わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

文字の大きさ
上 下
24 / 43

捨てる所はないのです!

しおりを挟む
結婚式の翌朝、時間的には昼食であるが一緒に食事をするミカエルとエリザベート。

「エル様。お食事が終わりましたらお話が御座います」
「なんだろうか?」
「領地他、色々で御座います」
「難しい話かな…あまり得意分野ではないんだが」
「その後の家族計画についても全く関係がないわけではないですが」
「します。是非伺わせて頂きます」

素直なのはいい事である。しかし使用人達は【何かが変だ】と感じ取る。

【この夫婦。温度差が半端なくない?】

貴族の事はよく判らなくても、同じ人間である故に感じ取る違和感。間違いではない。
この夫婦の体温にさほど差はないが、感覚の温度差はかなりある。
成婚パレードの笑顔に騙されてはいけない。


「あ、すまない。これを少し茶に混ぜてくれないか」

パンジーとデイジーの神経がピリっと緊張をする。まさかやっと「新婚」になったのに避妊薬を使うつもりでは?と警戒をしているのだ。
子は神様からの贈り物である。計画通りにいかないのが子づくりなのである。

「殿下、これはなんでしょうか?」
「あ、これ柚子。柚子ね。柚子の皮を細かくして乾燥させたやつ。香りが良いんだ」
「柚子?聞いた事が御座いませんね。どこの品ですか?」

「遠い東の小さな島国の果物だよ。柑橘系なんだけどオレンジ何かのように果肉についてはそのまま食べたりしないんだ。食べる事もあるけどね。大抵果肉は絞って果汁にした後、料理にちょっと使ったりするんだよ。でも種や皮まで余すところなく使う果実なんだ。変わった果実で…」

【エル様!ちょっとお待ちくださいましっ!】

突然立ち上がって、いつもは静かな声なのに結構な声量だったのにパンジーもデイジーも驚いてしまう。時折【本当はお転婆さんですよね?】という片鱗を見せてはいたが…。

「エル様!それです!まさにそれですわ!」
「え?」

持っていた乾燥柚子皮の入った袋を指さすと、うんうんと頷く新妻が可愛い。萌える。
だが、手に入れるのはなかなかに難しい。ミカエルも本当に偶然手に入れた物なのだ。

山を駆け回っていて、野宿をしている時に道に迷った男に出会った。
もう何日も食事をしていないと言うので、狩ったウサギ肉を差し出すと素材の味のみだったため腰につけていた袋から色々な調味料を取り出したのである。
取り分け、この柚子の果汁を振りかけるとビックリするほど美味かった。
その時に、分けてもらったものなのである。

「リザ。これもあるよ」

取り出したのは果汁が入った小瓶である。「ファァァ!」っと新妻の顔が輝く。至福だ。
早速、昼食のサラダにその小瓶の果汁をふりかける。
「毒味もせずに!」っと慌てるパンジーだが、毒味なら既にミカエルが行っていると告げる。

王子が毒味役。だが山で【狩る→焼く→食う】でほぼ完結しているミカエルである。
通常の人間と同じ枠で考えてよいのか…そう思っているうちにエリザベートはパクっとサラダを食べてしまった。瞬間、目がパッと開いて【ジュエルボックスやあぁぁぁん!】と叫ぶ。

「パンジー!!デイジー!!」

2人を呼ぶと、「毒味はしたから♡」と言って「こっちは触ってないから大丈夫」と柚子果汁のかかったレタスをグザっとフォークで刺して2人の口に放り込む。

【フォォォ!】 思わず酸っぱさの中に鼻に突き抜ける爽やかな香り!

そっくりな双子姉妹が向かい合って、ハイタッチ。美味いのである。



エリザベートの幾つかの悩みに、王子領で放っておいても実る果実があった。
幾つかは収穫して領民がおやつ代わりに食べるのだがあとは鳥に食べられるか腐って落ちる。
おやつ代わりと言っても決して甘くて美味しいものではない。
毒がないから腹の足しになるなら、飢えるよりマシ、その程度の味なのだ。

試しに先月数個取り寄せてもらったのだが、全然熟れておらず皮も固い。
護衛に雇った【あと数日で破落戸に転職】する寸前だった者に剣で半分に切ってもらうと、とても爽やかな香りがしたのだ。で、皆でその果肉を分けて食べてみた。

【酸っぱすぎてとても食べられない】

全員が生れてはじめてレモンを口にした幼子ような顔になったのは言うまでもない。

しかし!放っておいてもジャンジャン実る上に王子領にはこの果実がなる木がわんさか生えている。伐採も考えたが木を切ってしまうと禿山になってしまう。

思いもよらない発見いや、収穫があった。

「エル様、流石ですわ!見直しました」
「え?柚子皮と果汁出しただけなんだけど…」
「さ、参りますわよ」
「どこへ?」
「わたくしの執務室です。あ、エル様のお部屋ですが適当な部屋がないのでしばらくはわたくしと相部屋でお願いしますわね」

ミカエルにとってみれば願ったり叶ったりである。
そんな事も露知らず、いそいそと夫の手を引き執務室に行くエリザベート。

「エル様、いえ、仕事中はミカエル様とお呼びしましょうか」
「いや、エルでいい。様も要らないくらいだが‥‥そこは譲歩しよう」
「判りました。で、わたくし火急の案件をエル様に承認頂きたいのです」
「難しい事は判らないから、リザのやりたいようにしていいよ」
「それではダメです!実行はわたくしで結構ですが、エル様にも知っておいて頂かねばなりません」

エリザベートは先ず、王子領の地図をテーブルの上に広げる。

「この辺り一帯は傾斜がきついのですが可照時間に対しての日照時間がある、つまり日照率が高いと判断した地区です。現在ここは帝国より専門家を派遣してもらい日照を確保するにあたって邪魔となる日影を‥」

「ちょちょちょ…ちょっと待って。全然言葉が判らない」
「言葉?わたくしそんなに滑舌が悪ぅございましたか?」
「いや、滑舌じゃなくて動詞?名詞?助動詞っていうの?」
「あら?リジーからミカエルさまはバカではないとお聞きしておりますが」
「まぁ。その…リジーは忖度が入ってるからさ」

「どのあたりがお判りにならないと?」
「えっと…傾斜がきついというのは地面に付いてる勾配があるって事だよね?」
「そうですわ」
「その後が…すまない。全然わからない」

「可照時間というのは、日の出から日の入りまでの時間の事です。要はお日様が見られる時間です」
「なるほど」
「日照時間というのは、その可照時間のうち実際にお日様が照った時間です」
「なら同じじゃないか」
「違いますわ。例えば雨の日、雪の日。空が雲に覆われていれば日は照りません」
「あ、そう言う事か…晴れのち雨なら割合が減るな」
「そうです。その割合が日照率なのです」

「それから、日は照っているのだけど部分的にそうではない場所があります」
「日が照っているのに?」
「えぇ。木が生えているとします。お日様が右の方向から当たれば木の左側は?」
「日が照っていないな。というより、日に当たっていない」
「えぇ。お日様の当たっている面の反対側が日陰(にちいん)ですわ。で、地面に暗い部分が出来ますでしょう?そちらが日影(にちえい)ですわ」

「王子領は傾斜面を現在工事中ですの。段々畑にして水平な部分を作り耕作地を増やします。で、他に邪魔となる木を伐採して日影の個所を減らします」

「ふむ‥‥いいんじゃないか?」

「それでですね。王子領は盆地のようにもなっているんです。お日様の当たる面は耕作地として段々畑にしますが当たらない、全く当たらない訳ではないんですが、逆の面には先程の柚子ににた果実の木が沢山御座いますの。改良の余地はあると思いますが、その果実で果汁を絞り、外果皮(フラベド)からは掃除用の果実油脂を抽出。余った皮をどうするか悩んでいましたの!乾燥させて売りに出せば王子領の収入にもなりますわ」

バっと立ち上がり、グっと拳でガッツポーズ!

「あ‥‥良いんじゃないかな‥リザの思うように…」
「まぁっ!判ってない癖にわかったようなお顔ですわ!酷いっ」
「いや、まぁ理解度は…底辺だけどそこはほら…名前は使っていいから」

間違いなく理解度の低いミカエルはヘラっと笑いながらうんうんと頷くがエリザベートの逆鱗に触れるだけである。それを人は悪手と言う。

「判りました。では自由にさせて頂きます。視察もわたくしで参ります」
「あっ!それはダメだ。俺もいく」
「判っていないものは連れて行きません。留守番です…と言いたいところですが毒味役として連れて行きましょう」

「やった!」

ミカエル。いわば新婚旅行である。連れて行ってやると言われて喜ぶでない。
そしてエリザベートは【同行】という名の【飴】を与えた所で本丸事業について語るのだった。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...