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第27話 入浴中は目に沁みる
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厩舎に馬はいるのだが、出掛けると決めたのも突然なので時間も時間。鞍も外してしまっていて準備に時間がかかる上にもう日も落ちるため夜道に慣れていない馬で走るのは馬にも危険。ヴァレンティノは走る事に決めた。
走りながらヴァレンティノは「好きにしろ」と出て行くトゥトゥーリアを引き留めなかったことを後悔した。
それは走っても走っても目的地は見えないのに、道順も不慣れであろうトゥトゥーリアを1人で歩かせてしまった事。
執事エルドが機転を利かせて護衛をつけたから良かったものの、トゥトゥーリアにとっては王都育ちでも知らない道だっただろうに、荷物を抱えて日も落ちた中、ずっと1人で歩いたのだ。
決して、そこからそこという距離ではない。
――なんて私は愚かだったんだろう――
この焦る気持ちも見当はついていた。
誤解をしたままで離縁をしたくない。そんな気持ちもあるけれど、それを上回る【ただ離縁をしたくない】という気持ち。
温かいパンを食べた時に、ただ温かくなっただけ、腹が満たされただけでなく心も満たされたから美味しく感じたのだと今なら判る。
――私は、トゥトゥーリアにどうしようもなく惹かれている――
その気持ちがかなりの距離を走って来て、体が悲鳴を上げているのに足を動かしている。
体力にはそこそこ自信はあったが、目的の家が見えた時はもう足が縺れてフラフラだった。
宮のように大きな石造りの壁で囲われている訳ではなく、大人の胸の高さほどの垣根があるだけ。それでも家の中に灯りが付いている事にヴァレンティノの心にも火が灯った。
ドンッドン!ドンドン!
扉に凭れるようにして、ようようで振り上げた手で扉を叩く。
――明かりが点いているんだ。いない筈はない――
息を整えて、もう一度扉を叩くが、屋内からはなんの応答もない。
ヴァレンティノは心配になって家の裏側に回ってみた。
「ブル?」 愛馬ボナパルト号がいた。
――家にいる筈なんだが・・・どうしたんだろう。――
窓から覗こうにもカーテンが引かれていて室内を伺う事が出来ない。
――もしや、倒れているんじゃ?――
玄関扉を力任せに引いたり、押したりするがビクともしない。
もう一度裏手に回ったヴァレンティノは厨房の勝手口となる扉もドアノブを回してみた。
――鍵が・・・当然だが――
住んでいるのはトゥトゥーリア1人。出掛ける時も家にいる時も施錠するのは当たり前である。
――そうだ!護衛!護衛‥‥あぁだめだ――
今日は宮に来る日だったので、深夜になる頃に護衛がやって来る。
日中もいる時は日勤の護衛が回って来るが、ツイてない時はとことんツイてないとヴァレンティノは空を見上げた。
――勝手口の扉なら蹴破れるかも知れない――
ヴァレンティノは勝手口のドアノブを握り、回すのではなく押したり引いたりしてみた。玄関扉よりは動きがあると言うことは外れやすいかも知れない。
ガラスがないのも幸い。ヴァレンティノは思い切り体当たりをして扉を倒し、部屋の中に転がり込んだ。
ドドーン!!
「トゥトゥーリア!どこだ?!」
部屋に入ったヴァレンティノはまず厨房の中を見た。竈に火は入っていて温かいが厨房にはいなかった。玄関から入って直ぐの部屋にもトゥトゥーリアはおらず、寝室にしている部屋にも、使用人の控室にもいなかった。
残っているのは不浄と湯殿。
ヴァレンティノは湯殿の扉を開けた‥‥瞬間。
ガゴッ!!
ヴァレンティノの額に桶の底側の縁がガッツリと命中した。
がっくりと額を押さえてその場に片膝をつくが、間、髪を入れず今度は湯がバッシャバッシャと浴びせられた。
「待て!待ってくれっ!」
湯殿にいるなら顔は上げちゃいけないと俯いたままだったが、浴びせられたのは湯?いや、湯の筈だ。だって温かい。
が、俯いた眼下を流れていくのはモコモコの白い泡。
――なんだこれ?石鹸?いやいやこんなに泡立つか?――
疑問に思い、顔をあげようとした瞬間!
「顔上げちゃだめぇ!!」
白い泡にまみれた物体の蹴りが顎に綺麗に入った。
「フゴッ!!」
キラキラ・チカチカとヴァレンティノはまさに目から火花が散る衝撃を食らい、後ろにひっくり返った。
「見ちゃダメですっ!!」
顔にモフモフっと盛られたのはおそらく泡。
何故なら、目頭や目尻からジワジワと目の中に入って来て、「見ちゃダメ」どころか目が開けられない痛みを感じたのだった。
「すまないっ…ごふっ‥うぇっ・・・」
謝ろうとしたのだが流れて来た泡が口の中にも入り、仰向けになってるので容赦なく喉に向かって流れ込んでくる。
――謝る事もできないなんてっ――
そのまま放置されること5分。
そして今度は適温になった湯で顔を流され、目の痛みと喉の違和感が消えるのにさらに10分。
「すま――」
「今後、出入り禁止ですっ!!」
ちゃんと謝れる状態になった時、先に出禁を命じられてしまった。
走りながらヴァレンティノは「好きにしろ」と出て行くトゥトゥーリアを引き留めなかったことを後悔した。
それは走っても走っても目的地は見えないのに、道順も不慣れであろうトゥトゥーリアを1人で歩かせてしまった事。
執事エルドが機転を利かせて護衛をつけたから良かったものの、トゥトゥーリアにとっては王都育ちでも知らない道だっただろうに、荷物を抱えて日も落ちた中、ずっと1人で歩いたのだ。
決して、そこからそこという距離ではない。
――なんて私は愚かだったんだろう――
この焦る気持ちも見当はついていた。
誤解をしたままで離縁をしたくない。そんな気持ちもあるけれど、それを上回る【ただ離縁をしたくない】という気持ち。
温かいパンを食べた時に、ただ温かくなっただけ、腹が満たされただけでなく心も満たされたから美味しく感じたのだと今なら判る。
――私は、トゥトゥーリアにどうしようもなく惹かれている――
その気持ちがかなりの距離を走って来て、体が悲鳴を上げているのに足を動かしている。
体力にはそこそこ自信はあったが、目的の家が見えた時はもう足が縺れてフラフラだった。
宮のように大きな石造りの壁で囲われている訳ではなく、大人の胸の高さほどの垣根があるだけ。それでも家の中に灯りが付いている事にヴァレンティノの心にも火が灯った。
ドンッドン!ドンドン!
扉に凭れるようにして、ようようで振り上げた手で扉を叩く。
――明かりが点いているんだ。いない筈はない――
息を整えて、もう一度扉を叩くが、屋内からはなんの応答もない。
ヴァレンティノは心配になって家の裏側に回ってみた。
「ブル?」 愛馬ボナパルト号がいた。
――家にいる筈なんだが・・・どうしたんだろう。――
窓から覗こうにもカーテンが引かれていて室内を伺う事が出来ない。
――もしや、倒れているんじゃ?――
玄関扉を力任せに引いたり、押したりするがビクともしない。
もう一度裏手に回ったヴァレンティノは厨房の勝手口となる扉もドアノブを回してみた。
――鍵が・・・当然だが――
住んでいるのはトゥトゥーリア1人。出掛ける時も家にいる時も施錠するのは当たり前である。
――そうだ!護衛!護衛‥‥あぁだめだ――
今日は宮に来る日だったので、深夜になる頃に護衛がやって来る。
日中もいる時は日勤の護衛が回って来るが、ツイてない時はとことんツイてないとヴァレンティノは空を見上げた。
――勝手口の扉なら蹴破れるかも知れない――
ヴァレンティノは勝手口のドアノブを握り、回すのではなく押したり引いたりしてみた。玄関扉よりは動きがあると言うことは外れやすいかも知れない。
ガラスがないのも幸い。ヴァレンティノは思い切り体当たりをして扉を倒し、部屋の中に転がり込んだ。
ドドーン!!
「トゥトゥーリア!どこだ?!」
部屋に入ったヴァレンティノはまず厨房の中を見た。竈に火は入っていて温かいが厨房にはいなかった。玄関から入って直ぐの部屋にもトゥトゥーリアはおらず、寝室にしている部屋にも、使用人の控室にもいなかった。
残っているのは不浄と湯殿。
ヴァレンティノは湯殿の扉を開けた‥‥瞬間。
ガゴッ!!
ヴァレンティノの額に桶の底側の縁がガッツリと命中した。
がっくりと額を押さえてその場に片膝をつくが、間、髪を入れず今度は湯がバッシャバッシャと浴びせられた。
「待て!待ってくれっ!」
湯殿にいるなら顔は上げちゃいけないと俯いたままだったが、浴びせられたのは湯?いや、湯の筈だ。だって温かい。
が、俯いた眼下を流れていくのはモコモコの白い泡。
――なんだこれ?石鹸?いやいやこんなに泡立つか?――
疑問に思い、顔をあげようとした瞬間!
「顔上げちゃだめぇ!!」
白い泡にまみれた物体の蹴りが顎に綺麗に入った。
「フゴッ!!」
キラキラ・チカチカとヴァレンティノはまさに目から火花が散る衝撃を食らい、後ろにひっくり返った。
「見ちゃダメですっ!!」
顔にモフモフっと盛られたのはおそらく泡。
何故なら、目頭や目尻からジワジワと目の中に入って来て、「見ちゃダメ」どころか目が開けられない痛みを感じたのだった。
「すまないっ…ごふっ‥うぇっ・・・」
謝ろうとしたのだが流れて来た泡が口の中にも入り、仰向けになってるので容赦なく喉に向かって流れ込んでくる。
――謝る事もできないなんてっ――
そのまま放置されること5分。
そして今度は適温になった湯で顔を流され、目の痛みと喉の違和感が消えるのにさらに10分。
「すま――」
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ちゃんと謝れる状態になった時、先に出禁を命じられてしまった。
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