わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

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職人たちは合掌した

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「うわー。なんだこりゃ?」

王子領に到着し、棚田を作っている山の急斜面を下から見上げるミカエルは素っ頓狂な声をあげてしまっている。隣で遠い目になっているのはエリザベートである。

「ちょっと見て来ていいか?」
「どうぞ。ですが作業の邪魔はダメで御座いますよ」
「判ってる。行ってくる!」

まるで子供である。とても24歳には思えないが先日まで野山を駆け回っていたのであるから、仕方がないのかも知れない。使用人達もミカエルを見送った。

同時進行で風車を作る工事も進められていて、川に一番近い風車は既に完成をしている。
先日、試運転をしたそうで川からパイプを通り水がそれまでの畑に添った水路に流れ出ている。

「風車は全部で15基設置します。来月には全てが出来上がります」
「そう、何か困った事はないかしら?」
「そうですねぇ…まぁ彼らは文字が読めない、書けないですので日報がねぇ」
「聞き取りになると言う事ね」
「はい、1人1人の顔は覚えていますので抜けはありませんが時間がかかります」

帝国からの専門家と技術員と話をしていると、バロビン国の者たちが集まってくる。
彼らには彼らで何か言いたい事がある様である。

「お姫さん、ちょっといいかなぁ」

口が悪いのは仕方がない。ここにいる者たちは正規採用にならなかったので無料で開放している教室には来ていないし、工事が最優先だったため王子領には教室がない。

「どうなさったの?お給料はちゃんと払われているでしょう?」
「金については一切問題がないよ。そこは本当に感謝してる。俺だけじゃなく皆もだ」
「そう、それは良かったわ。では寝る場所や食事かしら?」
「それも問題はない。そこに文句言ったらバチが当たるよ」

「実は、俺たちにも字を教えて欲しいんだ。今までそんな事考えた事もなかったが、看板や立て札もあればわかり易いし、文字が読めたら今日の作業だけじゃなく、当面の作業を張り出してくれれば家族が病気で抜ける時も交代要員を立てやすい」

「字が読めるとさ、朝の朝礼なんかでも聞くだけじゃなくて紙を見ながら確認できるから二度手間にならなくて済むんだ。でも帝国さんは夜遅くまで話し合いしてるし頼めなくて」

「判りましたわ。昼間は作業もありますから、就業後に1,2時間の勉強会などを早速設置するようにしますわ。ただ、王都に帰らないと講師、つまり先生の手配が出来ないので少し待ってくださるかしら?」

「それは大丈夫だ。俺たちは全員この棚田の工事が終われば線路を敷くための盛土をする作業に入るから1年はここにいるし‥‥聞いた話じゃその後、修繕管理で残る者もいるんだろう?」

「そうよ。構造物、工作物は造るだけではなくその後も大事なの。理解してくれていて、とっても嬉しいわ。他にも競技場を建設する工事にパッツィオ家がメインで入ってくるけれど、あなた方の事はきちんと話をしておくから怯まず、恐れず今まで通りやって頂戴」

話をしていると、遠くの方から全速力でミカエルが走ってくるのが見える。
何かを叫んでいるようで、その場の全員がミカエルに注目している。

「お前らぁ!!!俺のっ!俺のリザに何の用だぁぁぁ!!」

どうやら、絡まれていると思っているようだ。
エリザベートは、職人たちに「行きましょう」と声を掛けると集団が動き始める。

「まっ!待てぇぇ!こらぁ!逃げるなぁ」

ミカエルはミカエルで必死なのである。
ただ、棚田工事で上まであがる階段を作ったり、畑となる水平な部分を作るために石を組みながら石垣を作っているのが興味を引いたようでそこで一緒になって作っていたのである。
王子がやる事ではないが、ミカエルはこういう体を動かす事は好きなようである。

が!
ふと見てみれば、大事なエリザベートが男達に囲まれているではないか!
屈強な男達に囲まれて罵声や怒声を浴びているのではないか?
これは一大事。助けねば!と全力疾走しているのである。


「いいんですか?追いかけて来てますけど?」
「はぁ…もう本当に困った人ですわね」

集団の移動が止まった。やっとミカエルは追いつくことが出来た。

「ハァハァ…大丈夫か?」
「何が大丈夫か?ですか!ほら、こんなに頬にも土をつけたままで」

フキフキとハンカチでミカエルの頬の汚れを拭きとると何故が頬が赤い。
「どうされました?暑いのですか?」と聞かれるが、確かに走ってきて暑い。
だが、それよりも妻のさりげない優しさが熱すぎるだけである。

「いや、囲まれているから大変だと思って…」
「あぁ、皆さんここの工事をしてくださっているのよ?殿下からもお言葉を」
「え?言葉?」

「そうです。殿下が放りっぱなしだったこの王子領を整備してくださっているのです。いわば殿下の尻拭いをしてくださっているのですよ?何も言う事は御座いませんか?」


周りを見ると、殺気だった様子は全くなく和やかな雰囲気である。

「えっと、あの‥‥ありがとう。皆の者。助かる。これからも頑張ってくれ」

しーん‥‥

「あ、あれ?違う?」

不安になってまた捨てられた子犬のような目でエリザベートを見るが、うんうんと頷いている。良かったぁと胸をなで下ろしていると、パチパチと拍手の音が聞こえる。

パチパチパチパチ!!!!

「あ、アハッ。これでいいのかな?」
「そうですね。殿下はドーンと構えていてくださいませ」
「うん。判った」
「では、あちらで石積をされていたのでしょう?途中で放るのはよくありませんね?」
「うん。行ってくる。リザ。また後でね」

タタタタっと走り去るミカエル。パタパタとその背中を見ながら扇で風を送るエリザベート。
主導権を握っているのがどちらなのか。男たちは瞬時に悟る。

「まさかと思いますが…あの方は第1王子殿下とか?」
「そのまさかです」
「うわぁ(悲観)」

男達が憐みの声を出す。心の中では確かにこんな嫁さん相手にマウントを取るのは命を賭けた所で瞬殺であるのは目に見えてはいるが、完全に弄ばれているではないか!あれが王子?いやしかし、男として思わず合掌してしまう。

「あら皆さん、わたくしの夫をバカにしないでくださいませな」

一同がエリザベートを見る!

「世界屈指の借金王ですのよ?オーホッホッホ」

1人先を歩いていくエリザベートはご機嫌のようである。
聞えてくる自作の歌に一同は驚愕し、ミカエルに深々と頭を下げる。

わったくしの~旦那様~借金3兆バァロォ~♪ワァルド・ナンバー・ワンッ♪
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