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悪魔のささやき
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ギリギリと口元のベルジュを噛む第一王子妃のアダルシア。
先ほどまで実家からの使いが来ており、「子を成せ」と父からの命令を告げられた。
「無理よ。今更…幾つになったと思っているの!」
「無理かどうかはやってみないと判りません」
「無責任な事を言わないで!」
テーブルの上に置かれた茶が入ったままの茶器を向かいの従者に投げつけた。
男性用のベルジュで頭部を覆った従者は肩口についた茶を手で払う。
「無理だと言って。嫁いだころならまだしも…今になって…」
「旦那様は56歳でアダルシア様の末妹君を授かりました」
「男だからでしょう?!あの子の母親は16歳じゃないの!」
「ですが、何もせずという訳には参りません」
第一王子とチェザーレの年の差は14歳。
アダルシアを娶った時、第一王子は32歳だった。対してアダルシアは38歳。
それから6年経ち、第一王子は嫁いだ時のアダルシアと同じ38歳になった。
アダルシアは44歳である。
無理だと言ったのは飲料水については実家から直接別便で運ばれてくるものを飲んではいるがそれでも汲んでから1か月以上たった水。それが原因かどうかはわからないが、40歳を超えたあたりから量が減り、不規則になった。月のものはもう昨年からないのだ。
先週、第二王子妃のメタノベリーにも実家から従者が来ていた。
夜中に第二王子の部屋を訪れたメタノベリーが従者に宥められるのを2,3回見かけただろうか。
――同じ事を言われたのね――
メタノベリーはアダルシアより3つ若い。それでも41歳だ。
噂では市井の女性が45歳で出産したとは聞いた事があるが、噂は噂で本人は見た事はない。
アダルシアがその目で見て知っている限り最高齢の出産は36歳。アダルシアが嫁いだ時よりも若い年齢である。
母によく似たアダルシアを父は手放さなかったせいで婚期が遅れたのだ。
――お父様のせいなのに、今になって何よ!――
生まれた時から汚染された水で育つのだ。寿命そのものも長くはない。
50歳まで生きれば大往生と言われるサウスノア王国。
――出産なんか絶対無理――
尤も、それ以前に大きな問題があった。長く避妊を続けそれを2人の王子は知っている。
「避妊していたのか…」
女性の体内に入れて妊娠を阻害する避妊具も経口避妊薬も定期的に実家から従者と共にウエストノア王国の医師が来てアダルシアに施していくのを知った第一王子はそれ以降アダルシアに直接触れることはしなくなった。
先日、国王の部屋に呼び出された時、うっかり手袋をしていなかった第二王子にメタノベリーは手袋をしろと言った。その姿をせせら笑ったのに考えてみれば自分は最後に夫の肌に何時触れたのか。
「嫌、嫌、嫌よ…どうしたらいいの…」
「子を成せばいい。それだけですよ」
冷たくアダルシアを見据える従者にアダルシアは自分の手で自分を抱いた。
従者は父の腹心の部下。全ては報告される。拒否をした事も報告をされるだろう。
次は父が直接やってくるかもしれない。
アダルシアを猫可愛がりするくせに、意に反する言動を取れば何をされるかわからない。そう考えるとアダルシアは奥歯をガチガチと震わせて音を出した。
「良い方法があります」
「え‥‥方法?」
「えぇ。とっておきの方法があります」
「なにっ?教えて!何でもするわ!」
「流石はお嬢様です。その言葉に嘘偽りはありませんね?」
「ない、ないわっ!教えて。何でもするからッ」
アダルシアは向かいに座る男に縋った。
「先ず、今回の件で第三王子には種がある事が判明しました」
「そうね…だからあの娘は懐妊したのよ」
「だから…第一王子、第三王子妃には死んで頂きましょう」
「なっ…何を言うの?!」
「傷心の第一王子妃と第三王子はお互いの痛みを知る仲です。そうそうにある事ですよ。寡婦、寡夫となったものが傷口を舐め合ううちに仲良くなるのは」
「子供を…お腹の子も殺せと言うの?!出来ないっ!王子妃はともかく子供は無理よ」
「えぇ、子供は必要です。お嬢様は産みたくないのでしょう?。玉座を取れる子供は重要です。なので第三王子妃が神の御許に旅立つのは出産直後。ほら、こちらもよくある話です。出産は命懸けですから」
「そうすれば…お父様は…怒らない?」
「怒る?とんでもない。お嬢様の事をこの上なく褒めて下さるでしょう。人はね、喜びと悲しみの振れ幅が大きければ大きいほど心も揺れるのです。出産直後は第三王子も子が出来た喜びで天にも昇る気持ちでしょう。そこに王子妃の死。地獄の底まで真っ逆さま。そんな時、夫を亡くしたお嬢様が寄り添うのです」
「上手く行くと思うの?」
「考えてみてください。第三王子の事業。あれは間違いなく王子妃が糸を引いています。数年のうちに第三王子は功績をあげるでしょう。そうなれば…イーストノア王国の兄弟は妹を取り返しに来る。臣籍降下をされては困るのですよ。しばらくは寡夫、寡婦のままで過ごす。亡き妹が王子妃で祀られるならイーストノア王国から技術がどんどん入って来る。足元が固まれば第三王子と結婚すればいいのです」
そんなに上手く行くものだろうかとアダルシアなりに考えた。
だが従者の次の一言がアダルシアの心を決めさせた。
「お嬢様もあと数年で50歳。旦那様亡き後も余生に憂いはない方がいいでしょう?」
そう、恐れている父はもう大方の寿命をとうに超えて70を超えているが年齢ほどの老いはない。だがあと5年、6年すればどうだろうか。恐れてはいるが、父がいるからこそ宝飾品に囲まれ、食べる物にも困らない生活が出来ているのだ。
「やるわ…」
ごくりと生唾を飲み込むアダルシアに従者は微笑んで大きく頷いた。
先ほどまで実家からの使いが来ており、「子を成せ」と父からの命令を告げられた。
「無理よ。今更…幾つになったと思っているの!」
「無理かどうかはやってみないと判りません」
「無責任な事を言わないで!」
テーブルの上に置かれた茶が入ったままの茶器を向かいの従者に投げつけた。
男性用のベルジュで頭部を覆った従者は肩口についた茶を手で払う。
「無理だと言って。嫁いだころならまだしも…今になって…」
「旦那様は56歳でアダルシア様の末妹君を授かりました」
「男だからでしょう?!あの子の母親は16歳じゃないの!」
「ですが、何もせずという訳には参りません」
第一王子とチェザーレの年の差は14歳。
アダルシアを娶った時、第一王子は32歳だった。対してアダルシアは38歳。
それから6年経ち、第一王子は嫁いだ時のアダルシアと同じ38歳になった。
アダルシアは44歳である。
無理だと言ったのは飲料水については実家から直接別便で運ばれてくるものを飲んではいるがそれでも汲んでから1か月以上たった水。それが原因かどうかはわからないが、40歳を超えたあたりから量が減り、不規則になった。月のものはもう昨年からないのだ。
先週、第二王子妃のメタノベリーにも実家から従者が来ていた。
夜中に第二王子の部屋を訪れたメタノベリーが従者に宥められるのを2,3回見かけただろうか。
――同じ事を言われたのね――
メタノベリーはアダルシアより3つ若い。それでも41歳だ。
噂では市井の女性が45歳で出産したとは聞いた事があるが、噂は噂で本人は見た事はない。
アダルシアがその目で見て知っている限り最高齢の出産は36歳。アダルシアが嫁いだ時よりも若い年齢である。
母によく似たアダルシアを父は手放さなかったせいで婚期が遅れたのだ。
――お父様のせいなのに、今になって何よ!――
生まれた時から汚染された水で育つのだ。寿命そのものも長くはない。
50歳まで生きれば大往生と言われるサウスノア王国。
――出産なんか絶対無理――
尤も、それ以前に大きな問題があった。長く避妊を続けそれを2人の王子は知っている。
「避妊していたのか…」
女性の体内に入れて妊娠を阻害する避妊具も経口避妊薬も定期的に実家から従者と共にウエストノア王国の医師が来てアダルシアに施していくのを知った第一王子はそれ以降アダルシアに直接触れることはしなくなった。
先日、国王の部屋に呼び出された時、うっかり手袋をしていなかった第二王子にメタノベリーは手袋をしろと言った。その姿をせせら笑ったのに考えてみれば自分は最後に夫の肌に何時触れたのか。
「嫌、嫌、嫌よ…どうしたらいいの…」
「子を成せばいい。それだけですよ」
冷たくアダルシアを見据える従者にアダルシアは自分の手で自分を抱いた。
従者は父の腹心の部下。全ては報告される。拒否をした事も報告をされるだろう。
次は父が直接やってくるかもしれない。
アダルシアを猫可愛がりするくせに、意に反する言動を取れば何をされるかわからない。そう考えるとアダルシアは奥歯をガチガチと震わせて音を出した。
「良い方法があります」
「え‥‥方法?」
「えぇ。とっておきの方法があります」
「なにっ?教えて!何でもするわ!」
「流石はお嬢様です。その言葉に嘘偽りはありませんね?」
「ない、ないわっ!教えて。何でもするからッ」
アダルシアは向かいに座る男に縋った。
「先ず、今回の件で第三王子には種がある事が判明しました」
「そうね…だからあの娘は懐妊したのよ」
「だから…第一王子、第三王子妃には死んで頂きましょう」
「なっ…何を言うの?!」
「傷心の第一王子妃と第三王子はお互いの痛みを知る仲です。そうそうにある事ですよ。寡婦、寡夫となったものが傷口を舐め合ううちに仲良くなるのは」
「子供を…お腹の子も殺せと言うの?!出来ないっ!王子妃はともかく子供は無理よ」
「えぇ、子供は必要です。お嬢様は産みたくないのでしょう?。玉座を取れる子供は重要です。なので第三王子妃が神の御許に旅立つのは出産直後。ほら、こちらもよくある話です。出産は命懸けですから」
「そうすれば…お父様は…怒らない?」
「怒る?とんでもない。お嬢様の事をこの上なく褒めて下さるでしょう。人はね、喜びと悲しみの振れ幅が大きければ大きいほど心も揺れるのです。出産直後は第三王子も子が出来た喜びで天にも昇る気持ちでしょう。そこに王子妃の死。地獄の底まで真っ逆さま。そんな時、夫を亡くしたお嬢様が寄り添うのです」
「上手く行くと思うの?」
「考えてみてください。第三王子の事業。あれは間違いなく王子妃が糸を引いています。数年のうちに第三王子は功績をあげるでしょう。そうなれば…イーストノア王国の兄弟は妹を取り返しに来る。臣籍降下をされては困るのですよ。しばらくは寡夫、寡婦のままで過ごす。亡き妹が王子妃で祀られるならイーストノア王国から技術がどんどん入って来る。足元が固まれば第三王子と結婚すればいいのです」
そんなに上手く行くものだろうかとアダルシアなりに考えた。
だが従者の次の一言がアダルシアの心を決めさせた。
「お嬢様もあと数年で50歳。旦那様亡き後も余生に憂いはない方がいいでしょう?」
そう、恐れている父はもう大方の寿命をとうに超えて70を超えているが年齢ほどの老いはない。だがあと5年、6年すればどうだろうか。恐れてはいるが、父がいるからこそ宝飾品に囲まれ、食べる物にも困らない生活が出来ているのだ。
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