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第04話  鯔の詰まり、独り占め?

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「ここが貴女の部屋。側付としてこのジェシーを使うと良いわ」


本当に「嫁」だけが欲しかったのだろうか?とアイリーンの方が心配になるくらいにオルコット侯爵夫人から子息に対して「母親」という感情が感じられない。

その理由は直ぐにアイリーンにも理解出来た。


「気にしないで。私達は別宅に移るし好きなようにしてくれていいわ」
「別宅って…こちらで同居されるのではないのですか?」
「同居?冗談じゃないわ」


侯爵家の家名以外は何も聞かされていないアイリーン。夫となる人の名前すら知らなかった。侯爵夫人はクローゼットの中のドレスを幾つか手に取りながら、淡々と聞かせる。


夫となる人の名はベルガシュ。年齢は再来月で25歳。
夫人の実子ではなく、オルコット侯爵が愛人に産ませた子だと言う。


夫人のベルガシュに対しての評価はかなり低く、「見ているだけなら害はない」と吐き捨てた。それは裏を返せば「害しかない」ということに等しい。


容姿端麗。つまり美丈夫だが、頭の中身は学業もマナーも全て「外観」に吸い取られたようで壊滅的。屋敷に戻ってくるのは金の無心に来る時だけで複数の恋人との逢瀬に明け暮れ仕事も3年前にクビになったと言う。

「侯爵家子息というだけでコネを使って無理やり文官として捩じ込んだけれど、続くわけがなかったわ」


続かないのは仕事だけでなく恋人も同様。
夫人が知る限りで付き合いのあった恋人の数は両手両足の数では足らず、今もベルガシュは3、4人の恋人と「精力的」に自堕落な遊興に耽っていると言った。

――なかなかにアグレッシブなのね。理解も真似も出来ないわ――


「女好きは父親譲り」と諦め口調で語る夫人。

婚姻の書類を作成する時に会っただけだがオルコット侯爵は40代後半。
「今でも愛人を数人抱えている好色爺」と呆れ口調で夫人がチクリと嫌味の棘を向けたのだが、軽く受け流した侯爵はかなりの美丈夫だった。


「浮気ばかりだけど、別れるには勿体ない」と夫人は女遊びに目を瞑れば「侯爵夫人」としての地位や生活が保障されるため、そちらを選んだと言った。

「愛で空腹は満たされないし、着る物も選べない」そう言いのける侯爵夫人。

それも1つの生き方だろうが、生まれた時から田舎暮らしのアイリーンには理解が出来ない。物心ついた時に父にはツレが居らず、親戚からも総スカンのため貴族らしい貴族との接点も無い。

平民である領民は浮気をしている暇があるならくわを振らねば食べていけないし、時折盛大な夫婦喧嘩に出くわす事もあったけれど家庭を壊すような不貞が原因だった事は一度もない。

もしも夫(妻)が他の人に傾倒してしまったら…貧しさ故に想像が出来なかった。
貴族と平民では「家族」という一番身近なコミュニティの在り方が違うのだろうと夫人の言葉をアイリーンは飲み込んだ。


ベルガシュとアイリーンを結婚をさせた理由は?と問えば、「爵位が譲れるから」とあっけらかん。

爵位を譲る。つまり夫を引退させたい。

現役を引退すれば自由になる金は限られてしまう。
愛人を何人囲っていようが、金の切れ目が縁の切れ目。
引退と同時に愛人たちはそっぽを向く。

それが夫人の狙いで子息のベルガシュに子供が生まれようが生まれまいがどうでも良く、余生を過ごせる金を持って夫と共に隠居生活を満喫したいだけ。含みを持たせて侯爵夫人は笑った。


――なんだ。結局、侯爵様を独り占めしたいだけじゃない――


生活の為だなんだと言いながら、侯爵夫人の「女」である部分を見たような気がしてアイリーンは「馬鹿馬鹿しい」と思ってしまった。

同時に爵位と金があれば他者の人生すら狂わせてしまう侯爵夫人の自分よがりにも反吐が出そうだ。しかしこの侯爵夫人が金を出したからこそ、兄のペルタスは借金が無くなった。それも事実。

さらに兄が高利貸しから逃げ回る生活をしていれば高利貸しは借金を分割し、正規の金融業者に「債権」として小口に分けて売り渡し、正規の金融業者が「踏み倒された」と訴え出ただろう。

そうなれば伯爵家という爵位がある以上、厳しく取り締まられて連座的に爵位を没収され領民が路頭に迷ったであろうと考えれば有難くもある。


――現実はそんなものよね。綺麗ごとばかりで生きていけないもの――


「あの…もしなのですが兄がお借りしているお金の返済が出来れば離縁しても良いでしょうか?」


アイリーンを縛るのは借金。その借金が無くなれば・・・一縷の望みいちるののぞみすがる思いでアイリーンはオルコット侯爵夫人に尋ねた。


「借金?貴女が嫁いでくれた事で無くなってるわ。気にしなくていいわよ。領に好きな男性でもいたの?」

「そうなら悪い事をした」と夫人の表情が少し曇ったが、アイリーンは直ぐに否定をした。

「そんな人はいません。借りたものは返すのが当たり前です。直ぐは無理ですが、どうかな?と思いまして」


慕う男性はいないと聞いて安心をしたのか、夫人の表情が明るくなる。

「5年ね。一旦結婚をすれば貴族法で5年は離縁が出来ないの。その5年で借金をどうにかしたいのならすればいいわ。こちらとしても老後の費用が増えるし、そうなれば受け取ってあげるわ。ベルガシュと添い遂げようなんて思わなくていいわ」

「あと、侯爵家の経営、幾つかは侯爵様が続けられるのですか?」
「まさか。引退すると言う事は全てに於いて手が離れる。つまり、あなた達・・・と言ってもベルガシュには無理ね。貴女が経営をする事になるわね」


――エェーッ?全部なの?――

言葉で言うほど貴族の領地経営は簡単な事ではない。
だがアイリーンは押し売りでも恩は恩。覚悟を決めて領地を後にした。

「では、教えて頂けますか?ご子息はあまり屋敷には戻られないようなので」

「へぇ…」オルコット侯爵夫人は聊か驚いた顔でアイリーンを見ると「いいわ」と短く返した。
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