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第01話 兄の土下座
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晴れた日にはボートレイナ王国の王都の外郭の壁が峠から見える位置にあるモストク伯爵領。広さは例えるならば猫の額ほど。山に囲まれた長閑な地。
モストク伯爵家の収支は領地の広さに比例して、国内でもダントツに少ない。
赤字の続く貧乏伯爵家がモストク伯爵家。
「今日もいいお天気ね。いっぱいお食べ~」
「メェェ~メェェ」
「今日もイケメンだわ。素敵よセルジュ」
「メェェ~メェェ」
農夫から預かった羊を山の稜線近くにある広場に放牧するため連れて来る。アイリーンの相棒は子ヤギ。名をセルジュ。アイリーンの17歳の誕生日に生まれたセルジュは黒ヤギの父と白ヤギの母を持ち、耳だけが黒く後は真っ白な「耳だけブラック」な特徴を持つヤギ。
放牧した原っぱの草を一心不乱に貪る母ヤギの隣でセルジュはアイリーンに元気よく返事をする。麓の草よりは青々と茂っていて母ヤギも運動がてらに連れて来ると乳の出が良い。
領地にはアイリーンと年齢の近いものは出稼ぎに行ってしまい、友人と呼べる者はいない。ヤギのセルジュだけがアイリーンの友人、いや友ヤギであり相棒なのだ。
アイリーンはごろりと寝転がって空を流れていく雲を見ていた。
山の天候は変わりやすく、雲の流れを見て雨の前兆を感じれば早めに羊たちを麓に連れ帰らねばならない。
何の代わり映えも無い1日が始まり、終わるはずだった。
★~★
祖父の代まではボートレイナ王国にモストク伯爵家ありとまで言われた大富豪だったモストク伯爵家。すっかり落ちぶれてしまったのは父親のやらかしが原因。
アイリーンの祖父は入り婿。祖母は子供が産めない体だったため親類を頼ってアイリーンの父親を養子に迎えた。
生まれは男爵家だったアイリーンの父親。
贅沢の出来なかった幼少期をを経て、突然大富豪の伯爵家に次期当主として迎え入れられて、天狗にもなっていたし、なんでも許されると若気の至りもあったのだろう。それは結婚し当主を引き継いだ3年目の事だった。
17歳で父親は養父母が決めた婚約者と結婚。
結婚の翌年に兄のペルタスが生まれ、その翌年アイリーンが生まれて順風満帆。
元来お調子者の父親は事もあろうか「20歳の祝いの夜会」で友人の高位貴族の子息が婚約破棄騒動を起こした茶番劇に加担してしまった。
でっち上げの罪を公爵令嬢に吹っ掛け、その片棒を担いでしまった。
嘘か誠か。令嬢は気を病んでしまい残りの人生を神に捧げると修道女になるため修道院に入ったと言うから大変。公爵令嬢の母親が帝国の第二王女だった事もあって、王家を巻き込んで騒動になった。
子息はその後「盾にはなるだろうから」と戦の最前線に送られて本当に盾になったそうだが、片棒を担いだ子息達の家にも法外な慰謝料が請求された。
アイリーンの父親が「そうだ、そうだ!」と相槌を打っただけで広大な領地をモストク伯爵家は失い、親類縁者からも縁切りされてしまった。
アイリーンは生まれて17年、親戚に一度もお目にかかった事はない。
生まれた頃は会ったのかも知れないが記憶にない。
母親ですら夫に三行半を突きつけ、兄と生後4か月のアイリーンを置いて実家のタゲニ伯爵家に戻って以来音信不通。母親恋しさに6歳のペルタスと5歳のアイリーンは何度か母親宛に手紙を送ったが、やっと返ってきた返事は無情だった。
『母親は既に再婚をしているので、母親の幸せを願うなら連絡をしてくれるな』
という母方の祖父母からの返事。
短い文章の書かれた手紙を握りしめて兄と泣いた。
祖父母と兄、父親と小さな畑を農夫と共に耕して汗を流す。
時にヤギや羊を放牧するために日も昇らぬうちから手にはランプ、首にヤギ笛をぶら下げて山の稜線近くまで登っていく。
倹しく、息を潜めるように生活する事を余儀なくされていた。
兄のペルタスはそんな生活に「父上の贖罪にどうして僕らが付き合わねばならないんだ!」そう言って2年前、半ば家出のような形で王都にある騎士団に入団をしてしまった。
貧乏な上に領民も少ない。男手を1人失っただけでも分担する仕事の量は増えてしまう。祖母は無理がたたったのか半年前に床に臥せ、あっという間に帰らぬ人となった。
祖母が儚くなり、兄のペルタスがいなくなってからアイリーンは2人の分も懸命に働いた。
いつものように預かった羊を飼い主の元に送り届けて家に戻ってきたアイリーンは珍しい人が家にいる事に驚いた。
「あら。お兄様。この辺りに赴任になったの?」
王都に行ってからというもの、手紙の1つも寄越さなかった兄のペルタスが帰宅していたのだった。兄が帰宅をしていようがアイリーンの仕事が減るわけでは無い。
この後、父と祖父の夕食を簡単に下ごしらえをして、養蚕を営む農家に行き、蚕の糸を取る仕事をせねばならない。
アイリーンが下ごしらえをした食材は祖父が仕上げをして、アイリーンは深夜に帰宅し冷え切った食事をとる。ゆっくりしている時間もないアイリーンは桶に入れた水で手を洗った。
そんなアイリーンの背に兄ペルタスの悲痛な声が浴びせられた。
「アイリーン。すまないっ。何も言わずに嫁いでくれないか」
振り返るとペルタスは床に突っ伏せ、額を床に擦りつけてアイリーンに懇願していた。
モストク伯爵家の収支は領地の広さに比例して、国内でもダントツに少ない。
赤字の続く貧乏伯爵家がモストク伯爵家。
「今日もいいお天気ね。いっぱいお食べ~」
「メェェ~メェェ」
「今日もイケメンだわ。素敵よセルジュ」
「メェェ~メェェ」
農夫から預かった羊を山の稜線近くにある広場に放牧するため連れて来る。アイリーンの相棒は子ヤギ。名をセルジュ。アイリーンの17歳の誕生日に生まれたセルジュは黒ヤギの父と白ヤギの母を持ち、耳だけが黒く後は真っ白な「耳だけブラック」な特徴を持つヤギ。
放牧した原っぱの草を一心不乱に貪る母ヤギの隣でセルジュはアイリーンに元気よく返事をする。麓の草よりは青々と茂っていて母ヤギも運動がてらに連れて来ると乳の出が良い。
領地にはアイリーンと年齢の近いものは出稼ぎに行ってしまい、友人と呼べる者はいない。ヤギのセルジュだけがアイリーンの友人、いや友ヤギであり相棒なのだ。
アイリーンはごろりと寝転がって空を流れていく雲を見ていた。
山の天候は変わりやすく、雲の流れを見て雨の前兆を感じれば早めに羊たちを麓に連れ帰らねばならない。
何の代わり映えも無い1日が始まり、終わるはずだった。
★~★
祖父の代まではボートレイナ王国にモストク伯爵家ありとまで言われた大富豪だったモストク伯爵家。すっかり落ちぶれてしまったのは父親のやらかしが原因。
アイリーンの祖父は入り婿。祖母は子供が産めない体だったため親類を頼ってアイリーンの父親を養子に迎えた。
生まれは男爵家だったアイリーンの父親。
贅沢の出来なかった幼少期をを経て、突然大富豪の伯爵家に次期当主として迎え入れられて、天狗にもなっていたし、なんでも許されると若気の至りもあったのだろう。それは結婚し当主を引き継いだ3年目の事だった。
17歳で父親は養父母が決めた婚約者と結婚。
結婚の翌年に兄のペルタスが生まれ、その翌年アイリーンが生まれて順風満帆。
元来お調子者の父親は事もあろうか「20歳の祝いの夜会」で友人の高位貴族の子息が婚約破棄騒動を起こした茶番劇に加担してしまった。
でっち上げの罪を公爵令嬢に吹っ掛け、その片棒を担いでしまった。
嘘か誠か。令嬢は気を病んでしまい残りの人生を神に捧げると修道女になるため修道院に入ったと言うから大変。公爵令嬢の母親が帝国の第二王女だった事もあって、王家を巻き込んで騒動になった。
子息はその後「盾にはなるだろうから」と戦の最前線に送られて本当に盾になったそうだが、片棒を担いだ子息達の家にも法外な慰謝料が請求された。
アイリーンの父親が「そうだ、そうだ!」と相槌を打っただけで広大な領地をモストク伯爵家は失い、親類縁者からも縁切りされてしまった。
アイリーンは生まれて17年、親戚に一度もお目にかかった事はない。
生まれた頃は会ったのかも知れないが記憶にない。
母親ですら夫に三行半を突きつけ、兄と生後4か月のアイリーンを置いて実家のタゲニ伯爵家に戻って以来音信不通。母親恋しさに6歳のペルタスと5歳のアイリーンは何度か母親宛に手紙を送ったが、やっと返ってきた返事は無情だった。
『母親は既に再婚をしているので、母親の幸せを願うなら連絡をしてくれるな』
という母方の祖父母からの返事。
短い文章の書かれた手紙を握りしめて兄と泣いた。
祖父母と兄、父親と小さな畑を農夫と共に耕して汗を流す。
時にヤギや羊を放牧するために日も昇らぬうちから手にはランプ、首にヤギ笛をぶら下げて山の稜線近くまで登っていく。
倹しく、息を潜めるように生活する事を余儀なくされていた。
兄のペルタスはそんな生活に「父上の贖罪にどうして僕らが付き合わねばならないんだ!」そう言って2年前、半ば家出のような形で王都にある騎士団に入団をしてしまった。
貧乏な上に領民も少ない。男手を1人失っただけでも分担する仕事の量は増えてしまう。祖母は無理がたたったのか半年前に床に臥せ、あっという間に帰らぬ人となった。
祖母が儚くなり、兄のペルタスがいなくなってからアイリーンは2人の分も懸命に働いた。
いつものように預かった羊を飼い主の元に送り届けて家に戻ってきたアイリーンは珍しい人が家にいる事に驚いた。
「あら。お兄様。この辺りに赴任になったの?」
王都に行ってからというもの、手紙の1つも寄越さなかった兄のペルタスが帰宅していたのだった。兄が帰宅をしていようがアイリーンの仕事が減るわけでは無い。
この後、父と祖父の夕食を簡単に下ごしらえをして、養蚕を営む農家に行き、蚕の糸を取る仕事をせねばならない。
アイリーンが下ごしらえをした食材は祖父が仕上げをして、アイリーンは深夜に帰宅し冷え切った食事をとる。ゆっくりしている時間もないアイリーンは桶に入れた水で手を洗った。
そんなアイリーンの背に兄ペルタスの悲痛な声が浴びせられた。
「アイリーン。すまないっ。何も言わずに嫁いでくれないか」
振り返るとペルタスは床に突っ伏せ、額を床に擦りつけてアイリーンに懇願していた。
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