましたっ」

従者がバタバタと廊下に飛び出して走る音がするが、それを打ち消すような足音がどんどん近くなってくる。

バーン!!余りにも勢いよく扉を開けたため、片方の丁番が外れてしまった扉はもう一度大きな音をさせた。

ガシャーン!!

「エリアスッ!どうなってる!!」

丁番が外れて通行の邪魔になった扉を蹴り飛ばし、入って来たのは友人の兄。
エリアスに一報を知らせた近衛騎士もよく知る男の名前はパンディトン。

バルディベア伯爵家の嫡男でグラシアナが剣を習い始めた頃に入隊した騎士。6歳のグラシアナを「寝させてやってくれ」と当時の隊長に頼み込んだ騎士でもある。

以来16年間、変に出世をしてしまえばグラシアナの警護ではなくクリスティアンや国王、王妃の警護に回されてしまうため昇進試験も適度に不合格をし、班長止まり。

見た目が残念な上、鳴かず飛ばすの班長止まりな男に嫁など来るはずもなく未婚。
騎士仲間からは「クマトン」と呼ばれ、酒よりもレモン水の蜂蜜入りで酔える特技がある。

日頃は温厚でグラシアナの前では牙も爪もない熊と呼ばれているが部屋に飛び込んできたパンディトンはまさに荒ぶる大熊だった。

蹴破った扉は見事なまでに粉砕し、細かい破片を纏って外に面した窓まで吹き飛びガラスが割れる音がする。


エリアスも正気に戻らざるを得ない。

怒り狂うエリアスの目の前で目を血走らせ、パンディトンは強く握った拳からは血が滴り落ちていた。

「お前・・・血が・・・」
「こんなのは怪我の内には入らんッ」

余りにも強く握りしめていたので爪が割れてしまっていた。

この日は非番。余りにも休みを取らないので強制的に休めと言われた初日。
「良い蜂蜜を作るには土の手入れから」と庭仕事をしていた時に聞いた一報。エリアス以上に正気を失ったパンディトンは神話の軍神マルスの如くロペ公爵家まで全力疾走してきた。

エリアスはこの時確信した。

――グラシアナを任せられるのはこの男しかいない――

エリアスでも190cmある身の丈なのに見下ろすパンディトン。
人は時に自分よりも怒ったり、悲しんだりしている人をみると無になる。

「パンディトン・・・そんなに怒らなくても…」
「今、怒らずして何時怒ると言うんだ!!もう我慢できんッ」
「待て、待ってくれ。城には私が行く!ここで待っていてくれ」
「大人しく待てると思うのかッ」

キョロキョロと周囲を見渡す。

――うん。壊されても問題ない物しかない――

屋敷そのものを破壊しかねない怒りにエリアスが落ちつく事が出来たのは言うまでもない。


★~★

エリアスが馬車に揺られている頃、グラシアナはする事もなくやって来るという客の対応策を練った。

親戚筋なら知らぬ存ぜぬで昔話を振られてもかわさねばならない。
この場合の昔話は「小さい頃、よく遊んだでしょ」というものではなく、王宮でクリスティアンの婚約者として振舞っていた茶会や夜会でのこと。

今のグラシアナには王宮の何処に何があるのか。どんなことをしていたのかなど何もない状態とせねばならない。

嘘はちょっとした事で露呈してしまうので万全の注意を払わねばならないが秘策もある。

――秘儀!笑顔返しッ!――

そう、言葉はうっかりがあるが、笑顔の場合はただ笑っているだけなので肯定にも否定にもなるが、全てに同じ対応なら相手も「あれ?」と先に出た言葉を肯定したと思い込んでも直ぐに「違うのかな」と思い至る。

ついでに無言の笑顔のみを返していると、「あなたの話はよく判らない」と相手も受け取ってくれるので早々に引き上げてくれるはずだ。

これで対策は万全。フフンとほくそ笑むグラシアナだったが初手で終わった。




「お嬢様。お客様がいらっしゃいました」
「えぇっと…この部屋でいいのかしら?」
「そうですね。応接室よりはサロンの方が庭の花も見えますしよろしいかと」

エリアスの執事は高齢だが、とても優しい物言いをしてくれる。
唯一エリアスを叱る事が出来る人なのだと侍女のアリーやメイドのメアリーは言っているがその通り。

「ありがとう。ではここに通してくださる?」
「畏まりました」

執事が礼をして下がっていくとグラシアナの緊張が高まる。

――誰なんだろう…まさか殿下なんて事はないわよね――

クリスティアンからは面会を希望する先触れが何度も来ている事は小耳に挟んだが、尽くエリアスが握り潰し厨房で竈の火起こしに届いた先触れは使用されていると言う。

ドキドキとする気持ちが執事の「こちらです」の声にMAX。
しかし、「ありがとうございます」と返す声に聞き覚えがあった。

開いた扉から見えたのは‥‥。

「クマトン騎士っ?!」

ハッとしてグラシアナは口を手で覆ったが後の祭り。
ダラダラと今まで感じた事が無いくらい冷や汗が額から吹き出し、首筋を通って足元に流れていく。

――終わった・・・墓穴掘った――

驚いて目を見開いた老執事は「ふふっ」と小さく笑って口元に人差し指をあてた。

――ありがとぉぉ。お兄様には秘密ね??――

目で訴えると老執事は目配せを返してくれた。


のだが…。

「クマトンではありませんよ。何度も言ってるでしょう。パンディトンです」

こっちは空気を読んではくれなかった。
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