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第06話 面倒な夫婦だな!
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教えを乞うアイリーン。
オルコット侯爵からは経営を、侯爵夫人からは「習うより慣れろ」と時間を見つけては茶会の供。
「聞こえの良い事を言ってくる者には心を開いてはダメよ?社交は戦場なの。貴族なんて顔で笑って足の引っ張り合いをする事で頭がいっぱいなんだから」
「ですが、その中に有益な話もあるんですよね?」
「勿論よ。手っ取り早い見分け方は、儲け話を持って来るもの、手を組もうと言ってくるものは、話半分に聞いて警戒する事よ」
「そうなんですか?」
「儲かる話をわざわざ他人にする必要はないでしょう?利益を分配するのなら他家ではなく領民に分けた方が得策だと思わない?事業で手を組もうと思うのならこちらが取り仕切るつもりで。決して下手に出てはダメ。嫌なら他を当たる。それくらいの気持ちで挑みなさい。尤も?貴族に話を持って行く前に商会や実際に動く人間を取り込んだ方が話が早いのだけど」
オルコット侯爵夫人も領民の事を考えていて、根っからの悪人ではない。
それはアイリーンにも理解はできる。
教えを乞う間はどうしても一緒に過ごす時間が長くなる。「絆されたのかな?」と思わぬでもないがアイリーンには兄ペルタスの借金を支払ってまで他人の人生を狂わせようと思ったのかが判らない。
「貴女が考えているほど、わたくしは善人ではないわ」
侯爵夫人もまたオルコット侯爵と同じで他人の表情から心を読むのが得意なのだろうか。いや、そうなら夫婦間でここまで関係が拗れてもいないだろう。
「善人・・・そうですね。そこまではごめんなさい。思いません」
「ふふっ。素直でいいわ。大事な事よ」
「夫人の気持ちを侯爵様に伝えれば良いんじゃないでしょうか」
ふと侯爵夫人の顔から表情が抜け落ちたようになったが、直ぐに元に戻った。
「貴女って、本当に思わぬ拾い物だわ」
「拾い物?ですか…」
「ごめんなさいね。モノとして扱う気持ちはないわ。例えが悪かったわね」
オルコット侯爵夫人はアイリーンの兄ペルタスと話をするうちに「腹が立った」と言った。
「本当は立て替えたお金を返してもらうつもりは無かったのよ。お金ってね、返して貰う事を前提に貸すのはそれを生業としている者だけ。商売にする気がないなら「あげた」と諦めるモノよ。1度目の帰省費用を渡した時にきっと家に戻って「妹を売る」と言う事の恥ずかしさを知るだろうから、真面目に生きていこうと思えばそれでいい。高利貸しとの縁が切れれば借金の為に働く事もないでしょう?だから領地に帰って家族と腹を割って話をする事に投資したと考えればいいと思ったのよ」
「でも、借りたものは返さないと!」
「そうね。貴女の言う事は正しい。1回目はそのつもりで貸したんだけど…ほら?」
――あぁ…お兄様、賭博で増やそうとしたんだったわ――
「離れて暮らす親や貴女の事を心配する口ぶりだったから、じゃぁ領地戻って生き方を仕切り直せばいいのにっていい加減腹が立ってたのに、その費用を賭博で溶かしたって…。久しぶりにカッとしてしまったのよ。ここに妹を連れてこい!そう言えば事の重大さが身に染みるだろうと思って。でも本当に来ちゃったから…焦ったわ」
「そ、それは・・・兄が申し訳ない事をしました」
「いいのよ。でも貴女の覚悟を知ってわたくしも自分を客観的に見る事が出来たもの。それなりに贅沢もさせてもらえたし、好きな事もさせてもらえた。結婚の慰謝料としてはわたくしに権利のある領地を貴女の名義にするわ。5年経ったら売るなり焼くなり好きになさい」
「そんなっ。こちらも兄が迷惑をかけていますし頂けません」
「いいのよ。貴女の経歴に離縁と言う不名誉が付いてしまうのだもの。この先は遊んで暮らせるだけの金が手に入ると割り切って貰えたら、わたくしも気持ちが軽くなるわ」
「確かに何処かのお屋敷なんかに奉公に行ってもそれだけのお金は手に入らないでしょうけど、もらい過ぎです。今後の侯爵家の事もありますし、領民の皆さんが困るじゃないですか」
「大丈夫よ。貴女、働くの好きでしょ?それにブレド達と計画した作付け。上手くいっても行かなくても貴女・・・領地経営の面白さにド嵌りすると思うの。こういうのは向き不向きが顕著に出るから・・・貴女は商売人を相手に商売する側の人間ね。数年失敗したってぐらつくような屋台骨じゃないし、離縁出来るまでのあと4年半。好きなようにやると良いわ。失敗したと思う事から学ぶ事もあるでしょうしね」
「そんな・・・ではご子息には・・・」
「ベルガシュに残すのは国に貸し出している流刑地。ベルガシュが何もしなくても国家がなんとかしてくれるわ。今ほどの贅沢は出来ないでしょうけど、土地を貸すだけで金になるんだからあの子向き。本当に何もしなくていいし、罪人はいても領民はいない。管理だって国がしてくれる土地を渡すわ」
「そこに罪人として送られたら大変じゃないですか!それにですね!私や兄の事を考える前に侯爵様ときちんと話をしてください!ホントに面倒な夫婦ですよっ!」
しまった!とアイリーンは口を手で覆ったが、侯爵夫人は「プッ!!」失笑すると続けて声を立てて笑い始めた。
多方面の経営に四苦八苦しながらも、1人で抱え込まず家令や執事に手伝ってもらってもいい。オルコット侯爵夫妻は使用人達を集め、今後はアイリーンに従うようにと告げた。
主の言葉は絶対だが、オルコット侯爵家に世話になるのも半年となれば使用人達とも打ち解ける事も出来た。アイリーンは王都に来た時の暗く重い気持ちから少しだけ前向きになれた。
オルコット侯爵からは経営を、侯爵夫人からは「習うより慣れろ」と時間を見つけては茶会の供。
「聞こえの良い事を言ってくる者には心を開いてはダメよ?社交は戦場なの。貴族なんて顔で笑って足の引っ張り合いをする事で頭がいっぱいなんだから」
「ですが、その中に有益な話もあるんですよね?」
「勿論よ。手っ取り早い見分け方は、儲け話を持って来るもの、手を組もうと言ってくるものは、話半分に聞いて警戒する事よ」
「そうなんですか?」
「儲かる話をわざわざ他人にする必要はないでしょう?利益を分配するのなら他家ではなく領民に分けた方が得策だと思わない?事業で手を組もうと思うのならこちらが取り仕切るつもりで。決して下手に出てはダメ。嫌なら他を当たる。それくらいの気持ちで挑みなさい。尤も?貴族に話を持って行く前に商会や実際に動く人間を取り込んだ方が話が早いのだけど」
オルコット侯爵夫人も領民の事を考えていて、根っからの悪人ではない。
それはアイリーンにも理解はできる。
教えを乞う間はどうしても一緒に過ごす時間が長くなる。「絆されたのかな?」と思わぬでもないがアイリーンには兄ペルタスの借金を支払ってまで他人の人生を狂わせようと思ったのかが判らない。
「貴女が考えているほど、わたくしは善人ではないわ」
侯爵夫人もまたオルコット侯爵と同じで他人の表情から心を読むのが得意なのだろうか。いや、そうなら夫婦間でここまで関係が拗れてもいないだろう。
「善人・・・そうですね。そこまではごめんなさい。思いません」
「ふふっ。素直でいいわ。大事な事よ」
「夫人の気持ちを侯爵様に伝えれば良いんじゃないでしょうか」
ふと侯爵夫人の顔から表情が抜け落ちたようになったが、直ぐに元に戻った。
「貴女って、本当に思わぬ拾い物だわ」
「拾い物?ですか…」
「ごめんなさいね。モノとして扱う気持ちはないわ。例えが悪かったわね」
オルコット侯爵夫人はアイリーンの兄ペルタスと話をするうちに「腹が立った」と言った。
「本当は立て替えたお金を返してもらうつもりは無かったのよ。お金ってね、返して貰う事を前提に貸すのはそれを生業としている者だけ。商売にする気がないなら「あげた」と諦めるモノよ。1度目の帰省費用を渡した時にきっと家に戻って「妹を売る」と言う事の恥ずかしさを知るだろうから、真面目に生きていこうと思えばそれでいい。高利貸しとの縁が切れれば借金の為に働く事もないでしょう?だから領地に帰って家族と腹を割って話をする事に投資したと考えればいいと思ったのよ」
「でも、借りたものは返さないと!」
「そうね。貴女の言う事は正しい。1回目はそのつもりで貸したんだけど…ほら?」
――あぁ…お兄様、賭博で増やそうとしたんだったわ――
「離れて暮らす親や貴女の事を心配する口ぶりだったから、じゃぁ領地戻って生き方を仕切り直せばいいのにっていい加減腹が立ってたのに、その費用を賭博で溶かしたって…。久しぶりにカッとしてしまったのよ。ここに妹を連れてこい!そう言えば事の重大さが身に染みるだろうと思って。でも本当に来ちゃったから…焦ったわ」
「そ、それは・・・兄が申し訳ない事をしました」
「いいのよ。でも貴女の覚悟を知ってわたくしも自分を客観的に見る事が出来たもの。それなりに贅沢もさせてもらえたし、好きな事もさせてもらえた。結婚の慰謝料としてはわたくしに権利のある領地を貴女の名義にするわ。5年経ったら売るなり焼くなり好きになさい」
「そんなっ。こちらも兄が迷惑をかけていますし頂けません」
「いいのよ。貴女の経歴に離縁と言う不名誉が付いてしまうのだもの。この先は遊んで暮らせるだけの金が手に入ると割り切って貰えたら、わたくしも気持ちが軽くなるわ」
「確かに何処かのお屋敷なんかに奉公に行ってもそれだけのお金は手に入らないでしょうけど、もらい過ぎです。今後の侯爵家の事もありますし、領民の皆さんが困るじゃないですか」
「大丈夫よ。貴女、働くの好きでしょ?それにブレド達と計画した作付け。上手くいっても行かなくても貴女・・・領地経営の面白さにド嵌りすると思うの。こういうのは向き不向きが顕著に出るから・・・貴女は商売人を相手に商売する側の人間ね。数年失敗したってぐらつくような屋台骨じゃないし、離縁出来るまでのあと4年半。好きなようにやると良いわ。失敗したと思う事から学ぶ事もあるでしょうしね」
「そんな・・・ではご子息には・・・」
「ベルガシュに残すのは国に貸し出している流刑地。ベルガシュが何もしなくても国家がなんとかしてくれるわ。今ほどの贅沢は出来ないでしょうけど、土地を貸すだけで金になるんだからあの子向き。本当に何もしなくていいし、罪人はいても領民はいない。管理だって国がしてくれる土地を渡すわ」
「そこに罪人として送られたら大変じゃないですか!それにですね!私や兄の事を考える前に侯爵様ときちんと話をしてください!ホントに面倒な夫婦ですよっ!」
しまった!とアイリーンは口を手で覆ったが、侯爵夫人は「プッ!!」失笑すると続けて声を立てて笑い始めた。
多方面の経営に四苦八苦しながらも、1人で抱え込まず家令や執事に手伝ってもらってもいい。オルコット侯爵夫妻は使用人達を集め、今後はアイリーンに従うようにと告げた。
主の言葉は絶対だが、オルコット侯爵家に世話になるのも半年となれば使用人達とも打ち解ける事も出来た。アイリーンは王都に来た時の暗く重い気持ちから少しだけ前向きになれた。
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