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第23話  アイリーン、セルジュの心に触れる

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「ただいまぁ。セルジュぅ~大好き!」

帰宅するなりアイリーンは2カ月と16日離れ離れとなっていたヤギのセルジュに抱き着いた。
ごそごそとカバンを探り、取り出したのは「スノーちゃんベル」である。

赤いベルトに鈴が付いたヤギ用の首輪。
なんとベルトはヤギ用なのに絹の布地を使っている逸品。
王都では何処を探しても売り切れで諦めていたが、王都までの帰り道で通常なら立ち寄らない宿場町で御者が「お腹痛いんです」と訴えるので休憩を取った。

土産物店の片隅で見つけた時はアイリーンも大人買いを考えた。
しかし、ヤギのセルジュの首に30個の首輪は可哀想だ。歩くたびに反響するハンドベルのように鈴がなってしまうとヤギのセルジュも五月蠅くてかなわないだろうと、1つにしたのだ。


「良く似合ってる!もぉ~セルジュは何でも似合っちゃうんだからぁ」
「メェェ~」
「わぁ~留守の間にブラッシングも!フワフワのボディスーツになってる!あ、そうそう。セルさんにもお揃いのお土産があるの!」

ヤギのセルジュ。ハッキリ言って全裸。全裸に首輪と言う人間なら即捕縛だがヤギのセルジュだからこそ許されるいでたち。

人間のセルジュはお土産があるのは嬉しいが、首輪はちょっと遠慮したいというのが正直な気持ち。

「はい!」と差し出されたのはハンカチだった。


「私、絹糸にはちょっと五月蠅いの。蚕から糸を取っていた事があるの。でね?この肌触りは絹だなっと思って。お土産物屋さんにあるものなんだなって思ったら、モストク伯爵領から出荷した糸を製品に加工している領だと判ってなるほどな~って。でね?宿泊する時に夜は暇だったから刺繍も入れたの。あれ?無い方が良かったかしら?」

アイリーンから手渡された刺繍入りのハンカチを手にしたまま、セルジュは言葉が出ないくらいに感動していた。

傭兵の経験もあるセルジュ。兵士に刺繍入りのハンカチを手渡すという意味も当然知っている。アイリーンの気持ちがそんな思いでなかったとしても、これだけで胸がいっぱい。それ以上を望まなくてもこの先生きていける。そう思うと嬉しさから涙がポトっ。零れてしまった。


「泣くほど嫌だった?あ、交換しましょう。刺繍してないハンカチも買ったの!交換――」
「これでいいです…嬉しくて・・・すみません。言葉が‥」
「えぇっと…いいのよ?無理しなくても・・・真っ白のハンカチは何枚か買ったし‥」

「メゲェェェーッ!!」

ドンッ!!「きゃぁっ!!」

突然ヤギのセルジュがアイリーンの膝裏に頭突きをかまし、アイリーンは所謂「膝カックン」状態になって前に倒れそうになった。

「危ないっ!!」咄嗟にアイリーンを受け止めた人間のセルジュ。

「セルジュ、どうしたの…転んじゃう所だったわ・・・セルさん、ありがとう」
「違うんだ・・・」
「何が?私、変な事言っちゃったかしら?」
「違う。セルジュは・・・そう、俺とセルジュは約束したんだ。俺が何もしないからセルジュが‥助けてくれたんだ」

「へっ?」アイリーンはさっぱり訳が判らない。
頭突きで膝カックンをされたのはアイリーンなのに、セルさんが助けられた??
頭の中にハテナが飛び交う。


「俺、アイリーンさんが好きだ」

セルジュはギュッとハンカチを握りしめて胸の内を吐きだした。

「ん?ありがとう、私もセルさん好きよ。いつもセルジュの世話だけじゃなくいろいろしてくれるし」

・・・(ウルル)メェェちゃうねん・・・」

「アイリーンさん、その好きって言葉だけで一生悔いはない‥と言いたいが、そうじゃなく・・・1人の男としてアイリーンさんの事が俺は好きだ。いや…愛してる‥んだ」

「セルさん‥‥えぇっと…あの…」

「判ってる。返事はいいんだ。俺、セルジュと約束したんだ。アイリーンさんに気持ちを伝えると。だから返事までは望んでない。勿論、気持ち悪いと思う。そんな思いを持った奴が近くにいるなんて気持ち悪いと思う。俺はここを出て行っ――」

「出て行かなくていいわ。気持ち悪くも無い。もし変な考えをしてたなら今頃こんな関係じゃないもの。だけど、ごめんなさい。今は離縁を待つ身だから返事は出来ないの。それは判ってくれるかしら」

「も、勿論。でも俺は・・・」

「今まで通り、セルジュの世話もお願いするし、天井から雨の雫が落ちてくれば屋根にも上がって貰うわ。何も変わらない。悪い人ならセルジュは世話なんかさせないもの。セルさんはセルさんよ」

「いえ・・・俺はそんな善い人間じゃないんです。この気持ちもですが…言い出せなかったんですけど…俺は、俺の母親は罪人で獄中死したんです。父親も会わせられるような人間じゃないし、そんな2人から生まれ――」

「だから何?それ、セルさんの責任じゃないでしょ?セルさんが生まれる前の事や赤ちゃんだった時に親がした事ってセルさんに関係があるの?」


アイリーンは俯くセルジュの頭に背伸びして手を置くと優しく撫でた。

「セルさんには何も悪い所なんかないわ。そうじゃなきゃ出会った時25歳だったでしょう?なのに12年も傭兵生活なんて生半可な覚悟じゃ出来ないわ。ご両親の事はセルさんには関係ない。確かにいなきゃ生まれてないけど、生まれて来てくれたからこうして話をする事も出来るし、セルジュだって助けてくれた。真っ直ぐに生きてきたから・・・皆にも頼りにされてるんだと私は思うんだけど」

「アイリーンさんっ…俺・・・俺・・・」

「それに私だって母親に捨てられたのよ?セルさんが悪い人なら私も悪い人だわ。でもね?親が居ようといまいとその人の人格まで否定するのは違うと思うわ。確かにこんな親だからこの子供っていうのもあるけれど、トンビが鷹を産んだとも言うでしょう?その人の一部で全てを否定するのは・・・私は違うと思うし、私は私の考えでその人とどう付き合うかを決める事にしてるの。今は気持ちに答えられないけれど、好きだと言ってくれて私は嬉しいわ」

よしよし・・・アイリーンはセルジュの頭を撫でる。
アイリーンの手はセルジュの心にも優しく触れてセルジュの目からは更に大粒の涙があふれ出した。

セルジュは27歳にもなって恥ずかしいと照れながら握りしめたハンカチで涙を拭った。

「メェェ♡(カラン)メェェ♡(コロン)」

ヤギのセルジュがぴょんぴょんと2人の周りを跳ねて回ると首輪の鈴の音が鳴る。
一仕事終えたとヤギのセルジュは庭に伸びた草を美味しそうに食べた。


「そう言えば・・・アイリーンさん。友人から預かったんですけど」

ジェシーがエプロンのポケットから通常より2廻りほど小さな封筒を差し出した。

「友人も店長から預かったと言ってたんですけど」
「その店長さんも支配人か役員に預けられたとでも言ったのかしら?」
「何で知ってるんです?」
「そうしてくれと私が頼んだの。ここにから」
「それってまさか‥‥」
「ウフフ。その、ま・さ・かってこと」

アイリーンは「そんな・・・」と呟くジェシーと、ハンカチに涙を吸わせるセルさんことセルジュの背を押し、家の中に入って行った。



その様子を垣根越しに盗み見していたベルガシュはギリリと唇を噛む。

アイリーンがセルジュの背とジェシーを押して家の中に入って行くと、庭に残ったヤギのセルジュは草を食みながらベルガシュの身を潜めた垣根に近づいて行った。

ベルガシュは垣根の隙間からの視線に気が付き、目を向けた。
そこにいたのはヤギのセルジュ。目が合うやいなや「ブエシャッ!!」ヤギのセルジュ渾身の一撃が顔と胸元に浴びせられた。

「うわっ!!くっっせぇ!!」

這う這うの体で逃げ出すベルガシュにヤギのセルジュがニヤリと笑った。
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