わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

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毛糸のパンツ

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王都に戻ってきたエリザベートとミカエル御一行。
早速王子宮では急ぎの書類作成に取り掛かる。王子領とは言っても隣国と共同事業とも言えるパイプライン工事や、鉄道については現段階ではエリザベートの独断事業である。
国の許可は取っておかねばならない。その際にやいのやいのと口を出されるのが費用の問題。しかし国の金は一切使わない事でエリザベートは苦情をねじ伏せるつもり満々である。


嫌だ、苦手だ、嫌いだと言ってもミカエルにも当然手伝ってもらわねばならない。
先ほどから頭を抱えて「ぬぉぉぉぉ」と声をあげているが耳栓をしていれば気にならない。

「お疲れ様。デイジー、パンジー。疲れたでしょう?」

はいと手渡されるのはまたもや新製品のキャンディでマンゴー味である。
可愛いパッケージに包まれたキャンディを口に含む。

「ちょっとお行儀は悪いけれど、口にキャンディを入れた状態でダージリンを飲むと?」
「フェッ?どうなるんです?」
「ちょっとしたフルーツティー感覚が味わえるわよ?」

パンジーとデイジーは顔を見合わせてダージリンティーを一口、コクリ。

<< ファウッ?! >>

「ね?なかなか面白い味になるでしょう?」
「おいしぃぃぃ~♡」

「で、そろそろ…お帰りなさいな」

エリザベートの言葉にまだ大粒だったが2人ともキャンディを飲み込んでしまった。
そう、2人は元々エリザベートの侍女ではない。ミカエルの母の元に居た侍女である。
王妃は何も口出しはしてこないし、国王も沈黙を貫いてはいる。
だが、目の前の2人が逐一この王子宮でのエリザベートの動向を報告している事など判ったうえで、今回も視察に同伴させたのである。

視察の最中もおそらくは王家の影であろう。夜半に連絡を取り合っていた事も知っている。
知られて困る事は特にはしていない。過去に例を見ない規模での事業をこれから幾つも同時進行するのである。放っておいても誰もが知る事になるのだ。多少早くに知られても問題はない。

一番懸念していたパッツィオ家への事業提案と共同運営、そしてあの瘴気の土地の購入が確定すればもう隠す事は何もない。せいぜい「息子が世界の借金王」の額を誤魔化すくらいだ。
それも、3兆超えを、「3兆くらい?」とぼかす程度だ。

「あの…妃殿下…ですが…」
「リジーも含めてだけど、自分で言えないのならわたくしから話をしても良くてよ」
「ご存じ…でしたか」
「知られていないと思われるくらい無能を演じられていた。誉め言葉に取っておくわ」
「そっ!そんなつもりでは‥‥御座いません」

「元の場所に戻っても、解雇はしないようにと添えておくわ」
「妃殿下っ」
「話は終わり。さぁ残りを仕上げて王宮に提出。それで業務は完了よ」

有無を言わさずに立ち上がり、執務机に向かうエリザベート。
いつかはこんな日が来るとは思ってはいたが、何も言いださない事に甘んじていた。
王妃への報告も、視察中に影を使っての報告も知られていたとは。

確かに他の王子妃たちの差し向けた使用人達と違い、王妃の元に戻されても解雇はされないだろう。だが、エリザベートの侍女としてこの王子宮で仕える事は出来ない事は容易に察しが付く。

「パンジー‥‥どうする?」
「デイジー‥‥どうしよう」

流石双子である。悩みもシンクロしているとは。
だが、事態は深刻である。王妃の元に戻るだけなので雇用の面は問題はない。
ただ、王宮に16歳で上がってから23歳までの7年で今以上にやりがいと充実を感じる事はなかった。主がこの女性なら先の人生を捧げても構わないと思うほどに。

ちらりと見ると、既に書類に目を走らせているエリザベート。
先ずは私情を捨てて同じように目の前の書類を片付けよう。そして王妃の元に行こう。
パンジーとデイジーはそう思うのだった。





その日の夜。

「そんなところで何をされているのです?」
「ちょっといいかなぁ~と思って」

何やら話があるようである。窓が開けられない妻の部屋は既に物置になっていて、ミカエルの部屋が今はエリザベートの部屋。なのでミカエルは夫婦の寝室を部屋にしている。
寝る前の読書をしているエリザベートの部屋の扉からチラチラ覗くミカエル。

「眠れませんの?ホットワインでも淹れて差し上げましょうか?」
「うーん…まぁ寝台が広すぎるとかいろいろあるけど眠れないと言う事はないな」
「不眠症でないのなら何よりでございます」
「話をしたいと言うか、聞いて欲しいと思って」

読んでいた本を閉じてベッドサイドに置くとゆっくりと足元に置いたカーディガンを羽織って寝台を下りる。ミカエルをテーブルまで呼び、ワインを準備する。

「お話とは何ですの?」

向かいに腰を掛けると、ワイングラスを持って中のワインをグルグル回しているミカエルに問う。言いにくい事なのか、それとも言い方に迷っているのか。おそらくは後者だろう。

「あのさ‥‥鉄道とか瘴気の利用とかすごいと思うんだ」
「そうですね。エル様は鉄道は利用した事、御座いますの」
「一度、乗ったかな。馬で行くよりずっと早かった。で、一度に沢山の人が移動できた」
「えぇ。これからは民の暮らしも大きく変わりますわ」

「それなんだけど…急いでそうならなくていいと言うか…なんて言ったら良いんだろ」

やはり伝え方が判らないんだなぁと悩むミカエルを見て微笑む。

「エル様。今までの暮らしに便利が足されるだけです。確かに鉄道は便利ですが人の体で言ってみれば動脈のようなものです。でも動脈だけでは全身に血を巡らせる事は出来ない。毛細血管至るまで小さい道が必要です。そこにはまだ荷馬車は残るでしょう。10年後、20年後にはもう荷馬車はないかも知れない。それに代わるものが出来ている可能性はあります。選ぶのは民。わたくしたちは選択肢を増やしてあげるだけです」

「それは判るんだけど…なんか…便利なのは良いと思うんだ。でも不便である事も楽しいと言うか…面白いって言うか…そういうのも大事だと思うんだ」

「そうですよ?だから選択肢です。なんでもかんでも新しく便利になったとしても、生活をするのは変わりません。ただ方法を増やしてあげるだけです。例えば‥‥今だって荷馬車の車輪が壊れれば背負って運ぶでしょう?それは荷馬車がない時代には皆が背負って山を越え、川を渡って物を運んでいたからです。鉄道が出来たからと言って荷馬車も背に背負うのも無くなりません。鉄道と言う選択肢が増えるだけです」

「だけど、便利になれば廃れていくものだって出るだろう?」

「それが顕著なのは騎士団、騎兵隊です。ですが残念な事に人間は競って優越を付ける生き物なので戦は無くなりません。戦うのは古来から人間です。でも戦い方が変わるのです。今のままでは兵も馬も無駄にするだけ。人の上に立つ者として無駄な命を出さないように廃れるのではなく方法を変えるのですよ。まぁ、争わないのが一番なのでエル様には交渉術も身に着けて頂かなくてはなりませんけどね」

「そうか…なんか王子辞めたくなってきた」
「では国王にでもなりますか?」
「それはもっと嫌だ」
「それでいいのですよ?エル様はエル様の感覚を大切にしてくださいませね」

「判った。ところで…」
「どうしました?ワインもう少し召し上がります?」
「ひとり寝は寂しいと言うか…寝台が広すぎると言うか…一緒にどうだ?」
「困った人ですね。その年になって添い寝が必要で御座いますか」
「添い寝と言うか…ね?(もじもじ)」

「仕方ありませんね。いびきはおやめくださいね」
「やったぁ!」
「あ、お待ちくださいませ」
「え?避妊薬なんか要らないよ?」

【違いますわ。月のものの最中なので夜用に変えて参ります】

茫然となるミカエル。決して無理強いはいけないのだ
だが、ここで挫けるミカエルではない。早速引き出しから【腹巻】を取り出す。
これでお腹はポカポカである。愛妻の腹は冷やしてはならないのだ。

しかし!やはりエリザベートは上手であった。

【可愛いでしょう?毛糸のパンツですの】

色気も何もない毛糸のパンツ。だが流石ミカエル。それでもテントは張れる。
愛していれば毛糸パンツに腹巻、なんならステテコ(カラー肌色)でも勃つ自信がある。

初めて一緒の寝台に寝てミカエルが感じたのは、エリザベートは寝ててもいい匂いがするという事だった。
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