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第17話 アイリーンとジェシーの吐き気
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ベルガシュの様子がおかしい。
1日1回はハルテ伯爵家には出向いているのだが、出掛ける時間が遅くなったり、ハルテ伯爵家での滞在時間が2時間程と短かったり、夕方まで出掛ける素振りも無かった日にはハルテ伯爵家から迎えが来て、ブツクサと文句を言いながら馬車に乗り込んで出掛けた日もある。
使用人の間では「熱が冷めた?」と噂をする者もいたが、それまでベルガシュの恋人と言われた令嬢達は期間が長いもので7、8カ月のお付き合いだったのだからそう思われても無理はない。
が、12カ月のカレンダーが2年目になっても続いている。
「真実の愛」はそう簡単に消えるモノじゃないとベルガシュに聞こえるように話をする使用人もいたが、使用人達が胸のうちで思うのは「金がないんだろうな」で統一されていた。
事業を手伝う事もしないベルガシュに自由になる金はない。
それまでが異常だったのだ。金を無心し得られなければ両親の部屋から売れそうなものを拝借し、金にする。侯爵家の人間が身に着けるモノに「偽物」はないため1つ売れば暫く遊んで暮らせた。
金を与えられず、宝飾品なども家令のブレドが管理するようになると、倉庫から骨董品やアンティークなど持ち出しやすいものを売り、最後は祖母の形見まで金にしたベルガシュ。
時折、酒などを買って帰って来ることがあり「どこから金が?」と使用人達は自分たちの財布の中身を確認した。
ベルガシュはディララに顔を見せに行ったあと未亡人の元に行き、駄賃をもらっただけだが、そんな事情を知らない者は色々と屋敷から持ち出していた事を知っていたので、使用人の持ち物にまで手を出し始めたのではないかと疑っていた。それを疑う事もなく全員が持ち物を確認するのだから日頃の行いとは恐ろしい。
同じく変化があったのは、アイリーンをベルガシュが探しているということ。
決して暇ではないアイリーン。侯爵家の屋敷の執務室で1日執務を行う日もあるがここ2年で外にもよく出るようになった。
出ると言っても茶会などではなく、いくつかの商会に直接出向いて話を詰めて来るのである。朝だけ、夕方だけ侯爵夫妻に報告がてらに寄るだけの日もある。
勿論セルジュを後回しにする事はない。まだ通いと泊りを比べれば侯爵家に泊まる日が多く、アイリーンはまるで恋人に会いに行くかのように足繁くセルジュの元に通った。
ベルガシュが「あれ?」と思った時、オルコット侯爵家で就寝しているのはほぼベルガシュだけだった。侯爵夫妻は執務を終え、夕食を取ると敷地は同じだがこじんまりとした別邸に戻って行く。
アイリーンの部屋には私物はなく、執務に必要なものが整然と並べられてるだけ。
ジェシーがやらかしてしまった開かずの扉も24時間開放中だが、肝心のアイリーンが侯爵家に宿泊する際は女性の住み込み使用人の部屋にお邪魔するようになっていた。
だからこそベルガシュは「アイリーンは何処だ?」と使用人に聞き回る。
やっとアイリーンに会う事が出来たベルガシュは全身から喜びを発し声を掛けてきた。
「久しぶりだな。痩せたんじゃないか?」
――なに?なんなの?気持ち悪い――
つい眉間に皺を寄せてしまったアイリーン。
「ご心配なく。日に三度の食事はきっちりと美味しく頂いております」
「そうか、それは良かった。ところで時間はないか?」
「御座いません。今だってここに立ち止まる時間、どこかで調整をせねばなりませんので、ご用件でしたら手短にお願いします」
「相変わらずつれないな。食事でもどうだ。感じのいいレストランを知ってるんだ」
「数日会食の予定が詰まっておりますので無理です」
「夜じゃなくていい。朝を一緒に迎えれば朝食は取れるだろう?」
――うわぁ…気持ち悪すぎる。何言ってるの?――
隣を見ればジェシーが胸の辺りを押さえて吐き気を堪えていた。
アイリーンももう消化されたかと思った数時間前の昼食が逆流しそう。
「お断りいたします」
「屋敷にいない日もあるようだが、男でも作ったのか?」
「瑕疵となるような行為は趣味では御座いませんので。急ぎますので失礼」
アイリーンに時間がないのは本当である。
唯一アイリーンが願って譲ってもらった領地は確かに農作物や魚介類などで収益を上げることは不可能に近い。流刑地のように有害物質がないだけ御の字。
ただセルジュの為に、大好きな崖があるとイイナぁと選んだ地。
先日「もしかすると?」というヒントをジェシーがくれた。
再来週はディララが17歳となる為、オルコット侯爵家にやって来る。
ギリギリのタイミングでアイリーンも「ラビットハウス」と命名した家への完全引っ越しも完了した。今日、侯爵家に来たのは報告の件もあるが、3カ月ほど王都を留守にする事を侯爵夫妻に告げに来た。
何処に行くかと言えば、譲られた領地。自分の目で確かめねばまだサンプルしか見せる事も出来ておらず、商会への説明も不十分にしか行えないと思い、現地に出向く事にしたので許可を得にやってきた。
領地までは急げば片道10日。ゆっくりならば2週間はかかる。
嫌がらせをしてくるなど、ありもしない事をでっち上げるディララとすれ違うのも面倒。同じ空気を吸ったというだけで何を吹っ掛けられるか。堪ったものではない。
正式に結婚はまだ出来ないと言っても新しく2人で生活を始める「新婚さん」の邪魔をするつもりは全く無いのだが、ベルガシュの言葉が気持ち悪くて仕方がない。
「吐くかと思いました。吐かなかったジェシー!褒めてください」
「ジェシー、実は私もなの。褒めあいっこ‥‥する?」
「それってなんだか ”1人ジャンケン” か ”2人でババ抜き” 並みに虚しいですよね」
「そうなの?!私、 ”1人かくれんぼ” した事あるんだけど?!」
「アイリーンさん・・・ガチだと怖いですよ?」
「ガチよ。だってセルジュは私が鬼でもういいかぁいって言うと、真後ろでメェって言うんだもの。1人でするしかないでしょう?」
「ヒュッ!!」
どうやって隠れるんだろう?いや、数えられないよね?隠れながら数える?
「1人かくれんぼ」はジェシーの中で「世界3大ミステリー」の1つとなったのだった。
1日1回はハルテ伯爵家には出向いているのだが、出掛ける時間が遅くなったり、ハルテ伯爵家での滞在時間が2時間程と短かったり、夕方まで出掛ける素振りも無かった日にはハルテ伯爵家から迎えが来て、ブツクサと文句を言いながら馬車に乗り込んで出掛けた日もある。
使用人の間では「熱が冷めた?」と噂をする者もいたが、それまでベルガシュの恋人と言われた令嬢達は期間が長いもので7、8カ月のお付き合いだったのだからそう思われても無理はない。
が、12カ月のカレンダーが2年目になっても続いている。
「真実の愛」はそう簡単に消えるモノじゃないとベルガシュに聞こえるように話をする使用人もいたが、使用人達が胸のうちで思うのは「金がないんだろうな」で統一されていた。
事業を手伝う事もしないベルガシュに自由になる金はない。
それまでが異常だったのだ。金を無心し得られなければ両親の部屋から売れそうなものを拝借し、金にする。侯爵家の人間が身に着けるモノに「偽物」はないため1つ売れば暫く遊んで暮らせた。
金を与えられず、宝飾品なども家令のブレドが管理するようになると、倉庫から骨董品やアンティークなど持ち出しやすいものを売り、最後は祖母の形見まで金にしたベルガシュ。
時折、酒などを買って帰って来ることがあり「どこから金が?」と使用人達は自分たちの財布の中身を確認した。
ベルガシュはディララに顔を見せに行ったあと未亡人の元に行き、駄賃をもらっただけだが、そんな事情を知らない者は色々と屋敷から持ち出していた事を知っていたので、使用人の持ち物にまで手を出し始めたのではないかと疑っていた。それを疑う事もなく全員が持ち物を確認するのだから日頃の行いとは恐ろしい。
同じく変化があったのは、アイリーンをベルガシュが探しているということ。
決して暇ではないアイリーン。侯爵家の屋敷の執務室で1日執務を行う日もあるがここ2年で外にもよく出るようになった。
出ると言っても茶会などではなく、いくつかの商会に直接出向いて話を詰めて来るのである。朝だけ、夕方だけ侯爵夫妻に報告がてらに寄るだけの日もある。
勿論セルジュを後回しにする事はない。まだ通いと泊りを比べれば侯爵家に泊まる日が多く、アイリーンはまるで恋人に会いに行くかのように足繁くセルジュの元に通った。
ベルガシュが「あれ?」と思った時、オルコット侯爵家で就寝しているのはほぼベルガシュだけだった。侯爵夫妻は執務を終え、夕食を取ると敷地は同じだがこじんまりとした別邸に戻って行く。
アイリーンの部屋には私物はなく、執務に必要なものが整然と並べられてるだけ。
ジェシーがやらかしてしまった開かずの扉も24時間開放中だが、肝心のアイリーンが侯爵家に宿泊する際は女性の住み込み使用人の部屋にお邪魔するようになっていた。
だからこそベルガシュは「アイリーンは何処だ?」と使用人に聞き回る。
やっとアイリーンに会う事が出来たベルガシュは全身から喜びを発し声を掛けてきた。
「久しぶりだな。痩せたんじゃないか?」
――なに?なんなの?気持ち悪い――
つい眉間に皺を寄せてしまったアイリーン。
「ご心配なく。日に三度の食事はきっちりと美味しく頂いております」
「そうか、それは良かった。ところで時間はないか?」
「御座いません。今だってここに立ち止まる時間、どこかで調整をせねばなりませんので、ご用件でしたら手短にお願いします」
「相変わらずつれないな。食事でもどうだ。感じのいいレストランを知ってるんだ」
「数日会食の予定が詰まっておりますので無理です」
「夜じゃなくていい。朝を一緒に迎えれば朝食は取れるだろう?」
――うわぁ…気持ち悪すぎる。何言ってるの?――
隣を見ればジェシーが胸の辺りを押さえて吐き気を堪えていた。
アイリーンももう消化されたかと思った数時間前の昼食が逆流しそう。
「お断りいたします」
「屋敷にいない日もあるようだが、男でも作ったのか?」
「瑕疵となるような行為は趣味では御座いませんので。急ぎますので失礼」
アイリーンに時間がないのは本当である。
唯一アイリーンが願って譲ってもらった領地は確かに農作物や魚介類などで収益を上げることは不可能に近い。流刑地のように有害物質がないだけ御の字。
ただセルジュの為に、大好きな崖があるとイイナぁと選んだ地。
先日「もしかすると?」というヒントをジェシーがくれた。
再来週はディララが17歳となる為、オルコット侯爵家にやって来る。
ギリギリのタイミングでアイリーンも「ラビットハウス」と命名した家への完全引っ越しも完了した。今日、侯爵家に来たのは報告の件もあるが、3カ月ほど王都を留守にする事を侯爵夫妻に告げに来た。
何処に行くかと言えば、譲られた領地。自分の目で確かめねばまだサンプルしか見せる事も出来ておらず、商会への説明も不十分にしか行えないと思い、現地に出向く事にしたので許可を得にやってきた。
領地までは急げば片道10日。ゆっくりならば2週間はかかる。
嫌がらせをしてくるなど、ありもしない事をでっち上げるディララとすれ違うのも面倒。同じ空気を吸ったというだけで何を吹っ掛けられるか。堪ったものではない。
正式に結婚はまだ出来ないと言っても新しく2人で生活を始める「新婚さん」の邪魔をするつもりは全く無いのだが、ベルガシュの言葉が気持ち悪くて仕方がない。
「吐くかと思いました。吐かなかったジェシー!褒めてください」
「ジェシー、実は私もなの。褒めあいっこ‥‥する?」
「それってなんだか ”1人ジャンケン” か ”2人でババ抜き” 並みに虚しいですよね」
「そうなの?!私、 ”1人かくれんぼ” した事あるんだけど?!」
「アイリーンさん・・・ガチだと怖いですよ?」
「ガチよ。だってセルジュは私が鬼でもういいかぁいって言うと、真後ろでメェって言うんだもの。1人でするしかないでしょう?」
「ヒュッ!!」
どうやって隠れるんだろう?いや、数えられないよね?隠れながら数える?
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