王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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メタノベリー退場

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小さく頷いた第二王子はチェザーレ情報では第一王子よりも元気だと言っていたがシャルノーの目にはそうは見えなかった。そっと壇上に立つ第二王子の後ろにはメタノベリーの豪奢なドレスに隠れるように従者が第二王子の背を支えていたのだ。


「第二王子妃、メタノベリー様。成婚より支流の水を遠くの王都まで運んでくださりありがとうございました。本日を以てそのお役目は解かれます。長らくのご支援に体を病んだ民衆も安堵している事でしょう」

シャルノーの言葉に瞬間沸騰したメタノベリーは手にしていた扇をシャルノーに向かって放り投げた。

しかし、球を投げる事が不得手な者がいるように、メタノベリーも例外ではない。
手を振り切ったあとに扇から手を離せば、せいぜい飛んでも足元、真下である。
弧を描いたドレスを滑り落ちた扇は、加速度を付けてシャルノーの前に床を滑って来たのだ。

「人に物を投げるなんて…」

すぐ下にいた貴婦人が眉を顰めて声をあげるとメタノベリーは睨みつけた。

「お集りの皆様はここ数年来、第一王子妃アダルシア様、第二王子妃メタノベリー様のご実家から運ばれてくる水を利用し、生活をされておられたかと存じます。知っての通り我が夫、チェザーレ殿下は医療事業も手掛けております。サウスノア王国に嫁ぎ、わたくしは常々その事業に関わる資料に目を通しながら疑問が御座いました」

メタノベリーはシャルノーを睨みつけていたが顔を反らした。
そして会場の中ほどから少しバルコニー側で小さな騒動があった。来場していたメタノベリーの父親が従者のなりをした兵士に拘束されたのだ。

「嘘だ!その女の言う事は全部出鱈目だ!真に受けるな!」

メタノベリーの父親は叫ぶが誰もが首を傾げた。
シャルノーの言葉に嘘はない。アダルシアとメタノベリーの実家から支流の水を大量に購入し運んで使用して利うのも事実なら、チェザーレが医療事業をしているのは周知の事実であるし、その資料にシャルノーが目を通すのは貴族の当主夫人ではなく王子妃なのだから当たり前の事なのだ。

「お前、何を言ってるんだ?」
「だから!ウチの水に本流の水が混じっていると言うんだろうが!」
「そんな事は一言も言っていないが…そうなのか?」

メタノベリーの父親はハッと周りを見渡した。静まり返った会場には声が良く響くものだ。
シャルノーは足元に滑ってきた扇を手に取った。

掌にパン‥‥パン‥‥と規則的に打ち付けて音を鳴らす。

「説明をしてくださってありがとう。疑問に感じたのはメタノベリー様のご実家はアダルシア様のご実家よりまだ遠くに御座いますが、アダルシア様のご実家より元々の売値も安ければ、殿下のとの縁だと割り引かれた後の価格も安い。水そのものの値段は同じだと仮定すると運送費がよりかかるのに安いのは何故か。そして王都までの所要日数が同じなのは何故か。簡単です。汚染された死の川へ支流が流れ込む合流地点の水を運んでいたんですものね?」

「本当なのか!だとしたら大問題じゃないか!」
「そうよ!安全だと思っているから高い税金も払ってきたのよ」

メタノベリーの父を囲む貴族1人罵る声をあげると相乗効果だろう。波紋が広がる様に誰も彼もが絶叫するが如く変だなと感じてはいたものの気のせいだと思っていた水への不平不満を爆発させた。

シャルノーは更に扇を打ち鳴らした。声がピタリと止まる。
見上げる貴族たちの目が訴えかける。真実が知りたい。と。

「汲み上げていた地点は確かに支流。本流から数メルト離れた地。ですが毎日取水する事で馬車道は部分的に崩落。この頃では河原から20メルトほど人の手で組み上げた水の入った樽を運ばねばならぬほど川幅が広がってしまった。水を荷馬車まで運ぶ者からの突き上げも厳しい上に、崩落する事で部族が住まう領への荷を運ぶ荷馬車が小型化せねば通れないほど道は削られ狭くなった。それを世間では自業自得と申しますが、貴方はそこからさらに知恵を働かせた」

「ペッ…くそっ…」

従者に後ろ手で拘束をされたメタノベリーの父親は唾を吐き、舌打ちをする。

「水を運ぶよりももっと効率よく稼げる儲け話が舞い込んだのでしょう?海の向こう、カスタード国が火山灰を買い取ってくれる。その火山灰を収集し運び利益を上げる。だけど灰を集める場所がない。だから…手を組んだのでしょう?ジョイス伯爵家と。貴方の名では土地を売ってくれる者も貸してくれる者もいない。伯爵家が声を掛ければ売ってくれなくとも貸してはくれる。なのでジョイス伯爵家が借りた土地を又借りした。世間ではそれを名義貸しというのです」

「それのどこが悪い」

「貴方の頭が悪いと申し上げておきましょう。残念ながら確実に軌道に乗るまでは灰の輸出についてはチェザーレ殿下の独占となります。価格も安定をしておりません。持ち出しで数年やると言うのなら権利はお売りします。どなたかやってみたい方はおられます?灰の集積からウエストノア王国、カスタード国に何度も手弁当で出向いてあちらの王家と話をして頂く必要が御座います。参考までにこの3か月でかかった諸経費は51億。大丈夫です。10年ほどで事業として成り立ちます。今なら格安のその51億で独占できる権利をお売りいたしますわ」

顔を見合わせる者はいても手をあげる者はいない。3カ月で50億としても年間200億。それが10年。話を詰めたければさらに経費は膨らむ。膨らむだけで回収が出来るのは10年より先の話だ。
イーストノア王国との話はシャルノーを介していると考えればさらに必要になる。
そんな金を出せる家などあるはずがない。

「何方もいらっしゃいませんの?0か100。大富豪になるか一族郎党が路頭に迷うか。そんな冒険もまた楽しいですのに。ふふっ」

メタノベリーの父親の隣にジョイス伯爵夫妻と嫡男が引き連れられ、跪かされた。
ジョイス伯爵はシャルノーに向かって声をあげた。

「取り締まる法などありはしない。私は法も犯しておらず商売としてやっただけだ」

「そう、そこなのよ。このサウスノア王国には法律がない。だから貴方達のような悪党が幅を利かせるのです。ですが…法は無くともこの場で陛下に即決頂ける事が御座います」

国王がびくりと体を反らせた。

「第二王子殿下は毒を盛られております。大至急侍医に診察をしてもらってください。わたくしの夫のチェザーレ殿下は人の心を見る目はなくても、見た目の見立てはしっかりしておりますので。見た所クサウラベニタケを混入されていると思われますわ。少しなら食用にも出来るハエトリシメジによく似ておりますから。王子に毒を盛る。陛下はどう判断をされます?」


シャルノーがイーストノア王国から来た時に同行した従者に扮した兵士がメタノベリーの侍女達を壇上の国王の真下。貴族たちが場所を作った広場に放り投げた。

「海の向こうのトテポロ帝国にはとても良い法律があります。司法取引と申しますが、明らかになっていない犯罪を申し立てる事により、申し立てた者の罪を減刑する。という物です。陛下とて人間。まだこの国に法はなく司法取引という物も御座いませんが、目の前に転がる者達から語られる真実には温情を掛けてくださいますわよね?」

シャルノーの言葉に侍女たちはメタノベリーに命じられて第二王子の食事や飲料に毒を混ぜた事を自白した。一思いに殺すのではなく、病死に見せかけるため少量づつ。
国王は振り向くとメタノベリーの腕を掴み、壇上から放り投げた。

「ジョイス伯爵家、王子妃メタノベリーの一族を即刻捕らえよ!赤子一人として逃がすな!」

喚き散らすメタノベリーと違って、下半身を濡らしたメタノベリーの父親、そしてジョイス伯爵夫妻が放心状態で退場させられる中、1人堂々と前を向いて歩く男がいた。

「陛下、もう一つ即決でお決めくださいませ」

「なんだ。申してみよ」

「ジョイス伯爵家のメフィスト殿。わたくしの部下にくださいませ」

その声にメフィストは足を止め、壇上を振り返った。
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