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第19話  ディララ降臨

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何もする事のないベルガシュは「今日はいるかも?」と朝食の時間に間に合うように起きて食事室に向かった。アイリーンはいなかったが、侯爵夫妻が朝食を取っていた。

「わたくし達が使っていた私室は全て荷を出し終えました。清掃も済んでいます。本日の昼食からは別邸で食事もしますし執務もします。本宅はベルガシュ、貴方の好きなように」

「好きなようにって…父上や母上は?」

「別邸にいるとさっきベスが言っただろう?聞こえなかったか?」

「それは聞きましたが、当主である父上が出るって‥爵位譲渡はまだでしょう?!」


ベルガシュは「ある事実」をすっかり忘れていた。
思いださせてくれたのは、朝食のプレートを使用人に下げてもらいナフキンで口まわりを押さえる侯爵夫人とのやり取りだった。


「そろそろ荷馬車が到着するでしょう。全て貴方達の好きなようにするといいわ。壁紙などを変えたいのなら商会を呼んで相談すればいいし、調度品を揃えたいのなら予算内で買うといいわ。使用人の配分は女主人の仕事だけどまだ若いんだから貴方も手伝ってあげると良いわ。こういうのに年寄りが口を出すと碌な事にならないと言うし、わたくしからのアドヴァイスは一切期待しないで頂戴」

「貴方達って…アイリーンは何処にもいないのに?」


無言で驚いた表情の侯爵夫妻がベルガシュを見た。

――あれ?俺、何か変な事を言ったか?――

少し慌てるベルガシュに侯爵夫人が席を立ちながら告げた。


「今日は彼女、17歳の誕生日でしょう?離縁まではまだ日があるけれどハルテ伯爵家からも承諾は得ているし、結婚出来る日まで・・・言ってみれば同棲ね。良かったわね。これでいちいち出向かなくても四六時中一緒にいられるわ。若いっていいわね」

「じゅ・・・17歳・・・ディララの・・・」

「他に誰がいるというんだ?10代の誕生日を迎えるのは彼女だけだろう」

すっかり忘れていたが、アイリーンの誕生日、19歳となった日はとっくに過ぎている。その日、ベルガシュはディララの元に向かった帰りに未亡人の家で久しぶりに外泊をして朝帰りだった。

しくじったとベルガシュは思ったが、そもそもでアイリーンの誕生日も知らなかったのである。


「い、いや…父上、一緒に住むのは結婚となってからでも・・・」

「何を言ってるんだ。新しい家の当主となる気構えもこれで養える。白い結婚による離縁の成立はまだ先だ。親が選んだ妻には不満でもお前が望む妻を認めるのだから子供だけはまだ作らないようにな」

「でも!父上、俺はま――」

「旦那様、荷が到着したようです」

ベルガシュの言葉を遮って家令のブレドがディララの荷を積んだ馬車隊が到着した事を知らせた。同時に廊下をバタバタと走って来る音が聞こえる。

ベルガシュにはその独特な音をさせながら走って来る人物には心当たりがあった。

ディララだ。


開いたままの食事室の扉にディララの姿が現れた。


「ベルガシュ!今日から一緒に住めるわ!何時いつだって!どこだって一緒にいられるわ!」

ガバっとベルガシュに抱き着いたディララにベルガシュはよろけて転びそうになったが足を踏ん張った。

「ねぇ、見て?17歳になったばかりのララ。可愛い?」
「う、うん。可愛いよ」
「ちゃんと目を見て言って!」
「い、いや、今は父上達の前だから!」

助けてくれと言わんばかりにベルガシュは侯爵夫妻を見るが、オルコット侯爵は夫人に手を差し出すと夫人はその手に手を乗せ、にこりと笑い「ごきげんよう」と言葉を残し食事室を出て行ってしまった。


が、出て行ったのは侯爵夫妻だけではない。
使用人達は食事の後片付けが終わるとさっきまで侯爵夫妻が食事をしていたテーブルまで片付け、カーテンまで外し始める。ハッと見渡せばいつも壁に掛けてあった絵画はないし、オルコット侯爵が毎朝雨でも雪でも夫人の為に庭の花を摘んで花瓶に生けていたのに花どころか花瓶も無い。

「おい!何もなくなるじゃないか!」

ベルガシュは叫んだが、ディララが「いいの。うふっ」返事を返す。

ディララと共にカタログから色々と買い漁った趣味の悪いテーブルが運び込まれた。
「飾っておくには可愛い」座り心地は度外視した椅子が2脚向かい合わせにセットされる。

ラグマットもクルクルと巻かれて片付けられると荷を運んで来た男性が新しいラグマットはどうするかと聞き、ディララは「そこに敷いて」と掃除もしないままの床に敷くように命じた。

落ち着いた色合いのカーテンがあった場所にはショッキングピンクのカーテンが取り付けられて行く。


ディララの自傷にベルガシュの気持ちは一気に冷めたが、冷たくして自死でもされたらかなわないと日に一度は出向いて、話しかけられても適当に相槌を打っていた。

頃合いを見て距離を取ろうと思っていた2年間。

ベルガシュが早く帰ったり、来る時間が遅かったりするとディララは髪を梳くように削いだり、思い切り束になった髪を引き抜いたり、肌を傷つけたりし始める。
眉毛も睫毛も全て抜いてしまい、埋もれ毛になると思い切り引っ掻くので顔も傷だらけ。

今では腕だけでなく首にも瘡蓋がある。
どんどんエスカレートしていくディララの行為にベルガシュは限界を感じていた。

――もうウンザリだ――

そしてディララがオルコット侯爵家にやってきた。

腕に縋りつくディララ、どんどん運び込まれてくる荷物。
ベルガシュは「どうやって逃げようか」それだけを考えた。
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