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第09話 貴族の常識
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部屋に入るなり椅子に腰かけて深いため息を吐くヴァレンティノ。
トゥトゥーリアは「頼みごとをするなら難題から」と意気込んだ
「あの…お願いをもう1つ増やしてもいいですか?」
面倒そうに顔を上げたヴァレンティノは頭痛がしているのだろうか。こめかみをグリグリ押さえて額も指で揉み解す仕草をしていた。
「なんだ?」
「えぇっと・・・今日郊外の家に――」
「待て」
――え?、まだ何も頼んでないんだけど――
トゥトゥーリアはかなり狭い範囲でしか「貴族」を知らない。
座学ではマナーや所作、学問は習ったがあくまでも座学。茶会などには出席させてもらえなかったので「実習」となる場の「貴族の一般常識」は習っていない。
朝はおはよう、昼はこんにちは。そんな挨拶をする初歩から講師は教えてはくれない。知っていて当然から始まる講義は基礎の基礎が省かれていたので全く気が付かなかったのだ。
「何故掃除をするんだ」
「汚れてたからです」
ごく当たり前だろう?と思ったのだが、ヴァレンティノは首を傾げトゥトゥーリアを見た。そしてテーブルの上に置かれていた花瓶をひっくり返し、ジャバジャバと中身の水を花ごと振りまいた。
パンパン!
手を打ち鳴らすと使用人が扉を開けて入って来る。
「テーブルが濡れた」
「畏まりました」
――は?はぁぁぁ??――
トゥトゥーリアの知らない世界である。いや、多少違う点はあるが経験はある。
異母姉のエジェリナや侯爵夫人が癇癪を起し、その辺りにある物を投げつけてグチャグチャにしたのを片付けるのは使用人やトゥトゥーリアだった。
――あれ?でも待って???――
お使いに出掛けた先で、準男爵家兼青果店の女将が「この浮気者!助兵衛ジジィ!」と怒鳴りながら旦那さんを大根で打ったあと、片付けていたのは旦那さんだった。ヴァリエーションがあるのかも知れない??
――原因を作った人が片付ける時と、片付けない時があるわ――
「うーん」とトゥトゥーリアが悩んでいると使用人が桶と雑巾を持って来て片付け始めた。トゥトゥーリアは振りまかれた花を拾ったのだが・・・。
「何をしているんだ?」
「お、お止めください!私がしますので!」
ヴァレンティノからは疑問を。使用人からは制止を求められてしまった。
「いえ、この原因を作ったのは多分…私なので私が片付けます。雑巾をお借りしても?」
「とんでもございません!!お手が汚れてしまいます!」
「それは使用人の仕事だ」
ヴァレンティノの言葉にトゥトゥーリアはハッと顔を上げた。
心の中は盛大な「ハァァーッ?」が満ち溢れていた。
だから、つい、言ってしまったのだ。
「こうなったのはそもそもで貴方のせいでしょう!何を腹立てているのか知りませんけど、自分で花瓶をひっくり返し、花も水も振りまいて、なぁにふんぞり返ってるんです?自分のした事くらい自分で片付けなさいよ!なんで人を呼んで片付けさせているのよ!」
「王族や貴族はそのような下賤な事はしないからだ」
「下賤ですって?!皆が掃除したり、調理したりしてくれているのに甘んじている、いえ、労力を搾取しているだけでしょう?何が第2王子よ!この常識知らず!!」
「常識が成っていないのは君だ」
――え?私?‥‥盛大に間違ってたの?――
フッと使用人の方を見ると、「間違ってないんだけど残念」非常に曖昧な表情を返された。
ヴァレンティノはテーブルに転がる花を1本手に取り、使用人に渡すのかと思ったが花びらを千切り始め、千切った花びらは指から離れると床やテーブルに落ちて行った。
「信じられない・・・なんでそんな事をするの?」
「教えてあげよう。君の常識はかなり平民に近い。貴族のソレとはかなり遠い所にある。王族、貴族は人の上に立ち生きているんだ。君の言葉を借りるなら、甘んじているのは彼らだ。王族、貴族がいるから賃金が貰え、生きていける」
「なによそれ・・・とんだ屁理屈だわ」
「屁理屈ではない。理解出来ない事が起きた時、人は想定外や理屈を捏ねて逃げようとするが・・・君もそうだったとはね。残念だよ」
こうなってしまえば、売り言葉に買い言葉。
決して大人しいだけのトゥトゥーリアではなかった。
「ヴァレンティノ殿下!」
「何だ?」
「今日から私、郊外の家に住まわせて頂きます!決定です!それくらいは許可してくださいますよね?残念な子と一緒にいるのは苦痛でしょうし!お互い必要最低限の関係が一番かと存じます。では!」
プイっと踵を返し部屋を出て行こうとするトゥトゥーリアをヴァレンティノは慌てて引き留めるべく、椅子から立ち上がったのだが、テーブルについた手がまだ掃除中のため、水でズルっと滑ってしまい上半身がテーブルを覆うように転んでしまった。
「話は終わっていない!待て」
「終わりました!これ以上は屁理屈の応戦になりますので無意味です!」
部屋を出て行こうとするトゥトゥーリアを止める術は・・・と考えたヴァレンティノは咄嗟に叫んだ。
「夕食はどうするんだっ!どうやって行こうと言うんだ」
ピタリと止まるトゥトゥーリアの歩み。
ヴァレンティノは少しだけホッとしたが、本当に少しだけだった。
「白菜がありますから、不要です。私、2本の足でちゃんと歩けますので」
ヴァレンティノの部屋から出て行ったトゥトゥーリアの背にヴァレンティノは「好きにしろ!」と毒吐いたが、数分しておそらくは夫人の部屋。パタンと扉が閉まる音にびくっと肩が跳ねた。
「どうしますか?使用人をつけましょうか?」
「放っておけ」
「畏まりました」
――本当に出て行くはずがない。郊外まで歩く女など見たこともない。どうせハッタリだ――
そう考えて、気を取り直し執務を行った。
何件目かの書類に確認のサインをしたところで、窓の外からカラスの鳴き声が耳に入って来た。顔を窓に向けると夕焼け空が広がっていた。
トゥトゥーリアは「頼みごとをするなら難題から」と意気込んだ
「あの…お願いをもう1つ増やしてもいいですか?」
面倒そうに顔を上げたヴァレンティノは頭痛がしているのだろうか。こめかみをグリグリ押さえて額も指で揉み解す仕草をしていた。
「なんだ?」
「えぇっと・・・今日郊外の家に――」
「待て」
――え?、まだ何も頼んでないんだけど――
トゥトゥーリアはかなり狭い範囲でしか「貴族」を知らない。
座学ではマナーや所作、学問は習ったがあくまでも座学。茶会などには出席させてもらえなかったので「実習」となる場の「貴族の一般常識」は習っていない。
朝はおはよう、昼はこんにちは。そんな挨拶をする初歩から講師は教えてはくれない。知っていて当然から始まる講義は基礎の基礎が省かれていたので全く気が付かなかったのだ。
「何故掃除をするんだ」
「汚れてたからです」
ごく当たり前だろう?と思ったのだが、ヴァレンティノは首を傾げトゥトゥーリアを見た。そしてテーブルの上に置かれていた花瓶をひっくり返し、ジャバジャバと中身の水を花ごと振りまいた。
パンパン!
手を打ち鳴らすと使用人が扉を開けて入って来る。
「テーブルが濡れた」
「畏まりました」
――は?はぁぁぁ??――
トゥトゥーリアの知らない世界である。いや、多少違う点はあるが経験はある。
異母姉のエジェリナや侯爵夫人が癇癪を起し、その辺りにある物を投げつけてグチャグチャにしたのを片付けるのは使用人やトゥトゥーリアだった。
――あれ?でも待って???――
お使いに出掛けた先で、準男爵家兼青果店の女将が「この浮気者!助兵衛ジジィ!」と怒鳴りながら旦那さんを大根で打ったあと、片付けていたのは旦那さんだった。ヴァリエーションがあるのかも知れない??
――原因を作った人が片付ける時と、片付けない時があるわ――
「うーん」とトゥトゥーリアが悩んでいると使用人が桶と雑巾を持って来て片付け始めた。トゥトゥーリアは振りまかれた花を拾ったのだが・・・。
「何をしているんだ?」
「お、お止めください!私がしますので!」
ヴァレンティノからは疑問を。使用人からは制止を求められてしまった。
「いえ、この原因を作ったのは多分…私なので私が片付けます。雑巾をお借りしても?」
「とんでもございません!!お手が汚れてしまいます!」
「それは使用人の仕事だ」
ヴァレンティノの言葉にトゥトゥーリアはハッと顔を上げた。
心の中は盛大な「ハァァーッ?」が満ち溢れていた。
だから、つい、言ってしまったのだ。
「こうなったのはそもそもで貴方のせいでしょう!何を腹立てているのか知りませんけど、自分で花瓶をひっくり返し、花も水も振りまいて、なぁにふんぞり返ってるんです?自分のした事くらい自分で片付けなさいよ!なんで人を呼んで片付けさせているのよ!」
「王族や貴族はそのような下賤な事はしないからだ」
「下賤ですって?!皆が掃除したり、調理したりしてくれているのに甘んじている、いえ、労力を搾取しているだけでしょう?何が第2王子よ!この常識知らず!!」
「常識が成っていないのは君だ」
――え?私?‥‥盛大に間違ってたの?――
フッと使用人の方を見ると、「間違ってないんだけど残念」非常に曖昧な表情を返された。
ヴァレンティノはテーブルに転がる花を1本手に取り、使用人に渡すのかと思ったが花びらを千切り始め、千切った花びらは指から離れると床やテーブルに落ちて行った。
「信じられない・・・なんでそんな事をするの?」
「教えてあげよう。君の常識はかなり平民に近い。貴族のソレとはかなり遠い所にある。王族、貴族は人の上に立ち生きているんだ。君の言葉を借りるなら、甘んじているのは彼らだ。王族、貴族がいるから賃金が貰え、生きていける」
「なによそれ・・・とんだ屁理屈だわ」
「屁理屈ではない。理解出来ない事が起きた時、人は想定外や理屈を捏ねて逃げようとするが・・・君もそうだったとはね。残念だよ」
こうなってしまえば、売り言葉に買い言葉。
決して大人しいだけのトゥトゥーリアではなかった。
「ヴァレンティノ殿下!」
「何だ?」
「今日から私、郊外の家に住まわせて頂きます!決定です!それくらいは許可してくださいますよね?残念な子と一緒にいるのは苦痛でしょうし!お互い必要最低限の関係が一番かと存じます。では!」
プイっと踵を返し部屋を出て行こうとするトゥトゥーリアをヴァレンティノは慌てて引き留めるべく、椅子から立ち上がったのだが、テーブルについた手がまだ掃除中のため、水でズルっと滑ってしまい上半身がテーブルを覆うように転んでしまった。
「話は終わっていない!待て」
「終わりました!これ以上は屁理屈の応戦になりますので無意味です!」
部屋を出て行こうとするトゥトゥーリアを止める術は・・・と考えたヴァレンティノは咄嗟に叫んだ。
「夕食はどうするんだっ!どうやって行こうと言うんだ」
ピタリと止まるトゥトゥーリアの歩み。
ヴァレンティノは少しだけホッとしたが、本当に少しだけだった。
「白菜がありますから、不要です。私、2本の足でちゃんと歩けますので」
ヴァレンティノの部屋から出て行ったトゥトゥーリアの背にヴァレンティノは「好きにしろ!」と毒吐いたが、数分しておそらくは夫人の部屋。パタンと扉が閉まる音にびくっと肩が跳ねた。
「どうしますか?使用人をつけましょうか?」
「放っておけ」
「畏まりました」
――本当に出て行くはずがない。郊外まで歩く女など見たこともない。どうせハッタリだ――
そう考えて、気を取り直し執務を行った。
何件目かの書類に確認のサインをしたところで、窓の外からカラスの鳴き声が耳に入って来た。顔を窓に向けると夕焼け空が広がっていた。
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