わたくしは、王子妃エリザベートです。

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ミカエルのへそくり

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「女将ぃぃ!久しぶり!」

馬車が止まったのは一軒の寂れた宿屋兼食堂の前である。

保護区とするためにところどころ、馬車が止まれる程度の広さのある場所で崖や木々を確認していくが、整備が全くされていない所謂【三桁国道】のような名ばかりの街道添い。

向かいから馬車が来ればどちらがか待避所になる場所まで下がるしかない。
すっかり寂れているのですれ違う馬車もほとんどないのは不幸中の幸いか。

そんな行程で進んできたエリザベートとミカエル。
パンジーやデイジーたちの乗る馬車も含めて3台の馬車が進んでいく。

ところどころに見える家は廃屋と言っても失礼には当たらないだろうと思われるほど壁に穴が開き、屋根も一部落ちているような建物ばかりである。
ミカエルが言うには、「人は住んでる」というので、驚くばかりである。

「この辺りは仕事がなくてね。木の実や山菜、キノコなんかを下の街に行商に行くんだ」

限界集落ならぬ限界領地とも言える地だが、住んでいるものは行商で得た現金で必要最低限必要なものを買い、ほぼ自給自足の生活である。
生きていくのに手いっぱいで家の修繕は後回しになるのだろう。

「見えてきた。あの食堂だ。二階は宿屋なんだ」

そう言うが、それまで見てきた家屋より程度がマシなだけで屋根は潰れてはいないものの、形は歪んでいる。支えている小屋組みがもう傷んでいるか腐っているのだろう。
2階は宿屋だと言うか、床も抜けるのではと外観から想像してしまう。

馬車が止まると、ミカエルは勢いよく扉を開けてエリザベートの腰に手を回すと軽々と持ち上げて足を地に付ける。その様子を見ていた領民たちの表情は和やかである。

「女将ぃぃ!久しぶりだ!」
「これはこれは。両殿下。ようこそお越しくださいました」
「見て!俺の奥さん。超絶美人だろ?俺も結婚式で見てビックリしたんだ」
「間に合ってよかったです。見に行けなかったのが心残りだけど。綺麗な奥さんじゃないか。間に合ってよかったねぇ。あの日はどうなる事かと思ったよ」

エリザベートもパンジーもデイジーも皆、心で思う。

――見に来なくて、正解です――

トンビを手にしたヒグマスタイルを見たらきっと肉切包丁は乱舞しただろう。

エリザベートは早速来ている領民に声を掛けて、数日はここに泊るので出来るだけ領民を集めて欲しいと頼み込んだ。第2王子には出発する前に了解は得てはいるが領民は何も知らない。
高齢者が多いため、声を掛け集まるのに2,3日はかかると言う。


ここが保護区になる事で生活は多少なりとも変わってしまうだろう。
だが、一つ言えることは現在よりも領民の平均年齢は下がるだろう。

仕事がなければ若い者は下の街や別の領に働きに出てしまう。
格段に違う仕事内容と賃金はこの地に戻らない若者を増やすだけである。
仕事があり、子を育ててこの地で眠るのが当たり前に選択できるようにしてやれば若者の流出は止まる。既に若い者は9割以上がいないこの地に呼び戻す事も必要になる。

一旦出てしまえば、田舎に戻るのは躊躇するものである。
そこに保護区とする事で、生活基盤を整え給与体系を見直し安定させる。「戻る」のではなく「引き込む」ことを考えねばならない。保護区と聞けば地味に聞こえるが最先端の技術を導入すれば自然しかないように見えて、一番進んだ地となる付加価値を付けるのだ。


「妃殿下、このポンコツ殿下は役に立っていますかね?」
「えぇ。色々と。とても楽しいですわ」

思わず頬が引きつるが、まぁ、嘘ではない。ミカエルはミカエルで面白いところもある。
経験に基づいた知識も捨てたものではないのだ。

建物の中に案内をされると、やはりかなり古く傷んでいるのが目につく。
息子達は王都や下の街に出たまま帰らないので、力仕事になる家屋の修繕は出来ないのだろう。

昼間から酒を飲む金はないので、茶飲み友達だという高齢者が集まっている。
エリザベートは彼らの手を見て、うんと頷き、仕事を依頼した。

聞けば売りたいが運ぶのに馬がおらず荷馬車が動かせない。だが材料はあると言う。
馬車を引いていた馬を荷馬車に付け替え、木材を運んでくる。

「この木ですが、鎌ほぞを切って接合してくださいませ」
「おぉ?お姫様はそんなのもご存じなんで?」
「まぁ、基本ですわね。接合金物は直ぐには手に入らないのならそうするしかないですわ」

傷んで足元が腐っている柱も、梃子の原理で持ち上げると新しい木材と入れ替える。
屋根をささえる小屋組も母屋も垂木も傷んでいる個所から修繕をしていく。
護衛で付いている騎士も剣を金槌やノコギリに持ち替えて屋根を葺き替えていく。
簡単だが広い板があったのを利用し、片側5枚で軒先側から順番に張っていく。

「ここは四隅に火打ち梁を入れましょうか」
「ここは壁に筋交いを入れてくださいせ」

領民が集まってくる3日目には2階にも10人ほどが安心して寝泊まりできるようになった。
ちなみに、修繕の期間、エリザベートは馬車で。ミカエルは馬車の屋根で眠った。

そうして集まった領民たちには今後についてせて説明をしていく。
先ずは住む場所は応急で仮設住宅を作り一旦はそちらに引っ越しをして住居を直していく。
勿論、その費用は国庫からである。

住民たちの住居は点在していて、隣の家まではかなり距離がある。
と、言う事はそこを駐在所のように使えると言う事でもある。
新たに管理小屋を作らなくても住人が住む事で管理ができるのである。
勿論、副業で今まで通り山菜などを取って行商に行くことも咎めはしない。

公務員となる彼らに支払われる給与からすれば行商の売り上げは小遣い程度だ。
目くじらを立てるほどでもない。

行う業務も日々やっている事とほとんど変わらない。
山をこまめに手入れする事で、保全が成されるのである。同時に王都に流れる川の源流となるこの地は山を保全をする事で水質の保全にもつながるのだ。

「王子妃エリザベートとして皆さまと約束、そして契約を致します」
「儂らもあとは天に召されるのを待つだけかと思っていたが、まだやる事があったようだ」

「女将、この宿は色んな国から研究者が来るから俺のへそくりで増築してやるよ」
「はいはい。とらぬ狸のなんとやらで期待してますよ」

「あら?エル様。どこにへそくりが?」
「えーっと‥‥多分‥‥いろんなところに?」
「そうでしたの?わたくし存じませんでしたわ」

思わぬところでへそくりがバレてしまったミカエル。冷や汗を流す。


無事に全日程を終えたミカエルとエリザベートは王都に向けて出発をする。

「あの、怒ってる?」
「何をです?わたくしが怒るような事が御座いましたかしら?」
「その…へそくりとか‥」

「あぁ、それはエル様のもの。わたくしのへそくりで瘴気の地を買ったのもエル様は何も怒らなかったでしょう?わたくしもエル様がへそくりで何かをする分には怒ったりませんわ」

にこやかなエリザベートにホッとするミカエル。
帰りの馬車もやっぱり膝枕である。




【ミカエルのへそくり】
それを見過ごすエリザベートではない。王都に帰ってからは徹底的に調べ上げ定期的に補充をするのを忘れない。ある日、へそくりが減らない事に首を傾げるミカエル。

「利息でも付いているんじゃございませんの?」

素知らぬ風で、ノータッチを告げるエリザベートに「そっか利息って凄いな。全然へそくりが減らない」とご満悦のミカエルは尽く転がされる運命なのである。

ちなみにへそくりとは、王子に至急される金の内、領収書の要らないどこかの国で大問題になっている文書通信交通滞在費のようなものである。
ただ、ミカエルは支払うと貰えるレシートや領収書は大事にとってあるのである。

そう、ミカエルは【レシートや領収書】を集め家計簿をつけるのが【趣味】でもあるのだ。

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