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第16話 ベルガシュ、ハートもガッチガチ
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「ねぇってばぁ。見てよ。酷いのぉ~」
ベルガシュがやってくると涙目になって訴えるディララ。
ベルガシュがアイリーンの部屋にやって来て注意をした後も、ディララがアイリーンに嫌がらせをされたと訴え出る。段々と程度が酷くなり今回に至っては髪を引っ張られてざっくりとナイフで切られてしまったという。
顔の左側だけ長さがちぐはぐになり、纏めることも出来なくなったとディララが泣く。
ベルガシュは「変だな」といつもならディララの言葉を何一つ疑う事が無かったのだが、ディララ本人ではなく周りにいる使用人の雰囲気から違和感を感じ取った。
その日も夕方近くまでディララと共に過ごし、侯爵家に戻る。
帰路で1人馬車に揺られてベルガシュは「やはり変だ」と小さく声に出した。
ディララとはほとんど時間を共に過ごしていて、ディララが出席するという茶会にベルガシュも入り口まで付き添う。こそこそとしなくて良くはなったが、現状「不貞行為」である事は間違いなく、他家の貴族には大っぴらに出来ない。
両家の親は知っているだけで、将来も約束はされているが本当の意味で公然ではない微妙な関係であることも確か。
ディララを送って行った茶会にオルコット侯爵家の馬車があった事はないし、徐々に屋敷の中から両親の荷物は運びだされていて、母親の侯爵夫人も気忙しい日々を過ごしている。
――本当に茶会での出来事なんだろうか――
まさかアイリーンがハルテ伯爵家にわざわざ出向いているとも考えられない。
茶会でそんな騒動を起こせば、男女関係の縺れによる醜聞はあっという間に広がるはずなのに全く聞こえて来ない。
「すまないが忘れ物をした。ハルテ伯爵家に引き返してくれないか」
「畏まりました」
しかし、ハルテ伯爵家近くまで来るとベルガシュは御者に馬車を止めるように言った。
目的はハルテ伯爵家から出て来る使用人である。
交代の時間が過ぎると使用人は裏口から出て来る。
ベルガシュはその中の1人を捕まえた。
「あ、あの…何か御用でしょうか?」
「用と言うほどでもないが、ディララの髪、あれは茶会での出来事なのか?」
「お、お、お嬢様の…すみませんっ!急いでいるので!」
ベルガシュの手を振り解いて折角捕まえた女性の使用人は走って逃げていってしまった。
その後も男女問わず出て来る使用人を捕まえては同じ事を聞くが、「お嬢様を見かけるような場所ではないので」「私は洗濯係なのでお嬢様に会う事もありませんので」と逃げられてしまう。
その日は何の収穫も無く、疑問は疑問のままだったが、3日後。
今度はドレスを切りつけられたと無残な布切れになったドレスを手にディララがベルガシュに言いあげた。
「ディララ。これは何処でこうなったんだ?」
「茶会よ。すごく恥ずかしかったんだから」
「こんなになった後、どうやって帰ったんだ?このままと言う訳にはいかないだろう?」
「え?・・・」
ベルガシュは侯爵家という高位貴族。夜会なら控室も用意される爵位だがディララは伯爵家。夜会で控室も無ければ、ドレスを切られたという茶会にはそもそも控室などない。
着替える所も無いが、こんな状態になってそのまま帰ったとは考えられない。
しかもこんな布切れ状態。
が、不思議だった。重ねれば胸側と背の側は一気に裂かれていて重なる。
――なら中間にある体はどうなる?――
脱いだ状態でジャーっと切り裂かれたような裂け目。
そもそもでアイリーンの前でドレスを脱ぐ意味がわからない。使用人は止めるだろうし、前々から嫌がらせをされ髪まで切られているのに2人きりになるのもおかしい。
「ベルガシュ、そう言えば新しい歌劇が始まるの。行きたぁい」
「連れて行ってやるよ。で、このドレスは何処の茶会でこうなったんだ?」
「う~ん・・・何処だったかな~。それより新作のお菓子も手に入ったの!」
「菓子は後で食べるから。茶会をした家はどこだ?」
「もぉ~忘れちゃったってば!こんなの早く忘れたいのっ!」
「ディララ。忘れるも何もこんな事をされて何もしないのがおかしいだろう!」
「いいんだってば!ベルガシュがこうやって怒ってくれればそれだけでいいの。ベルガシュは心配もしてくれた。これで忘れられるわ。それだけで十分なの」
ディララはベルガシュに甘えて、綺麗なつけ爪をした指を胸元に這わせる。
――なんだ?これ・・・――
本物の指の爪に合うように加工されたつけ爪。
指先から伸びている真っ赤な爪は偽物だが、本物の爪の生え際がまるで歯で爪を削り、いや齧ったようになっていて、ついディララの手を握り、じっくりと気になった部分を凝視したベルガシュはゾッとした。
――爪がない?え?どういう事だ?――
ベルガシュが握ったディララの手。5本の指とも隙間から本物の爪は全く見えず、見えたのは爪を剥がしてしまった後に盛り上がり皮になりかけの肉。
ディララはベルガシュの顔色を見て、ニヤリと笑った。
「ベルガシュ・・・全然抱いてくれないでしょ…」
パチッパチッとつけ爪を取ると、部分的にしか見えなかった本物の指先が露わになりベルガシュの唇を1本1本の指が這うように撫でた。
「寂しいと・・・こうやって爪を剥いでしまうの・・・ララ・・・もう寂しくてボロボロになっちゃうわ」
そう言いながら緩くかかった袖をまくり上げると、ディララの腕、肘の内側には無数の切り傷が細い瘡蓋を線にして重なっていた。
「ララ・・・もう痛いのは嫌なの。だから側にいて?ベルガシュ・・・愛してるの」
ベルガシュの心が瞬時に凍り付いた。
ベルガシュがやってくると涙目になって訴えるディララ。
ベルガシュがアイリーンの部屋にやって来て注意をした後も、ディララがアイリーンに嫌がらせをされたと訴え出る。段々と程度が酷くなり今回に至っては髪を引っ張られてざっくりとナイフで切られてしまったという。
顔の左側だけ長さがちぐはぐになり、纏めることも出来なくなったとディララが泣く。
ベルガシュは「変だな」といつもならディララの言葉を何一つ疑う事が無かったのだが、ディララ本人ではなく周りにいる使用人の雰囲気から違和感を感じ取った。
その日も夕方近くまでディララと共に過ごし、侯爵家に戻る。
帰路で1人馬車に揺られてベルガシュは「やはり変だ」と小さく声に出した。
ディララとはほとんど時間を共に過ごしていて、ディララが出席するという茶会にベルガシュも入り口まで付き添う。こそこそとしなくて良くはなったが、現状「不貞行為」である事は間違いなく、他家の貴族には大っぴらに出来ない。
両家の親は知っているだけで、将来も約束はされているが本当の意味で公然ではない微妙な関係であることも確か。
ディララを送って行った茶会にオルコット侯爵家の馬車があった事はないし、徐々に屋敷の中から両親の荷物は運びだされていて、母親の侯爵夫人も気忙しい日々を過ごしている。
――本当に茶会での出来事なんだろうか――
まさかアイリーンがハルテ伯爵家にわざわざ出向いているとも考えられない。
茶会でそんな騒動を起こせば、男女関係の縺れによる醜聞はあっという間に広がるはずなのに全く聞こえて来ない。
「すまないが忘れ物をした。ハルテ伯爵家に引き返してくれないか」
「畏まりました」
しかし、ハルテ伯爵家近くまで来るとベルガシュは御者に馬車を止めるように言った。
目的はハルテ伯爵家から出て来る使用人である。
交代の時間が過ぎると使用人は裏口から出て来る。
ベルガシュはその中の1人を捕まえた。
「あ、あの…何か御用でしょうか?」
「用と言うほどでもないが、ディララの髪、あれは茶会での出来事なのか?」
「お、お、お嬢様の…すみませんっ!急いでいるので!」
ベルガシュの手を振り解いて折角捕まえた女性の使用人は走って逃げていってしまった。
その後も男女問わず出て来る使用人を捕まえては同じ事を聞くが、「お嬢様を見かけるような場所ではないので」「私は洗濯係なのでお嬢様に会う事もありませんので」と逃げられてしまう。
その日は何の収穫も無く、疑問は疑問のままだったが、3日後。
今度はドレスを切りつけられたと無残な布切れになったドレスを手にディララがベルガシュに言いあげた。
「ディララ。これは何処でこうなったんだ?」
「茶会よ。すごく恥ずかしかったんだから」
「こんなになった後、どうやって帰ったんだ?このままと言う訳にはいかないだろう?」
「え?・・・」
ベルガシュは侯爵家という高位貴族。夜会なら控室も用意される爵位だがディララは伯爵家。夜会で控室も無ければ、ドレスを切られたという茶会にはそもそも控室などない。
着替える所も無いが、こんな状態になってそのまま帰ったとは考えられない。
しかもこんな布切れ状態。
が、不思議だった。重ねれば胸側と背の側は一気に裂かれていて重なる。
――なら中間にある体はどうなる?――
脱いだ状態でジャーっと切り裂かれたような裂け目。
そもそもでアイリーンの前でドレスを脱ぐ意味がわからない。使用人は止めるだろうし、前々から嫌がらせをされ髪まで切られているのに2人きりになるのもおかしい。
「ベルガシュ、そう言えば新しい歌劇が始まるの。行きたぁい」
「連れて行ってやるよ。で、このドレスは何処の茶会でこうなったんだ?」
「う~ん・・・何処だったかな~。それより新作のお菓子も手に入ったの!」
「菓子は後で食べるから。茶会をした家はどこだ?」
「もぉ~忘れちゃったってば!こんなの早く忘れたいのっ!」
「ディララ。忘れるも何もこんな事をされて何もしないのがおかしいだろう!」
「いいんだってば!ベルガシュがこうやって怒ってくれればそれだけでいいの。ベルガシュは心配もしてくれた。これで忘れられるわ。それだけで十分なの」
ディララはベルガシュに甘えて、綺麗なつけ爪をした指を胸元に這わせる。
――なんだ?これ・・・――
本物の指の爪に合うように加工されたつけ爪。
指先から伸びている真っ赤な爪は偽物だが、本物の爪の生え際がまるで歯で爪を削り、いや齧ったようになっていて、ついディララの手を握り、じっくりと気になった部分を凝視したベルガシュはゾッとした。
――爪がない?え?どういう事だ?――
ベルガシュが握ったディララの手。5本の指とも隙間から本物の爪は全く見えず、見えたのは爪を剥がしてしまった後に盛り上がり皮になりかけの肉。
ディララはベルガシュの顔色を見て、ニヤリと笑った。
「ベルガシュ・・・全然抱いてくれないでしょ…」
パチッパチッとつけ爪を取ると、部分的にしか見えなかった本物の指先が露わになりベルガシュの唇を1本1本の指が這うように撫でた。
「寂しいと・・・こうやって爪を剥いでしまうの・・・ララ・・・もう寂しくてボロボロになっちゃうわ」
そう言いながら緩くかかった袖をまくり上げると、ディララの腕、肘の内側には無数の切り傷が細い瘡蓋を線にして重なっていた。
「ララ・・・もう痛いのは嫌なの。だから側にいて?ベルガシュ・・・愛してるの」
ベルガシュの心が瞬時に凍り付いた。
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