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第03話 友達を売った金
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遠くからしか見た事がなかった王都の外郭を囲う高い壁。
間近で見ると空に突き刺さっているのかと思う程に高さがある。
生まれて間もない頃は王都にも住んでいたと聞くがアイリーンに王都の記憶はない。
王都を出て田舎のモストク伯爵領に移り住んだのはアイリーンが生後6か月のとき。
以来、領地を出るのは農夫の行商に付き合って隣の領地までだったアイリーン。
父と共に荷馬車に揺られて王都を囲う外郭の壁をくり抜いた大門ですら初見。
アイリーンは高い位置でアーチ形に組まれた通路の石天井を見上げつつ外から内にくぐった。
「アイリーン・・・これだけしかしてやれなくてすまない」
父のモストク伯爵は硬貨の入った巾着袋をアイリーンに差し出した。中を覗くと金貨と銀貨が見える。父のモストク伯爵は王都から出る時に支払う通行税として銀貨1枚を取り、残りをアイリーンに手渡した。
このために父はヤギを3匹、牛を1頭売ってしまった。
家に残るのは年老いてもう乳も出ない牛が2頭とオスのヤギが5匹。
乳の出る母ヤギは子ヤギと共に売ってしまった。
その子ヤギはセルジュ。アイリーンの友人だった。
田舎の領地。年齢の近しいものは居らず労働に明け暮れる日々。
気の毒に思ったのか放牧させる羊をアイリーンに預けてくれる領民が「子ヤギが生まれたらあげる」と、お腹の大きな母ヤギを指差した。
アイリーンが17歳になった日に生まれたセルジュ。
言葉が通じなくても、大地を踏みしめる足の数が違っても、震える足で立った時からアイリーンには初めてできた友達だった。
商会に引き取られていくセルジュはアイリーンに向かって「メェェ~」何度も鳴いた。そうしなければ王都に行くための路銀すらなかった。
アイリーンはセルジュを見送る事しか出来なかった。
――友達を売らねばならないなんて――
アイリーンは巾着袋を握りしめて泣いた。
「ここだな。オルコット侯爵家・・・」
ポツリと父が呟く。
屋敷の敷地を囲うように堀があり、魚が泳いでいるのか波紋も見える。
「お父様はどうやって帰るの?」
「自前の足がある。心配するな」
「歩くの?歩き通しでも3日はかかるわ」
「3日でも4日でも構わないさ。そんな事よりもアイリーン・・・すまない」
歩いて帰るという父はアイリーンから顔を背け、肩を震わせ声を殺して泣いていた。
貴族であれば家の為に婚姻を結ぶのはごく当たり前のこと。
親の決めた事に反論する子女はほとんどいない。
それは高位貴族でも同じなのだろうとアイリーンは初見となるオルコット侯爵夫妻を見て感じた。子息の結婚だと言うのに淡々と書類を仕上げていく。
田舎の領地で育てた牛やヤギを売る方がまだ「情」を感じるほどに事務的だった。用が済めば帰れと言わんばかりにモストク伯爵は早々に屋敷から追い払われるように外に出され、別れのハグすら時間を与えてはもらえなかった。
外郭の大門は時間になると閉じられて翌日まで開かない。
門を通れなかった旅人は宿を取らねば追剥に狙われてしまう。
1晩くらい泊めてやれば。
そういう者もいるだろうが貴族とは腹の探り合いをする生き物。
話をするのに屋敷に迎え入れても、泊まらせるようなお人好しは生き残る事は出来ない。
冷たい仕打ちのように見えて、大門が閉じる前に発たせるのはオルコット侯爵家なりの誠意。アイリーンは初めて父の背中を見たような気がした。
幼い頃は大きくて、いつも見上げていた父。
去っていく父の背中は物理的な距離感以上に小さく見えた。
間近で見ると空に突き刺さっているのかと思う程に高さがある。
生まれて間もない頃は王都にも住んでいたと聞くがアイリーンに王都の記憶はない。
王都を出て田舎のモストク伯爵領に移り住んだのはアイリーンが生後6か月のとき。
以来、領地を出るのは農夫の行商に付き合って隣の領地までだったアイリーン。
父と共に荷馬車に揺られて王都を囲う外郭の壁をくり抜いた大門ですら初見。
アイリーンは高い位置でアーチ形に組まれた通路の石天井を見上げつつ外から内にくぐった。
「アイリーン・・・これだけしかしてやれなくてすまない」
父のモストク伯爵は硬貨の入った巾着袋をアイリーンに差し出した。中を覗くと金貨と銀貨が見える。父のモストク伯爵は王都から出る時に支払う通行税として銀貨1枚を取り、残りをアイリーンに手渡した。
このために父はヤギを3匹、牛を1頭売ってしまった。
家に残るのは年老いてもう乳も出ない牛が2頭とオスのヤギが5匹。
乳の出る母ヤギは子ヤギと共に売ってしまった。
その子ヤギはセルジュ。アイリーンの友人だった。
田舎の領地。年齢の近しいものは居らず労働に明け暮れる日々。
気の毒に思ったのか放牧させる羊をアイリーンに預けてくれる領民が「子ヤギが生まれたらあげる」と、お腹の大きな母ヤギを指差した。
アイリーンが17歳になった日に生まれたセルジュ。
言葉が通じなくても、大地を踏みしめる足の数が違っても、震える足で立った時からアイリーンには初めてできた友達だった。
商会に引き取られていくセルジュはアイリーンに向かって「メェェ~」何度も鳴いた。そうしなければ王都に行くための路銀すらなかった。
アイリーンはセルジュを見送る事しか出来なかった。
――友達を売らねばならないなんて――
アイリーンは巾着袋を握りしめて泣いた。
「ここだな。オルコット侯爵家・・・」
ポツリと父が呟く。
屋敷の敷地を囲うように堀があり、魚が泳いでいるのか波紋も見える。
「お父様はどうやって帰るの?」
「自前の足がある。心配するな」
「歩くの?歩き通しでも3日はかかるわ」
「3日でも4日でも構わないさ。そんな事よりもアイリーン・・・すまない」
歩いて帰るという父はアイリーンから顔を背け、肩を震わせ声を殺して泣いていた。
貴族であれば家の為に婚姻を結ぶのはごく当たり前のこと。
親の決めた事に反論する子女はほとんどいない。
それは高位貴族でも同じなのだろうとアイリーンは初見となるオルコット侯爵夫妻を見て感じた。子息の結婚だと言うのに淡々と書類を仕上げていく。
田舎の領地で育てた牛やヤギを売る方がまだ「情」を感じるほどに事務的だった。用が済めば帰れと言わんばかりにモストク伯爵は早々に屋敷から追い払われるように外に出され、別れのハグすら時間を与えてはもらえなかった。
外郭の大門は時間になると閉じられて翌日まで開かない。
門を通れなかった旅人は宿を取らねば追剥に狙われてしまう。
1晩くらい泊めてやれば。
そういう者もいるだろうが貴族とは腹の探り合いをする生き物。
話をするのに屋敷に迎え入れても、泊まらせるようなお人好しは生き残る事は出来ない。
冷たい仕打ちのように見えて、大門が閉じる前に発たせるのはオルコット侯爵家なりの誠意。アイリーンは初めて父の背中を見たような気がした。
幼い頃は大きくて、いつも見上げていた父。
去っていく父の背中は物理的な距離感以上に小さく見えた。
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