王子妃シャルノーの憂鬱

cyaru

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出戻りのヴィアナ

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飛ぶ鳥を落とす勢いの第三王子チェザーレと王家で初めて世継ぎを身に宿した王子妃シャルノーが参加するとあって夜会の会場は王宮の中でも一番広い大ホールで行われる事になった。

貴族も当日は確認があるものの、士爵、男爵まで参加可能となっており名を売りたい貴族は当日の為に借金までして装いを新調する者が仕立て屋に殺到した。

日頃は閑散としている衣料を扱う仕立て屋が並ぶ一角は連日大盛況。
予約受付終了の札が出ても「1着なら大丈夫でしょう?」とごり押しする貴婦人も出る始末。

盛況なのは仕立て屋だけではない。馬車を製造販売する業者も在庫は全て売れてしまい、急ピッチで人を雇って馬車の量産に入った。それでも売ってくれという貴族には新しいものは無理だが新品に見えるよう色を塗り直したりという所謂「お色直し」をする商会を斡旋する。

牧場の馬も毛艶の良い馬、体格が良い馬は片っ端から買われていった。
市井の民は国王の即位30周年特需ではなく、第三王子特需だと囃し立てた。

そんな活気に沸く街並みを1台の馬車が走り抜けた。
乗っているのはオリオス伯爵家の令嬢ヴィアナとその侍女である。

先月、夫のユシーズとの離縁が成立するなり王都に出立した。
半年ほどの結婚生活は当初から破綻していたのだ。




オリオス伯爵家の金を使い込んだユシーズは現在最愛と共にオリオス伯爵領にある娼館で働いている。

子供の頃の記憶のままにオリオス伯爵領に出向いたヴィアナだったが、ユシーズの浮気は到着して2か月もしないうちに始まっていた。

娼館に買われた農夫の娘と見回りと称して関係を持っていたのだ。
素朴な顔をした少女との逢瀬にユシーズはのめり込んだ。

少女を足抜けさせるために伯爵家の売り上げに手を付けてしまったのだ。
恋は盲目。ユシーズは肝心な事を見落としていた。

その娼館はオリオス伯爵家が経営をしていて、経営者はヴィアナの父親。
娼婦を買い取りたいと言うものがいると館長からの連絡に出向いてみれば娘婿がいたという不思議。

『どういう事なんだ!』
『お義父さんっ…違うんです。これは手違いでっ』
『手違いですって?アタシを買ってくれると言ったじゃない!』

門の義父後門の狼浮気相手に突き上げられたユシーズは墓穴を掘ったのだ。

『ヴィアナとは離縁してもらう』
『いいですよ。まぁ…男爵令嬢にこんな事をさせているとなれば貴方も無傷では済みませんよね』
『男爵令嬢?何の事だ』
『この子です。僕は最愛のベンダを守るためなら離縁でも何でも受けます』
『何を言ってる?頭にカエルが卵でも産みつけたのか?』

ユシーズ2度目の最愛、娼婦のベンダは慌てて否定をした。いや、本当のことを言った。

『アタシ、貴族じゃないの!男爵令嬢って言った方が客が付くって言われただけなの』
『なっ…じゃぁ…君は…』
『両親は農夫、隣の村で小作農をしてるの。兄弟姉妹の数が多いから…あの家が嫌で娼婦になればお金が稼げるっていうし、ユシーズさんのおかげで先月も今月もNO1だったし…稼いだからもういいかなって思ってた時に…足抜けさせてくれるっていうから!』

ベンダは当然足抜けなど出来るはずも無く、ユシーズは使い込んだ金を働いて返す事になった。

『上手い話はないって本当ね。後片付け宜しく』
『‥‥はい』
『これ、前の客が忘れていったの。あげるわ』

手渡されたのは隣国ウエストノア王国で開発された大人用紙おむつ。

『事後じゃねぇかよ!』

投げ捨てたユシーズに同じ掃除夫に小遣い稼ぎになるからと雇われている老婆が歯のない口を開けてフゴフゴと笑う。

ふぁっへだってふぁんふぁあんたふぉぅひふぁふぁり掃除係

ベンダは娼婦。そしてユシーズは娼館の掃除夫として同じ娼館で働く。
ヴィアナが王都に到着した日も事後のシーツをしっかり手揉み洗い、娼婦が次の客を迎えるために部屋を清掃する。借金の完済は25年後であるが、住み込みの為生活費が引かれる。

『俺が足抜けするのは婆さんと同じくらいになりそうだな』

向かいで腰の曲がった同僚の老婆がまた笑った。

『洗ったら使えるかな…』

さっき投げ捨てた大人用紙おむつをユシーズは拾い上げたが、事後だったと再度確認しゴミ袋に入れた。




オリオス伯爵家に戻ったヴィアナだが、すこぶる居心地が悪い。
婚約破棄をした時は、「見る目があった」「よく我慢した」と言われたのにこの差は何だろうと考えた。遠いオリオス伯爵領にいたヴィアナはチェザーレが大きな功績を上げつつある事を知らなかったのだ。

「貴重な鳥を逃がして、掴んだのがひと山幾らのクズだったとはな!」

父親は王家から貰った慰謝料を懐に入れたにも関わらずヴィアナを罵った。

「なによ!なによ!みんなして!わたくしが悪いと言うの?!何処が悪いのよ!」

部屋でクッションを鷲掴みしてソファの背に当てるたびに中の羽毛が飛び散る。

「何で羽毛が出てくるのよ!鳥!鳥!鳥!ホント許せないっ!」

以前使っていた日当たりのよい部屋は兄の娘が使っている。
出戻りのヴィアナは午前中しか陽の当たらない使用人部屋の隣にある「招かざる客」の為に用意された客間に押し込まれたのだ。

一頻り暴れたヴィアナはソファに寝転がった。
そこに洗濯物を干している使用人の噂話が耳に入った。

「第三王子殿下。先週見ちゃったの~。あの菓子店で!」
「妃殿下の為にお菓子とか買いによく街に来るって言うけど本当だったんだ」
「いいわよねぇ。あんな美丈夫に愛されてみたい~」
「どんな夜なのかな?やっぱりギュって抱きしめて?キャァァ♡」

ヴィアナは耳を疑った。

――あの気持ち悪いフジツボ男のどこが美丈夫よ。目が腐ってるんじゃない?――

だが、ふと思った。
別れる時に自分に未練たっぷりで、あの時、抱き着きでもすれば人生変わっていたかもと。

――いけるんじゃない?この際、愛人でもいいわ――

人に言えない関係は経験済み。
先週菓子を買いに来たと言う事は今週も来る可能性はある。

「焼け木杭には火が付き易いって言うしね♡」

あの別れからまだ1年も経っていない。
王子妃が身籠っていると言う事は、体を持て余しているに決まっている。
どうせ暇なのだ。ヴィアナは町娘風のワンピースに着替えると侍女と共に街に出掛けた。
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