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第13話 神すら不可侵の不等式
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君は不等式を知っているか。
国の発刊する大辞典にはこう書かれている。
【「>」「<」の不等号を用いて、数量の大小関係を表した式のこと】
ロペ公爵家に居候の身となり2週間。
グラシアナは未知の領域にある「神すら不可侵の不等式」を知る。
★~★
今日もエリアスの妹LOVEは朝から全開フルスロットルで炸裂している。
「グラシアナ。今朝のパンはイングリッシュマフィンにしてみたよ」
――完璧なリサーチをしているのね――
冷や汗がグラシアナの背中を伝ったのも最初の3日。
少々の事では動じなくなった。
むしろ兄エリアスが知らないグラシアナの秘密をグラシアナが知りたいくらいだ。
グラシアナは朝のロールパンも好きなのだが、特にイングリッシュマフィンが好きだった。
――わぁ!イングリッシュマフィンだぁ!――
モチモチとした食感でちょっと強めに千切らないといけない弾力性。
スカスカそうに見えてそうではない質量感。
これにマーマレードのジャムを少しつけて食べるのがお気に入りだったが、ロールパンに比べて焼くのが面倒らしく王宮の調理長は月に1、2回しかイングリッシュマフィンを出してはくれなかった。
勿論そのマーマレードジャムもテーブルの上にある。
席に着いたグラシアナが向かいの席で珈琲を飲む兄に礼を言おうとしたのだが、何故がエリアスが席を立ち近寄ってくる。
「ど、どうなされました?」
「どうもしない」
いや、どうかしている。
なぜ長方形のテーブルで短辺方向にある狭い部分、所謂お誕生日席で何故!! 兄妹が並んで朝食を取らねばならないのか。しかもとっくに成人している2人だから狭いのなんの。
「あ、ありがとうございます。食感がいいんですのよね。でもお席は・・・」
「席など気にするな」
――気にする前に邪魔なのよ!――
しかし、兄エリアスは聞いちゃいない。
隣に座りグラシアナの髪をひと掬いして軽くキスを落とした後は柔らかく微笑むだけ。
「グラシアナが好きだと言うので試食を兼ねて食べてみた」
「あら、お兄様はもう朝食を取られたのですね」
「ごめんよ。朝食はもう食べられないからこれからデザートなんだ」
「デ、デザート」
ぞわぞわと背中に何かが走っていく。
「グラシアナの食べている姿を見るのが私のデザートだ」
――朝食放棄していいかな――
聞けばエリアスはテーブルで朝食を既に済ませたのではなく、公爵家の料理長も初めてというイングリッシュマフィンをグラシアナが公爵家に来た時から何度も焼いたのだと言う。
「今朝は調理長も納得できる品が出来たというんだ」
「まぁ、そんなに手を掛けて頂いて申し訳ないですわ」
「グラシアナの為ならなんでもする。この程度なら可愛いものだ。なんてことはない。グラシアナの好きなものだと思うとついつい手が伸びてしまってね。厨房で12個も食べてしまったよ。マーマレードジャムをつけるのが好きだと思い出してもう2個。涙の味がしたよ」
現在は満腹を超えて飲み物も危険水域になっているエリアス。
――感涙じゃなく食べ過ぎの苦しさからくる涙に間違いないわ――
エリアスは本場グレートブリテンから奉公に来ている使用人数人に何度も味を確かめてもらい、マーマレードも産地によって微妙に違う味を「これだ!」と決めるまで相当数のマーマレードジャムを試作していた。
「やっとグラシアナの口に合う品が出来たんだ。気に入ってくれると嬉しい」
――お腹の中で混ざるから安いものでいいのに――
「お兄様、ありがとう」
「うぐっ!!破壊力が半端ない…胸が苦しいッ」
――食べすぎですものね。まだ胃まで到達してないから苦しいのかも――
頬を染め、髪から手を離したエリアスは手洗い用のグラスに指を浸した。
「さぁ、私が食べさせてあげるよ」
「大丈夫です。自分で食べられますから」
「遠慮をするな。私の食後の運動に付き合っていると思えばいい」
――運動って…パンを千切るだけですよね――
イングリッシュマフィンを千切る時の弾力性も味わいの1つなので出来れば好きにさせて欲しいのだが、籠から掴んだパンを一口サイズに千切ったエリアスはこれまた蜂蜜よりも甘い笑顔をグラシアナに向ける。
「ほら、口を開けて。あ~ん。だ」
「い、いえ、お兄様。食事はひとりっ・・・もぐっ」
「美味しいかい?」
「(こくこく)」
「ゆっくり噛むんだ。急がなくていい。グラシアナの為なら朝食に24時間かけても良いんだ」
――そしたら明日の朝食時間になっちゃう。終わらない朝食地獄――
丁寧に千切ったマフィンにジャムも適量つけてくれる。
まるで親鳥に餌を貰う雛鳥状態の食卓。
使用人は空気と化している。
飲み物ですら、ミルクの注がれたグラスに蜂蜜を2掬い。そこにほんの少しのレモンの皮を摩り下ろしたものをパラパラ。
――完璧なリサーチ。どの使用人がお兄様の駒だったの?――
これも毎朝の事ではない。
グラシアナは使用人の目を盗んでこっそりといつもより1つ分多い蜂蜜を入れ、レモンの磨りおろした皮を散らせて香りを楽しみながら飲むのが小さな幸せだった。
王宮内の食事はいつもグラシアナ1人だけ。
入れ替わり立ち代わりの使用人の誰がこの事を知っていたのか判らないが、事実なのは兄のエリアスはグラシアナの好みを把握していること。
胃もたれしそうな兄の甘さは蜂蜜以上。
最後は口元をナプキンで拭いてくれるという至れり尽くせり。
「グラシアナに奉仕できる喜び。他の誰にも渡したくないな」
「さ、左様で御座いますか」
取り敢えずは、いずれ何処かに嫁がせるつもりである事は間違いないようだが、こんな兄妹の距離感を知られたら相手の方もドン引きするのでは?と思わなくもない。
「私の目の届く範囲にいる間は神すら不可侵の不等式が成り立っているんだ」
「不等式…なんの不等式ですの?」
ふふっと照れ気味に笑うエリアス。
「国王<<<神<<<グラシアナっていう不等式だ。万物を創生する式と言って過言ではない」
――外で言わないでください。通報されます――
食べた量は多くないのに、限界を感じる満腹感がグラシアナを襲ったのだった。
国の発刊する大辞典にはこう書かれている。
【「>」「<」の不等号を用いて、数量の大小関係を表した式のこと】
ロペ公爵家に居候の身となり2週間。
グラシアナは未知の領域にある「神すら不可侵の不等式」を知る。
★~★
今日もエリアスの妹LOVEは朝から全開フルスロットルで炸裂している。
「グラシアナ。今朝のパンはイングリッシュマフィンにしてみたよ」
――完璧なリサーチをしているのね――
冷や汗がグラシアナの背中を伝ったのも最初の3日。
少々の事では動じなくなった。
むしろ兄エリアスが知らないグラシアナの秘密をグラシアナが知りたいくらいだ。
グラシアナは朝のロールパンも好きなのだが、特にイングリッシュマフィンが好きだった。
――わぁ!イングリッシュマフィンだぁ!――
モチモチとした食感でちょっと強めに千切らないといけない弾力性。
スカスカそうに見えてそうではない質量感。
これにマーマレードのジャムを少しつけて食べるのがお気に入りだったが、ロールパンに比べて焼くのが面倒らしく王宮の調理長は月に1、2回しかイングリッシュマフィンを出してはくれなかった。
勿論そのマーマレードジャムもテーブルの上にある。
席に着いたグラシアナが向かいの席で珈琲を飲む兄に礼を言おうとしたのだが、何故がエリアスが席を立ち近寄ってくる。
「ど、どうなされました?」
「どうもしない」
いや、どうかしている。
なぜ長方形のテーブルで短辺方向にある狭い部分、所謂お誕生日席で何故!! 兄妹が並んで朝食を取らねばならないのか。しかもとっくに成人している2人だから狭いのなんの。
「あ、ありがとうございます。食感がいいんですのよね。でもお席は・・・」
「席など気にするな」
――気にする前に邪魔なのよ!――
しかし、兄エリアスは聞いちゃいない。
隣に座りグラシアナの髪をひと掬いして軽くキスを落とした後は柔らかく微笑むだけ。
「グラシアナが好きだと言うので試食を兼ねて食べてみた」
「あら、お兄様はもう朝食を取られたのですね」
「ごめんよ。朝食はもう食べられないからこれからデザートなんだ」
「デ、デザート」
ぞわぞわと背中に何かが走っていく。
「グラシアナの食べている姿を見るのが私のデザートだ」
――朝食放棄していいかな――
聞けばエリアスはテーブルで朝食を既に済ませたのではなく、公爵家の料理長も初めてというイングリッシュマフィンをグラシアナが公爵家に来た時から何度も焼いたのだと言う。
「今朝は調理長も納得できる品が出来たというんだ」
「まぁ、そんなに手を掛けて頂いて申し訳ないですわ」
「グラシアナの為ならなんでもする。この程度なら可愛いものだ。なんてことはない。グラシアナの好きなものだと思うとついつい手が伸びてしまってね。厨房で12個も食べてしまったよ。マーマレードジャムをつけるのが好きだと思い出してもう2個。涙の味がしたよ」
現在は満腹を超えて飲み物も危険水域になっているエリアス。
――感涙じゃなく食べ過ぎの苦しさからくる涙に間違いないわ――
エリアスは本場グレートブリテンから奉公に来ている使用人数人に何度も味を確かめてもらい、マーマレードも産地によって微妙に違う味を「これだ!」と決めるまで相当数のマーマレードジャムを試作していた。
「やっとグラシアナの口に合う品が出来たんだ。気に入ってくれると嬉しい」
――お腹の中で混ざるから安いものでいいのに――
「お兄様、ありがとう」
「うぐっ!!破壊力が半端ない…胸が苦しいッ」
――食べすぎですものね。まだ胃まで到達してないから苦しいのかも――
頬を染め、髪から手を離したエリアスは手洗い用のグラスに指を浸した。
「さぁ、私が食べさせてあげるよ」
「大丈夫です。自分で食べられますから」
「遠慮をするな。私の食後の運動に付き合っていると思えばいい」
――運動って…パンを千切るだけですよね――
イングリッシュマフィンを千切る時の弾力性も味わいの1つなので出来れば好きにさせて欲しいのだが、籠から掴んだパンを一口サイズに千切ったエリアスはこれまた蜂蜜よりも甘い笑顔をグラシアナに向ける。
「ほら、口を開けて。あ~ん。だ」
「い、いえ、お兄様。食事はひとりっ・・・もぐっ」
「美味しいかい?」
「(こくこく)」
「ゆっくり噛むんだ。急がなくていい。グラシアナの為なら朝食に24時間かけても良いんだ」
――そしたら明日の朝食時間になっちゃう。終わらない朝食地獄――
丁寧に千切ったマフィンにジャムも適量つけてくれる。
まるで親鳥に餌を貰う雛鳥状態の食卓。
使用人は空気と化している。
飲み物ですら、ミルクの注がれたグラスに蜂蜜を2掬い。そこにほんの少しのレモンの皮を摩り下ろしたものをパラパラ。
――完璧なリサーチ。どの使用人がお兄様の駒だったの?――
これも毎朝の事ではない。
グラシアナは使用人の目を盗んでこっそりといつもより1つ分多い蜂蜜を入れ、レモンの磨りおろした皮を散らせて香りを楽しみながら飲むのが小さな幸せだった。
王宮内の食事はいつもグラシアナ1人だけ。
入れ替わり立ち代わりの使用人の誰がこの事を知っていたのか判らないが、事実なのは兄のエリアスはグラシアナの好みを把握していること。
胃もたれしそうな兄の甘さは蜂蜜以上。
最後は口元をナプキンで拭いてくれるという至れり尽くせり。
「グラシアナに奉仕できる喜び。他の誰にも渡したくないな」
「さ、左様で御座いますか」
取り敢えずは、いずれ何処かに嫁がせるつもりである事は間違いないようだが、こんな兄妹の距離感を知られたら相手の方もドン引きするのでは?と思わなくもない。
「私の目の届く範囲にいる間は神すら不可侵の不等式が成り立っているんだ」
「不等式…なんの不等式ですの?」
ふふっと照れ気味に笑うエリアス。
「国王<<<神<<<グラシアナっていう不等式だ。万物を創生する式と言って過言ではない」
――外で言わないでください。通報されます――
食べた量は多くないのに、限界を感じる満腹感がグラシアナを襲ったのだった。
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