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第14話  兄の思い

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「今日はちょっと遠くまで出かけるけれど、屋敷から出てはいけないよ?」
「はい。出掛ける用事もないので」
「いい子だ。私の気配のするところじゃないと落ち着かないなんて。可愛いな」

――そこまで言ってませんけど――

所用があって出掛けると言うエリアスは屋敷の警備は万全かを確認する。
シルクハットを被りながら「言い忘れていた」とグラシアナに告げた。

「グラシアナにお客様が来るんだ。適当にもてなしてやってくれ」
「お客様?私に?」

はて?と考える。記憶喪失設定はまだエリアスにも見破られておらず、客と言っても親戚の類まで忘れている事になっているのだから持て成すも何も出来るはずがない。

嚙み合わない話をするのは疲れてしまうので遠慮してほしいなと思いつつもロペ公爵家に戻って来て2週間を超えたけれど男が来るのか女が来るのか。その年齢も判らないまま「任せたよ」と言い残し出掛けるエリアス。

グラシアナは見送る事しか出来なかった。


★~★

兄のエリアスも暇ではない。
多額の寄付金を積み、遠い紛争地近くの修道院に両親を送った。

勿論「目が穢れる」と言ってグラシアナに見送りもさせてはいない。
シートを雨避けに張っただけの粗末な荷馬車に両親を乗せると満面の笑みで見送った。

人は「なんて親不孝な!」とエリアスの事を悪く言ったがエリアスは涼しい顔で「とんでもない」と言い放つ。

紛争地こそ救いを求める物が多い。理由が無ければ多額の寄付も出来ないとなればこの度目出度く引退をした両親も何もしなければ呆けてしまうから刺激があった方が老化防止にもなり、全てがWINWINな修道院を選んだだけ。

なんせ救いを求める時に真っ先に思い浮かべるのは実体のない神なのだからこれからは領民ではなく本当に困っている者達の役に立つことこそ先代公爵としてのほまれだと言い切った。

戦は剣を交える物から大量に火薬を使うものに変化していて穴だらけの修道院の外郭を囲う壁もこれで補修が成される。

「自分にできない癖に他者に文句を言うのは筋違いだと思わないか?」

父親の先代ロペ公爵と共に長く甘い汁を吸い続け今も息子や娘に家督を譲らない老害にエリアスは正論を突きつけて黙らせたのだった。


「さて、邪魔者もいなくなった。大掃除の後は爽快だなっ」
「旦那様。爽快はよろしいのですがグラシアナ様も困っておられますよ」
「グラシアナには困って欲しいんだ。困って誰かを頼る。それを知って欲しいんだよ」
「ならそうお伝えすればいいのに」
「21年も出来なかった妹への奉仕だ。大目に見ろって」
「それを言うのは私ではなくグラシアナ様ですよ」
「恥ずかしくて言えないよ」

――してる事はもっと恥ずかしいのに――

長くエリアスに仕えてきた執事はもう60代。エリアスの祖父の代に執事となって45年間と言う長い間ロペ公爵家に仕えてきた。

グラシアナが生まれた時、エリアスはそれはそれは喜んだ。

『僕がお世話をするよ!』

そう言って乳母と共に二人三脚。夜にぐずるグラシアナもエリアスがベビーベッドから自分の寝台に連れて来て、ミルクを飲ませ、オムツを変えた後は一緒に寝た。
勿論まだ4、5カ月だったグラシアナは数時間おきに泣く。その度に眠い目を擦って起きたエリアスがせっせと世話をした。

グラシアナがつかまり立ちをし始めた頃、婚約が決まった。

必死で抵抗するエリアスは6歳。嫌だとグラシアナに覆いかぶさってみたが大人の力には敵わない。


『これでロペ公爵家は安泰なんだ。妹が欲しいならもう1人作ってやる』
『他の妹なんか要らない!グラシアナを返せ!』
『我儘を言うな!妹が次の王妃なんだ。お前だって楽に生きられるんだぞ』
『楽になんかならなくていい!グラシアナを返せぇぇ!!』


何もわからないグラシアナはその日を最後にロペ公爵家から存在が無くなった。
使っていたベビーベッドもミルク瓶も衣類も全て処分された。

赤子特有の甘い香りも屋敷から消えるのに時間はかからない。

両親は王家と議会から毎年多額の金が支払われる事で他家から執事を引き抜いて領地の管理にあたらせた。その間何をしていたかと言えば自分の趣味に明け暮れていた。

――グラシアナを金で売ったのか!このゲスめっ!――

本気で怒ったエリアスは朝から真夜中まで勉学に明け暮れた。
クリスティアンが王太子となった時に、側近にどうだと話があったが断った。

側でグラシアナを守ってやれる。そんな気持ちは確かにあったがグラシアナが王妃でエリアスが宰相となれば1つの家が力を持ちすぎる。
国内では議会に抑圧されていても、諸外国はそう見ないからである。

――そんな事もこの国の議会は判らないのか!――

生まれ育った国の欠点を知る度にエリアスは暗澹たる気持ちになった。
更にエリアスを突き動かしたのは、そんな恥部を抱える国の顔としてグラシアナが立たねばならない事。諸外国からグラシアナが笑われることには我慢ならなかった。



グラシアナの様子はひょんなことから近衛騎士から情報を仕入れていた。
その情報は当初は友人の兄が近衛騎士だったので又聞きだったが、何度も何度も友人の元に行っている間に友人の兄とも打ち解けて「今日のグラシアナ情報」でささくれ立つ気持ちを癒していた。

エリアスを怒らせたのはその教育の内容。
グラシアナが何故物事の何もわからない年齢で王妃となるべく選ばれたのか。

『人形にするには自我があると無理なんだよ』
『人形って…じゃぁグラシアナはっ?!』
『言われた事だけを卒なく熟す。そして異を唱えない。徹底した教育をする為だ』
『そんな・・・確かに王家は傀儡だが』
『だからだよ。傀儡だから最も近くで監視する人間が必要なんだ。体は王家に心は議会に支配をされるのが妃となる者の本当の務めだ。だから俺たちはそうならないよう「人」として接する事を心掛けているがな』


近衛騎士達が寝る間もないグラシアナに鍛錬の時間だとして睡眠を与えたのも、「人」としてとどまるように手を施したのもそのため。

何も知らない女の子を国のためとは言え犠牲にする事は騎士としても出来なかった。
ただ、クーデターを起こすほどでもない。

国民の大半は今の現状に飼い馴らされていて賛同してくれる者はほぼ居らず、反旗を翻しても失敗に終わってしまう確率の方がずっと高かった。


エリアスはまだ公爵子息でしかなく、力も無かった。
だからこそ、地味に仲間を増やすために志を同じくするものを探した。

グラシアナの元はほぼエリアスの息が掛かった者で固めた。

そこまでしてもグラシアナが最後はどう動くか。
もしもグラシアナが誘導されたとしてもクリスティアンを慕っているのなら認めるしかない。

妹を思っても妹の気持ちまでエリアスは知る術を持っていなかった。
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