王子殿下には興味がない

cyaru

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第10話   遠慮して欲しい訪問者

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この時期は夜明けが午前8時過ぎだが、日の入りは19時ころ。
陽が落ちるとあたりは月明かりとランプの灯りだけが頼りになる。

部屋が明るいのは執務に没頭している間、執事が火を入れてくれたのだろう。

執事が胸元から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


「殿下、間もなくお食事の時間ですが、どうなさいますか?」
「どうなさるとは、どういう意味だ?」
「書類はあと1つ残っておりますし、どちらを先にされるかと」


さもありなんと執事は冷静に言葉を発する。


「腹は立つが食事は一緒にすると言ったんだ。時間通りに食事室に行く」
「ご一緒に?妃殿下は来られませんよ?」
「まさか本当に郊外のあの家に行ったのか?ここから歩いてどれだけかかると思ってるんだ!」
「荷物もありましたので4、5時間でしょうか。夜半前22~0時には到着されるかと」
「馬鹿な!もう日暮れなんだぞ?夜道を女1人など!」
「使用人をつけましょうかと問うた時、放っておけと仰ったのは殿下です」


ヴァレンティノは自分の言った事とは言え、本当に出て行くとは思っておらず使用人も誰も付いていないと言う執事の言葉に「出掛けて来る」と部屋を飛び出した。


「やれやれ。本当に一人な訳がないでしょうに」

執事は護衛として3人の従者を宮を出たトゥトゥーリアに付けたが、ちっとも素直じゃないヴァレンティノには本当の事を言わなかった。

「ちょっとは反省すればいいんです」

部屋に飾る花を毎日庭で選んでカロンに切って貰うのは執事の仕事。
その花が無残にも捨てられたのを見て、従者の事を黙っていたのは意図返しだった。


部屋を出たヴァレンティノは廊下の角を曲がって大きな声を上げた。

「うわぁ!!」

ぶつかる寸前で気が付いたが、角を曲がって突然現れた事にも、その人物にも驚いた。


「あら?こんな時間からどちらに参られますの?今日は夜会を催す家は御座いませんが?」
「サブリナ。どうしてここに?」
「あら?いてはいけませんの?折角ご結婚のお祝いを急ぎお持ちしましたのに」


サブリナはマエスト公爵家の次女。
サブリナの母はヴァレンティノの父の妹。2人は従兄妹という関係でもあった。
エジェリナと婚約をする前にヴァレンティノが婚約をしていた令嬢である。


婚約を解消した理由は、当時のサブリナはあまりにも酷かったから。
ヴァレンティノと婚約をしている事を盾にして、伯爵家以下の爵位の令嬢を「可愛がり」をしたり、第2王子妃になるのは決定だからと座学の講師を置いて茶会三昧。

流行り物はサブリナを見れば間違いないと言われるほどにお洒落のインフルエンサーとなっていて、マエスト公爵家からは、婚約者に対する予算を倍にして欲しいと要請があったくらい、兎に角金遣いも荒かった。

婚約が解消された時、修道院しか行くところがないと泣きじゃくって数日部屋からも出て来ない、自死でもしたらどうしようとマエスト公爵家から相談をされ、何度か見舞いに行った事もある


自分より格下の侯爵家。エジェリナとヴァレンティノの婚約が発表をされるとサブリナはそれまでの行いを悔いたのか、淑女と呼ばれるに相応しいと言われるくらいにまで今度は外見で無く中身の自分を磨き上げた。

婚約者となったエジェリナはかつてのサブリナがしていたような、我儘で放漫、そして散財とおさらいするように同じ振る舞いをするようになっていたが、サブリナが1つだけしなかった不貞にまで足を突っ込んだ。
しかし貴族間のバランスからマエスト公爵家と並んで反勢力派を纏めているバリバ侯爵家を切ることは出来なかった。


「妃殿下はどちらに?」
「どちらにじゃないだろう。結婚した翌日だぞ?しかもこんな時間に!」
「だって。お祝いをしたいと言う気持ちは抑えられませんでしたもの。ですがどちらかにお出掛け?まさか、まさかですわよね?結婚の翌日なのにこんな時間から1人で出かけるなど。オホホホ」


執務の手伝いが出来るほどかと言えば、学園で言う「初等科・中等科・高等科」の初等科の終わりか中等科の始め程度の学力だが、女性に求められているのは学問ではなく所作など。
そちらは文句のつけようがないサブリナ。

結婚の翌日の夕方に来ると言うのは非常識だが、宮とマエスト公爵家は道を挟んだお隣同士でもある。婚約解消以来、時折「領地に行ってきた」と土産も持ってくることもあった。

――婚約をしていた時より解消後の方が距離が近いとはな――

婚約解消後は「従兄妹」であると言うことで訪れるようになったサブリナ。
確かに使用人達も婚約者ではなくなった時のサブリナの方が受けもいい。


「さっき、食事室の前を通りがったんだけど妃殿下はまだ起きられないの?」

遠回しに初夜に関係を持ったのかと口元を隠すサブリナの言葉。
食事室にはヴァレンティノだけのカトラリーが並べられているのを見たのだろう。

ヴァレンティノは「関係ない」と言ったのだが、「ならば」とまるでかつてのサブリナの専売特許。我儘が発動した。


「なら、妃殿下にはお部屋にお食事をお持ちして、ご一緒しません?」
「何を馬鹿な事を!結婚の翌日から妃以外の女性と食事など出来るはずがない」
「あら?わたくしをまだ女性として見てくださっているの?光栄だわ」
「そう言う訳ではない。君とは従兄妹、それだけだ」
「なら良いじゃありませんか。母に姉妹、祖母におば。そういう方とは結婚の翌日でも食事をご一緒にされるでしょう?何処に違いが御座いましょう」


こうなってしまうと「出掛ける所だった」とは言えない。
従兄妹とは言え、妻は昨日の今日で言い合いの末、出て行ってしまったとも悟られてはならない。

ヴァレンティノは、久しぶりに1人ではない夕食を取った
目の前には妃ではなく、サブリナ。気の乗らない食事の時間。

サブリナとの食事は使用人達の視線がフォークよりもサックリと突き刺さるし、配膳する時に目を合わせるとその視線はナイフよりも切れ味が鋭く感じる。

――無言の抗議ということだな――

使用人の視線からヒシヒシと感じる侮蔑。

貴族の食事時間は長い。19時過ぎから始まった食事が終わったのは21時過ぎ。
屋敷がお隣さんだからこそ出来る芸当と言ってもいいだろう。

途中で連れ戻そう、迎えに行こうにももう時間が遅すぎる。
ソワソワするヴァレンティノを見透かすようにサブリナは食後にもワインを勧めて来る。

結局サブリナが従者を連れて自分の屋敷に戻って行ったのは深夜の0時前。
朝起きたら迎えに行こうと思ったヴァレンティノだったが、ほどほどにワインも体に入り、翌朝目が覚めたのはお日様も空高く上った昼過ぎだった

――やっちまった――

広い寝台で1人で目覚めたヴァレンティノは一旦起こした体を再度寝台に沈めた。
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