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皇帝は勅令を出したのだった

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エリック・ディオン・ヨハネス(25)は仕事だけは出来る男である。

皇帝ジューダスは1年3か月前、腐れ縁の幼馴染であるエリックを捕獲した。
仕事をさせねば浮草のようなこの男は何をしでかすか判らない。
なので宰相のポストをエリックの為にあけておいた。

ジューダスが父から玉座を引き継いだ時、この国には問題しかなかった。
高位の貴族も低位の貴族も賄賂や癒着で不正をしているものが多く、陳情書も出鱈目。
国からの補助金で連日夜会だのを開きまくる。
ギラギラの宝飾品をつけた特殊メイクの貴婦人ならぬ奇婦人が同系列の娘を連れて列をなす。

バッサバッサと降格し、領地を管轄下に置くか分割して整理を続けた。
爵位をはく奪した者もいる。

そんなジューダスの右腕となった若き宰相に矛先が向かうのは当然だった。
住んでいたアパートは3カ月で11回引っ越しをした。放火で全焼、半焼したアパートもある。
馬車移動で襲撃をされた事も数知れずである。実家の公爵家に被害がないのが不思議なほどだ。

一番安全だろうと言う事で王宮横のライトウィングで生活をさせた。
身の危険を物理的に感じることはなく仕事に没頭できる環境に生息すると本領を発揮したのだった。





ある日、皇帝ジューダスがライトウィングを訪れる。
この国が抱えている問題は山積していて、本来なら自分の隣で謁見やら各国使節団との会議などにはエリックがいなければならないのだが、歯槽膿漏と歯肉炎の末期のような足元だったためエリックには各種の国内問題を解決するように指示をしていた。

それもやっと区切りがつき、そろそろ本来の業務である【普通の】宰相としての仕事をしてもらおうと訪れたのだ。
大掛かりな国内一掃大作戦である。大変だろうと15人いる皇帝直属の部下を8人緊急に回していたが宰相に任命して1年と2か月が経っていた。そろそろ戻してもらっても問題ないかな?っと考えたのだ。

しかし‥‥廊下には以前のような清潔さ、精悍さ、スマートさの【3S】を完全に失った部下がいた。

「なっ…なんだこれは!」
「あぁっ!陛下ぁ‥‥ぐすっ…ぐすっ…」
「どうしたのだ!泣いていては判らぬ。説明をせよ」

【酷いんです】

何が酷いと?まさか!こんなになるまでこき使い、非道の限りを?
いやいや、エリックはそんな男ではない。しかし部下たちのこの状況は…。

皇帝ジューダスは禁断の扉を開かんと、ドアノブに手をかけた。
力任せに扉を開く!!

【うわぁぁっ!!】

扉を開けた瞬間に黒い塊が廊下に飛び出してきた。正体は【蠅】である。
走り出したら止まらない。土曜の夜の天使とも言われている蠅の中の蠅。【銀蠅】である。

ここが横浜でない事が救い。それだけが救いだった。



プライベートルームへの扉を開くと背丈ほどのゴミの壁があった。
ゴミの壁により扉の上部、20センチほどから蠅の大軍が飛び出してきた事が調査により判明する。
部屋の中に侵入するため、入り口を塞いでいるゴミを廊下に並べるが、そこにあったのは・・。

【ゴミの壁の内側にもゴミの壁】

もしや、断熱材代わりなのか!?だがここは内壁である。外壁ではない。
それに湿気てカビだけではなく、小さな虫がいる。断熱材の役割を全く果たしていない。

【シロアリか?】

そんな問題ではない。いや、問題なのだがここは日●政府のお株を拝借し【問題は先送り】である。


「エリック!どこだ!」

ゴミの山を雪かきをするように進んでいくと、友と思わる物体が立ち上がる。

「エリックか?!」
「おぉ!誰かと思ったらトリロジーじゃないか!」
「は?‥‥何を言っている。俺の名の楽曲が収録されているのはエクリプスだ」
「あ、そうだったな。すまない。高速の貴公子あるあるだ」
「これは理解できる読者様が本当に少ないぞ」
「大丈夫だ。ウィキにもスクロールが必要なほどの有名人だ」

「そう言う問題ではない!これはなんだ?」
「部屋だが?」
「うぐっ…ん?待て。何故全裸なんだ」
「全裸?何を言っているんだ」

【皮膚という着ぐるみを着ているぞ!】

世間ではそれを全裸と言う。
ジューダスは男なら!つい目が逝ってしまう。そう!【行く】ではなく【逝く】禁断の場所を凝視する。
通常時でも勝敗が気になるあの部分である。

【ドローだな】

それはいい。今はその時ではない。

「どうでもいい。服を着ろ」
「服?どこに置いたかな‥‥ここかな?違うこれはカーテンだな…これか?」

服を着る以前に、エリックの周りにはゴミしかなかった。
そのゴミを埃を舞い立たせて何かを取り出そうとするエリック。

「ごほっ…ごほっ…」

しまった!これでは呼吸器をやられてしまう!
ジューダスは部下を連れて、未だ衣類を探すエリックを置いて部屋を出る。

「これを片付けられるのは‥‥ハンザ女官長を呼べ。ここを人が住める場にせよと!」

後日談になるが、ハンザ女官長は事前確認としてこの部屋を見て人員を選別する。
しかし!ゴキ●リよりも強烈なゲジゲジまで生息を許しているこの部屋には誰もが逃げ出した。
最後の砦としてハンザ女官長自らが立ち向かったが3日で手をあげてしまった。

片付けてスペースが出来た空間にエリックが移るとそこがゴミで埋もれるのである。
世間ではそれを【いたちごっこ】と言うのだ。


皇帝ジューダスは勅令を出した。「洗え!」

普通であれば身を綺麗にするだけの湯あみに勅令など出ない。
しかし常軌を逸脱しているエリックにはそうせざるを得なかった。

元凶であるエリックを引きずり出し、先ずは池に放り込む。そう、池である。
次に「すすぎ」と称して噴水に放り込む。そう、噴水である。

「お前何時から、湯あみをしていないんだ?」
「湯ではないが‥‥10日程前に雨を浴びたが?」

間違ってはいけない。雨に打たれる事とシャワーを浴びる事は似て非なるものである。
面倒くさがり屋のエリックは【水で濡れる事】というカテゴリーで一括りにしていたのだった。

垢という強固な鎧に覆われたエリックが生まれ持った肌の色を取り戻すために、澄み切った池は生物が生息不可能なほどに沈着物で汚染され、人々に清涼感を与える噴水に得も知れぬ謎の浮遊物が水面を覆って2日目。

5つの湯殿をフル活用し、暴れるトラを洗うが如く男性従者たちが湯あみを敢行した結果、エリックは【普通】になった。【服を着たのは何時ぶりか】…エリックの言葉に従者は嗚咽し、皇帝ジューダスは空を見上げて静かに涙を流した。


その夜、ジューダスはエリックを【高級バー】に誘った。勿論お忍びである。
店に入ると、1人の女性がかなり【出来上がって】いた。

「くっそぉ…2年は長いんだからねっ…」

やれやれ、酔っ払いか。店を変えるか。皇帝ジューダスはそう思いエリックに声をかけようとした。
が!遅かった。

「見てくれ!テーブルに突っ伏したこの姿勢!ついでにこの手首の角度!」

普通なら誰も近寄らない酔っ払いの女性の隣に座り、話を聞き始めるエリック。
いつの間にか手まで握っているじゃないか!おい!髪の匂いを嗅ぐな!

驚く皇帝ジューダスにエリックは微笑む。

「持って帰りたいんだけど?」

しばしの沈黙。

「なんかさ、この手首の角度って猫の香箱っぽくないか?」

そこか!皇帝ジューダスは完全に意識を飛ばし目が泳いでいる女性の顔を見た。
見覚えがあるな‥‥どこで見た…城か??いや…この顔は…
そうだ!色んな副大臣の執務室で菓子をもらって喜んでいたあの女官か!
女官なら‥‥専属として補佐でいけるか?幸いにもエリックは気に入っている。
昼間から酔っぱらうのは困るが、確かこの娘は仕事は良く出来ると聞いた気がする。

あのゴミ部屋に猫を飼うと本物を連れ込まれても問題しかない。
ならば・・・!即断である。流石皇帝。

「エリック。今日はだめだが後日、その猫を届けよう」
「え?今が良いんだけど?」
「それは犯罪になるから止めてくれ」

「うぅぅ~‥‥帰るぅ‥‥幾らですかぁ…」

べろべろになりながらも清算を忘れないのは生まれ育った環境なのか?
感心をする間にエリックが支払いを終わらせる。やる事が早いな。流石だ。

「じゃ、この子、寮まで送っていくから」
「知ってるのか?その娘を」
「当たり前でしょ?王宮に務める者、出入りの業者全部頭に入ってるよ」
「ポンコツかと思ったがそうではないのだな」
「顔と名前を覚えるのは基本中の基本だろ?」

皇帝ジューダスは思い出した。エリックは【仕事だけは出来る】のだった。

「ちゃんと【届けて】くれよ?違う子はだめだからな」
「それはいいが…手を出すなよ?」
「心配するなって。意識がないのに襲ったりしないよ。悪いが馬車を呼んでくれ」
「あ、あぁ‥‥」

馬車が来るまでの間、何故か女性を前抱っこして超絶ご満悦のエリック。
2人が馬車に乗り込むと、自分の馬車で城に帰る。

真夜中だったが「指名」で人事異動の命令書を作成し朝一番で女官長室に届ける。


そろそろ女官長が辞令を彼女に伝えている頃だろう。
あの【汚部屋】と【仕事だけは出来る男】がどう変わるか。

午後ティーはやはりストレートティーに限る。
そう思いながら、応募用バーコードを切り取る皇帝ジューダス。

「パークチケット当たるといいな」

皇帝はクローズド懸賞派だった。
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