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第20話  アイリーンの新事業

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「こっちですよ。足元が悪いので注意してください」

坑夫に先導されて拳ほどの大きさの石がゴロゴロ転がる道なき道をアイリーンは歩いた。
順番に閉じているという坑道はかなりの数があり、優先的に塞いでいるのは危険度が高いものから。

掘り始めたのが数世紀前だという坑道は、奥は真っ暗で日の光が入る部分しか見る事は出来ない。

「今年でえぇっと…7年目になりますが進捗率は32%です。崩落も確認しながらなので‥すみません」
「時間はかかってもいいの。ケガをしたり万が一になったらその人の時間は返らないんだから。何よりも優先されるのは作業する人の安全。これだけは絶対よ」

掘る際に出る土を使ってしっかりと固めながら進んでいる埋める作業。クネクネと山の中に数キロ這っている坑道は埋めていくのにも時間がかかる。

「そのまま土を埋めてるって?危なくないの?」
「土だけではなくて、岩を砕いたものと混ぜています。石灰で固めればと言われたんですが、この辺の岩は酸性なので石灰で固める事で余計に脆くなるんですよ。そこに元々あったモノを詰めていくのが一番安全です」

そう言って50年ほど前に使った形跡のある石灰が付いた石を探して拾い上げると、先導してくれた男性の手の平でぱっと見、硬そうに見える塊はポロポロと崩れていく。

「で、これが今、そこかしこに落ちているクズ石です」

もう大きなものは採掘出来ないが、爪の先ほどの大きさ。1、2ミリの物が大半で3ミリとなると滅多に見られない。色からすればルビーだろうか。
細かい粒なのは大きな原石を掘るのにそれよりも小さなものはガンガンと砕いてしまったから。

その砕かれた残骸なので、指で拾い上げるよりもザルなどに入れて、明るい場所で薄く広げ、その中で「光るもの」を指の腹に押し当てて1粒1粒取って行く作業。

そこまでして幾ら貰えるかと言えば1カ月コツコツやればコップに半分のワインか、タバコが1本が関の山。誰も拾おうともしないはずだ。


「真っ白い小石を河原で拾って混ぜ込むんですよ。門道の脇とかに撒いて・・・まぁお日様が当たればキラっと光るものが見えたぁ!ってくらいですかね。クズ石に使い道なんかないですよ」

「それがあるのよ。もう商会にも話は通してあるし業者からも注文が来ているの」

「こんなクズ石に?何に使うんです?」

「ネイルアートよ。2つとして同じ石がないってのがウリなのよ」


活路を見出したのはジェシーだった。
ジェシーの友人が最近ボートレイナ王国にも入ってきたネイルアートの店で働き始めたのだ。
休日、ネイルアートを施してもらったジェシーの指先。

アイリーンは「これだ!」と早速領地からクズ石を送ってもらった。


店で一番高価なパーツは割れてしまったステンドグラスを更に細かく割って使えそうな大きさのものを爪に装飾していくもの。売れ筋は貝殻を砕いたもの。理由はステンドグラスより安価だから。

ガラスは気をつけねば、尖った部分があると何かの拍子に怪我をしてしまう。加工する際にも負傷する事が多く量産出来ないので値が張るのである。

しかし、美を追い求めるのは男女問わず。
貴族もだが年齢問わず女性の間では人気が高まっていて、パーツの供給が追いつかない状態にある。

本店は別の国にあるが、創業者は過去に婚約破棄騒動でやらかしてしまった貴族令嬢。

放逐され、投獄まで経験をした女性だが投獄された牢の中で美人局を過去に行っていた女性に出会い、道行く人の足を湯で洗う商売から今は女性の手足の指先をコーディネートする商会にまで成り上がった。

ただマニュキュアやペディキュアで爪に色をつけるだけではなく、別の色で絵を描いたり、細い金属で蝶や鳥などを模して張り付けたり、貝殻を砕いてみたりと様々なネイルパーツを使って指先をのだ。

「今の主流は貝殻なんだけど、あ、細かく砕いたやつね。色の種類がないの。それに砕き過ぎるとダメ。でもここの石は角を少し目の細かいヤスリで削れば直ぐに使えるし、何より‥‥」

「なにかあるんですが?」

「大ありよ。何と言ってもイミテーションではなく本物の宝石なんだもの。宝石はネックレスや指輪、王冠にあるような大きなものばかりじゃないわ。クズ石だなんてトンデモナイ。安いのに本物なのよ。本当の意味で宝飾品だわ」

大きさとしては申し分ない。後は採取した石を似通った色目で選別し、5~10個を1セットとして袋詰めする作業。

長く鉱山を採掘し、宝飾品の原石も直感で「売れる」「売れない」を判別してきた坑夫たち。
鑑定士のような繊細な判別ではなく、彼らは色と濁り、傷や大きさで買い付ける業者に「生活するために」売れるかどうかを判別してきた。


「細かい事はいいのよ。ヤスリで削れば傷が出来るもの。削る部分を接着面と考えればいいの。凸凹していればその分しっかり接着するんだから」

「色目を分けるのは殆どの者が出来ます。袋詰めやヤスリかけも内職で嫁さん達が出来そうですね。小さい子や年寄り抱えると外に働きに行くことも出来ないんで助かります。で、坑道を埋めるのはどうします?」

「危険な場所は勿論埋めるわ。でも枠組みなどをして崩落しないよう掘り進めた場所については採掘を再開。以前のように大物を狙わなくていい分、作業効率も上がるわ。ただし安全第一だけど」

「一先ず・・・30cm角の袋になら幾つか直ぐに用意出来ますけど、どうします?」

「あるだけ全部。人を集めて直ぐに作業に取り掛かって。あと男女、いえ年齢も問わずで絵柄のデザインなんかを考えられる人がいればピックアップして王都にデザイン画と手紙を送ってくれるかしら」


この鉱山では赤系統のルビーだけでなく青に至るまでのサファイヤも取れる。
段階的に色を分ければその数は無数となる。

侯爵夫人に「負債」と言われた鉱山は宝の山だった。
すっかり寂れてしまった街にも活気が出て、一度は離れた坑夫たちが家族を連れて戻って来るのも時間の問題。


満足できる視察を終えたアイリーンは帰路についたのだった。
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