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帰るではなく行く
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「えぇっと。説明と言ってもだな‥」
言葉に詰まるチェザーレ。ここの廃墟な離宮にはチェザーレの荷物など何もない。
シャルノーに説明をしろと言われても、資料なしに説明が出来るはずも無く両手はオーケストラの指揮者でもないのに宙を揺れる。
「立ち話もなんですわね。改築が始まりますので少々音が大きゅうございますが、わたくしの執務室で良ければこちらにどうぞ」
「はっ?執務室?改築?」
「見ての通り、そのままではこの建物はとても使えません。ハッキリ言ってあれが回収でなく改修だったとしても物には限度と言うものが御座います」
「それはそうで…離宮については申し訳ないと思っている」
「えぇ。一生思っていてくださいませ」
シャルノーは今度はにっこりとチェザーレに微笑んだが、言葉には容赦がない。
「例えば…今お召しになっているシャツの袖のボタンが取れたとします。その際に元のボタンであろうと、別のボタンであろうと再度縫い付けるのが改修。服としての用途だとしても形を変える、別物としての用途を持たせるのが改築ですわ」
「そんな事は知っている!」
「では事業のご説明を」
「だ、だから…それは手元に書類がなく…正確に伝える事を思えばここでは…」
「そうね。だから申しました。一生思っていてくださいませ。と」
「資料さえあれば説明は出来るんだ。ただここにはそれらがないから」
「殿下。それを世間では【借花献仏】と言いますの」
「借花献仏?なんだ、それは」
「他人から借りた物や贈られた物で、自分の責任を果たそうとすることですわ。従者たちの知恵を借りて成し得た事業ばかりだから説明が出来ないのです。一所懸命に取り組んだ物なら例え失敗事例でも細かく説明できるものです。ご本人も覚えていないお荷物になるような書類の山は持ち込まれても迷惑なだけ。ご自身の執務室は静かな王宮に御座いますでしょう?あちらで涼しく汗をかいて事業を進めてくださいませ」
シャルノーにとっては「チェザーレがお荷物」なのだが、本人は気が付かない。
「お帰りはアチラですわ」
「夫なんだぞ?どうしてそんな事を言うんだ」
「だって、部屋がありませんもの」
「あ…」
そうである。使用人の使うような部屋も含めて廃墟な離宮には使える部屋は7つしかない。
そのうちの2つは御不浄、1つは湯殿用に突貫工事した部屋、残る4つのうち1つが昨夜夫婦となった部屋。残りはぐるりと見渡せば4、50人はいる者達がタコ部屋のように詰め込まれて使用するのだ。
チェザーレの表情を見てシャルノーはまたにっこりと笑った。
「ご理解頂けたようですわね。御帰りは――」
「帰るんじゃない!行ってくる!行って、言ってくる」
「まぁ、お礼を言ってくださるのね?手間が省けて何より」
「だから!礼ではなく文句だ!」
「贅沢な事を言ってはなりませんよ?この国は王都に入っても雨露を凌ぐ屋根のない路上で寝ている者も多くおりました。穴が開いていても屋根も壁もある。土ではなく床がある。これ以上の何を望めましょうか」
またもチェザーレは言葉を繋ぐ事が出来ない。
チェザーレも家のない、その日食べる物がない民が多い事は知っている。知っているが手の打ちようがないのだ。それは何を置いても「金」がない。
そしてハッと気が付いてシャルノーを見た。
路上宿泊者にも「水」は配られる。だが、路上宿泊者には配られるだけで彼らにはそれを沸騰させる術がないのだ。ノア大火山から噴出する火山灰は条件が揃うと発火する。火を焚き別の条件が加わればあっという間に街は火の海になる。だから彼らは火を起こさない。
火を起こさないから、沸騰させても違和感のある水をそのまま飲むのだ。
そして体が蝕まれていく。
――悪循環じゃないか――
チェザーレが父である国王、1人の兄の王子から任されていたのは民衆への「水」の配布と民衆の「初期医療」事業である。水は規定分を毎回配り終えるのに、民衆の体調は悪化の一途。
未だに新生児のみならず幼児も死亡率は改善の兆しさえ見えていない。
チェザーレはシャルノーの前にもう一度立った。
「行ってくる」
「あら?では行ってらっしゃいませ」
「う、うん」
先ほどまでのように、チクリと痛い所を突かれる言葉が返って来るかと思いきや、「行ってらっしゃい」の言葉。チェザーレはまた久しく忘れていた「頬の火照り」を感じた。
――でも、俺は‥‥。ヴィアナの事を…いいや。もう妻を娶ったんだ――
自分自身の中で、長いヴィアナとの思いと、昨日初見でありながら子孫を残すための行為までしたシャルノーを無意志に記天秤にかけてしまった。
チェザーレの心の中にある天秤は揺れている。揺れてはいるが均衡を保っている状態でどちらかに傾いてはいない。
王族、貴族の結婚は義務であり、仕方のない事なのだと「ヴィアナ」に対し心で言い訳をする。
過去の女性であり、今は元側近の妻で関係は切れたのだと「シャルノー」に対し心で言い訳をする。
ザクザクと踏みしめる小道に積もった火山灰は小さく灰煙を上げた。
言葉に詰まるチェザーレ。ここの廃墟な離宮にはチェザーレの荷物など何もない。
シャルノーに説明をしろと言われても、資料なしに説明が出来るはずも無く両手はオーケストラの指揮者でもないのに宙を揺れる。
「立ち話もなんですわね。改築が始まりますので少々音が大きゅうございますが、わたくしの執務室で良ければこちらにどうぞ」
「はっ?執務室?改築?」
「見ての通り、そのままではこの建物はとても使えません。ハッキリ言ってあれが回収でなく改修だったとしても物には限度と言うものが御座います」
「それはそうで…離宮については申し訳ないと思っている」
「えぇ。一生思っていてくださいませ」
シャルノーは今度はにっこりとチェザーレに微笑んだが、言葉には容赦がない。
「例えば…今お召しになっているシャツの袖のボタンが取れたとします。その際に元のボタンであろうと、別のボタンであろうと再度縫い付けるのが改修。服としての用途だとしても形を変える、別物としての用途を持たせるのが改築ですわ」
「そんな事は知っている!」
「では事業のご説明を」
「だ、だから…それは手元に書類がなく…正確に伝える事を思えばここでは…」
「そうね。だから申しました。一生思っていてくださいませ。と」
「資料さえあれば説明は出来るんだ。ただここにはそれらがないから」
「殿下。それを世間では【借花献仏】と言いますの」
「借花献仏?なんだ、それは」
「他人から借りた物や贈られた物で、自分の責任を果たそうとすることですわ。従者たちの知恵を借りて成し得た事業ばかりだから説明が出来ないのです。一所懸命に取り組んだ物なら例え失敗事例でも細かく説明できるものです。ご本人も覚えていないお荷物になるような書類の山は持ち込まれても迷惑なだけ。ご自身の執務室は静かな王宮に御座いますでしょう?あちらで涼しく汗をかいて事業を進めてくださいませ」
シャルノーにとっては「チェザーレがお荷物」なのだが、本人は気が付かない。
「お帰りはアチラですわ」
「夫なんだぞ?どうしてそんな事を言うんだ」
「だって、部屋がありませんもの」
「あ…」
そうである。使用人の使うような部屋も含めて廃墟な離宮には使える部屋は7つしかない。
そのうちの2つは御不浄、1つは湯殿用に突貫工事した部屋、残る4つのうち1つが昨夜夫婦となった部屋。残りはぐるりと見渡せば4、50人はいる者達がタコ部屋のように詰め込まれて使用するのだ。
チェザーレの表情を見てシャルノーはまたにっこりと笑った。
「ご理解頂けたようですわね。御帰りは――」
「帰るんじゃない!行ってくる!行って、言ってくる」
「まぁ、お礼を言ってくださるのね?手間が省けて何より」
「だから!礼ではなく文句だ!」
「贅沢な事を言ってはなりませんよ?この国は王都に入っても雨露を凌ぐ屋根のない路上で寝ている者も多くおりました。穴が開いていても屋根も壁もある。土ではなく床がある。これ以上の何を望めましょうか」
またもチェザーレは言葉を繋ぐ事が出来ない。
チェザーレも家のない、その日食べる物がない民が多い事は知っている。知っているが手の打ちようがないのだ。それは何を置いても「金」がない。
そしてハッと気が付いてシャルノーを見た。
路上宿泊者にも「水」は配られる。だが、路上宿泊者には配られるだけで彼らにはそれを沸騰させる術がないのだ。ノア大火山から噴出する火山灰は条件が揃うと発火する。火を焚き別の条件が加わればあっという間に街は火の海になる。だから彼らは火を起こさない。
火を起こさないから、沸騰させても違和感のある水をそのまま飲むのだ。
そして体が蝕まれていく。
――悪循環じゃないか――
チェザーレが父である国王、1人の兄の王子から任されていたのは民衆への「水」の配布と民衆の「初期医療」事業である。水は規定分を毎回配り終えるのに、民衆の体調は悪化の一途。
未だに新生児のみならず幼児も死亡率は改善の兆しさえ見えていない。
チェザーレはシャルノーの前にもう一度立った。
「行ってくる」
「あら?では行ってらっしゃいませ」
「う、うん」
先ほどまでのように、チクリと痛い所を突かれる言葉が返って来るかと思いきや、「行ってらっしゃい」の言葉。チェザーレはまた久しく忘れていた「頬の火照り」を感じた。
――でも、俺は‥‥。ヴィアナの事を…いいや。もう妻を娶ったんだ――
自分自身の中で、長いヴィアナとの思いと、昨日初見でありながら子孫を残すための行為までしたシャルノーを無意志に記天秤にかけてしまった。
チェザーレの心の中にある天秤は揺れている。揺れてはいるが均衡を保っている状態でどちらかに傾いてはいない。
王族、貴族の結婚は義務であり、仕方のない事なのだと「ヴィアナ」に対し心で言い訳をする。
過去の女性であり、今は元側近の妻で関係は切れたのだと「シャルノー」に対し心で言い訳をする。
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