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第07話  窮地に追いやられた女

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グラシアナの気持ちとしては「参ったわね」が率直な感想だった。

バレてしまえば仕方がないと開き直ったロペ公爵はうっかり口を滑らせてしまい小さくなる夫人の肩を叩く。


驚いた事に、グラシアナが眠っている4日の間に国を1つ挟んだ向こうの国への移住計画を固めていた。しかも公爵家を兄に任せ、旅行の素振りをして出国する荒業。

――この人たち、子供の事なんか考えてないんだわ――


グラシアナの安全をと言いながら今度は兄を置き去りにして全ての責任を負わせようとしているロペ公爵夫妻には開いた口が塞がらない。

やはり涙を流しての謝罪などただのパフォーマンスだった。

オルタ侯爵家に責があるとはいえ、娘は傷物になってしまった。
残念だが目の前の2人にはその事が例えようもなく恥ずかしい事らしい。

婚約が続行になれば世間の情を買う姿となる娘が王妃。
「あれはロペ公爵家から輿入れした王妃様」と言われる事が恥ずかしい事としか捉えられないのだ。

ならばオルタ侯爵家の責で婚約解消という「名誉を傷つけられた被害者」として同情を買い、生きていく方がまだマシ。そうすれば「娘は人に会いたくないと言っている」と一生外に出さずに閉じ込めて置ける。

この夫婦は何よりも「見た目」、つまり外見至上主義だと言う事だ。

――婚約を解消すべく動いてくれるのは僥倖だけど――

今度はこの夫婦の同情票を買うために飼われるのかと思うとうんざりする。


そしてふと、思った。

――兄はどう考えているのだろう――

おそらくは負傷するまで旅行などとは言い出さなかった筈の両親。
突然出国を言い出す。しかもグラシアナが負傷をして直ぐに。
余程の馬鹿でなければ何をしようとしているのかは気が付いているはず。

残念な事に両親以上に兄とは接点がないグラシアナ。
両親ですら月に1度の挨拶程度の面会で、子息に過ぎない兄が同行した事は一度もない。

王家主催の夜会で王族に挨拶をする兄は流れ作業の中で見たことはあるし、定型文の挨拶を交わす程度。

――これが兄妹だなんてね――


今になって憂いても仕方がない。
両親が婚約解消について動いているのならそれに便乗させてもらう方が得策。

この際だから記憶がないことも大々的に公表してもらった方が話はより早く進むだろう。


「この体ですから出国の件はさておき、実家が公爵家なのでしたら療養もそちらで行ないたいのですが」

「それは勿論だ。その・・・驚かせてしまったな」

――そりゃもう盛大に。一気にお先真っ暗になりましたわ――


自分たちの逃げ道を確保しようとしていたようだが、面倒なのでそちらも潰させて頂くとしてグラシアナは先ずは当面の居場所を公爵家とする事を約束させた。



★~★

時は少し戻る。

グラシアナが負傷したと聞いたクリスティアンはその時半年後に控えた式典用に正装を一新すべく採寸している最中だったのだが、グラシアナが運び込まれたという部屋に駆け付けた。

「容体は?!どうなんだ!」
「わ、解りません。まだ医師からの話も――」
「使えないやつだな!」

従者を払い除けたところで扉が開くはずもなく、次の行動は連行されたと聞かされたイメルダの元に走った。


「クリスっ!どうしよう!どうしよう!」
「落ち着くんだ。いったい何をしたんだ」
「何って…呼び止めようとしただけ!そしたら落ちちゃったのよ!」

クリスティアンに縋ろうとするイメルダだったが騎士に制止をされた。

「殿下、ここまでです。お引き取りください」




クリスティアンは心からグラシアナを愛していた。
嫉妬をして欲しかっただけだった。

表情のないグラシアナに対し、自分だけが恋焦がれているようで悔しかったのもある。
イメルダは幼馴染でもあり、”はとこ” でもあるのでなんでも相談をしてきた相手で恋仲ではなかったけれど、ここ2、3年は少し度が過ぎているかなと感じる事もあった。

段々とエスカレートしていったのはグラシアナがクリスティアンに対し何の反応も示さなくなった事もあった。以前は「このような関係は」と言っていたのにピタリと言うのを止めた。

グラシアナが何も言わなくなったのに反比例するかのように周囲はイメルダとの関係を噂し始める。噂が大きくなればなるほどグラシアナは沈黙するようになった。

あの日はグラシアナの侍女ステラに「道を間違った振りをして連れてこい」と命じた。
そこで、イメルダが「クリスの事をどう思っているのか」とグラシアナを問い詰める予定だった。

ガゼボに陣取るイメルダの姿を見て引き返そうとしたグラシアナを引き留めガゼボに呼んだまでは良かったが、「席に座れ」というイメルダに「所用がある」と話も聞かずにその場を去ろうとしたグラシアナ。

イメルダの侍女は「お嬢様に従え」とグラシアナの肩を突いてしまった。
ガゼボは周囲を柵で囲まれている訳ではない。
数段の階段に手すりもない。誰かに介助をされて上り下りをするからである。

バランスを崩したグラシアナはあっけなく転落してしまった。
落ちた際のパニエの骨が折れる不気味な音がイメルダの耳にも聞こえた。

咄嗟に飛び降りてグラシアナを抱き起したステラだったが、見る間にグラシアナのドレスが血に染まっていく。そこからは阿鼻叫喚だった。


そもそもで間違いがあるのに誰も気が付かなかった。
グラシアナはクリスティアンの婚約者と言う立場を抜きにしても公爵令嬢。
イメルダは侯爵令嬢で、その場の決定権はグラシアナにあった。

しかし、イメルダの侍女はそれまでイメルダこそがクリスティアンの寵愛を受けていて市井の歌劇よろしくグラシアナは悪役令嬢。自身が奉仕するお嬢様を蔑ろにする悪者だと思い込んでいた。

周囲にも明かさずにクリスティアンとイメルダで進めていた「嫉妬作戦」は味方をも騙せていたのは僥倖だったが、そのせいでイメルダの立場は窮地に追いやられる事になってしまったのだった。
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