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第27話  まるでハクビシンねと彼女は笑う

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トントントン。トントントン

リズムよく板を屋根に打ち付けているのはガスパル。
どこで習得した技なのか、誰に教えてもらったのか判らないがガスパルは高い所は平気だし、折れそうな枝も上手に体重移動しながら木の上を走るようにける。

そしてみんなが思わず「ほぉ」と感心してしまうのが垂直に立った壁を勢いをつけて走り込んでタタタっと上ってしまう事。

「気が付いたら出来ていた」と笑うガスパルは雨漏りをし始めた屋根を補修している。


「終わったよ!今から降りるから」

ガスパルは少し距離のある木に飛び移って枝をつたい、最後は幹をスルスルと降りて来た。
地上に降り立ったガスパルは涙袋の下に貼り付けたブドウの袋を剥がす。

こっそりポケットに入れようとしたが、アリステラにゴミ箱を差し出された。

「入れるのよ」
「いや、ま、まだ使えそうって言うか…」
「後で食べるつもりでしょう?ダメです。捨てなさい」
「ぁい…」





燦燦と照り付ける日差しに、屋根は光を反射して光る。

ガスパルは目の下に巨峰というブドウの袋(@中身なし)をペタリと張り付けていたのだ。所謂アイブラック。
葉っぱで代用をしていたが石灰が付いた葉っぱは汗と反応してヒリヒリし始める。

雪も太陽の光を反射するので日焼けをしてしまうが、屋根も同じ。
最初はゴーグルを装着していたが、流れ落ちる汗がたまり、体温でゴーグルの中が曇ってしまうのが難点だった。



葉っぱはやはりカブレを起こしてしまうので屋敷の補修に限らず、石灰を切り出す場でも対策が必要だった。

前日の夜の事である。

「どうしたらいいかしらね」

夕食後、全員でデザートを食べながらアリステラ達は対応策を考えた。
余りに眩しすぎて、手元、足元が見えにくいし作業が終わった後でも目がチカチカすると不調を訴える者もいる。

その日のデザートはガスパルだけは品が違った。
ガスパル以外はビワのコンポート。ガスパルは巨峰というブドウだった。

――ビワも好き。でもブドウはもっと好き――

アリステラはビワのコンポートを食べながら、向かいで皿に盛られた3房の巨峰に目を ぱぁぁ! と輝かせ、1粒プツンと千切るとパクっと口に放り込み、その後は一心不乱に巨峰を食べるガスパルをジィィっと見ていた。

1房目を食べ終わり、アリステラの視線に気が付いたのがガスパルの顔が巨峰の果汁より薄めの色を付けていく。

キョロキョロと周りの使用人を見て、自分以外がビワのコンポートだと確認をすると残った2房のうち1房を抓んでアリステラに向かって口をパクパク。「食べる?」と聞いているようだ。

「どうぞお召し上がりになって」とアリステラも目配せで応えると、ガスパルは少し考えたようで、1房を少し皿の横に寄せて、2房目を食べ始めた。

――おかしいわ――

アリステラの目が光る。真夜中のネコ科動物のようにキラッ☆彡

ブドウ果肉を包んでいる袋を食べる者もいる。目の前のガスパルがそうだ。
だが、いくら好きでも2房目も袋を残さないなんて‥‥アリステラはガスパルの果物愛を甘く見ていた。いい加減甘い果実をさらに甘く見ていた。

そしてガスパルが2房目を食べ終わる。
どうするのかと見ていると、プチプチと幾つかブドウの軸である果梗かこうから実を千切ると皿に置く。どうやらアリステラに分けてくれるようだ。

皿の隅に置かれたブドウの実を見てアリステラは閃いた!

「ガスパル様、そのブドウ。中身をチュルンと食せば袋は残りますわよね」
「残らないけど?」
「・・・・」

即答するガスパル。
――そう、残らないわね。貴方なら!――

アリステラは気を取り直して、スプーンを置いた。

「残るんです!いえ、残すんです!そのブドウの袋を洗って目の下に付ければ日よけになりますわ」
「そんな!!食べ物を粗末にしちゃいけな――」
「貴方は粗末にしなさ過ぎなんですの。目は2つだからその皿の隅にあるうちの2つを使えばいいのです」
「いや、お残しは良くな――」
「普通は!2房も食べれば残るものです!」


そんなやり取りがあった。
その皿に取り分けた実が袋のみとなってガスパルの頬に張り付いていたのだ。




「このブドウの袋は使い終われば、おがくずなんかと土に埋めればいいわ」

アリステラはそう言ったのだが、何故かガスパルが「土に埋める?!」と驚く。
放っておけば埋めたものを掘り返しかねない。
ゴミ箱に入った袋は早々に処分しなければならない。

黒っぽい巨峰の果肉なしを目の下に貼り付けると違和感はあるものの領民にも好評だった。
汗を掻いても剥がれないものをメイドたちが布地を工夫して作っているが細かい作業になるので量産が出来ない。

「てん菜の煮汁みたいにベタベタするなぁ。甘いからいいけど」

涙袋の下に貼り付けていたブドウの果汁が残ったのかガスパルが指でペタペタとしているのを見てアリステラは閃いた!

てん菜の煮汁に限らず砂糖の原料となるサトウキビなどもベタベタする

――甘いって事が大事なのかも――

早速いろいろな植物を取り寄せて試してみなければ!
その日の夜、深夜までアリステラは屋敷にある植物図鑑から始まって植物の特徴を分析した資料を読み漁った。

喉の渇きを覚えたアリステラは水差しに手を伸ばした。

「あら、空っぽ。入れて来なきゃ」

真夜中に使用人を起こすのは気が引ける。水瓶から柄杓でくみ出せばいいだけの事にわざわざ起こす必要もないとアリステラは食堂に向かった。


廊下を歩いていると、食堂が薄っすら明るい事に気が付く。

――また?本当に好きなのね――

西辺境に住まうドミンゴの妻、ナディアから送られてきた大量のブドウ。
「傷んでないものを選り分けてください」と手紙も添えられていた。

距離があるので道中どうしても傷んでしまうものが出来てしまう。
完全に傷んでいたものは捨てるしかなかったが、それでも大量に残った。

ガスパルは水分補給と言い、夜な夜な一人でブドウを食べているのだ。
食堂を覗くとやっぱりガスパル。


「本当にブドウがお好きなのね」

声を掛けたアリステラだったが、何故かテーブルの上に皿は2つ。

「いらっしゃるかなと思って。あ、ちょっと待っててくださいね」

立ち上がったガスパルは厨房に行き、勝手口の扉が開く音がする。
何だろうと思っていると片手を受け皿のようにしたガスパルが1房のブドウを持って戻ってきた。

「冷やすと美味しいんですよ。来るかな~と思って井戸で冷やしてたんです」

はいと差し出されたブドウ。ポタポタと水滴が落ちている。

「床を見て朝、コンフィーが怒り出しますよ?」
「大丈夫。掃除しときますから。食べてみてください。ブドウはねいい奴を残しておいたんです」

確かに残り少なくはなってきているが、到着して数日。
発酵を始めてしまったのか、甘酸っぱい香りもどこか鼻を擽る。

「仕方ないですわね。少しだけ頂きますわ」

ガスパルの隣に腰を下ろしたアリステラにプチっと1つ千切ったガスパル。
が、引っ張った拍子に手にしていない方のブドウの実がころころとテーブルを転がった。

「おっと!落ちる所だった」

転がるブドウの実を押さえたガスパルがアリステラに微笑む。
昼間、ブドウの皮を張り付けていた部分だけ日焼けをしていなくて白くなっている。
鼻筋の傷も塞がって何度目かの瘡蓋が取れたら傷跡がやはり残り、白っぽい筋になっていた。

「ハクビシンみたいね」

そう言ってアリステラはくすくすと笑った。
ガスパルはそんなアリステラをかつてエルナンドがオリビアを見ていたように目を細めて愛おしそうに見つめる。

「そうかなぁ・・・そんなに毛深くはないと思ってるんだけど」
「毛深さでは御座いません。ここ右目下ここ左目下、それからここ鼻筋が白くてハクビシンみたいだなと思ったんですわ」

白くなった部分をアリステラの指がプニっと
その度に獰猛なオスになりそうなガスパルは必死で耐える。

「ハクビシン、結構可愛いんですのよ?」
「そ、そうなんだ」

可愛いと言われてここでオスになり押すわけにはいかない。
ガスパルから受け取った冷たいブドウの実をパクっと口にアリステラが放り込んだ。

「うっ・・・つめた」

果汁たっぷりのブドウの実。想像以上にジューシーで少しだけ流れ出てしまった果汁が顎の下に流れていく。手で隠そうとするアリステラにガスパルは微笑む。

「そそっかしい所もあるんだ?」

ガスパルはそっと流れた果汁を指で拭った。
すぐさま注意勧告が入った。

「舐めてはダメですからね」

そんなつもりはなかったが、そういう事も出来たんだと思うとガスパルの顔がジュボっと火が点いたように赤くなる。冷ますつもりで幾つか実を千切り、ガスパルは頬にあてた。

冷たいブドウの実はホットワインのように直ぐに温かくなった。
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