わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

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採用試験

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求人募集に集まった庶民でごった返す王子宮。

「はいはいー!こっちに並んでくださいよー!」
「字が読めない者はこっちに並ぶんだぞー!」

先だって臨時雇用をしたのは市場でセリ人をしている男達である。
よく通る声に、少々の事では物怖じしない。その上仕事は早朝に終わるため昼は暇。
並んだ者の中から、面接をするにあたって第一段階のふるいも引き受けてくれる。

魚や野菜の目利きで鍛えた彼らの視線は、交通費欲しさでやってきた者、働く気はないけど採用されれば儲けものという邪な考えの者を選別していく。

彼らに言わせるとそう言うものは【目が死んでる】【中が腐っている】そうでかなりの人数が弾かれていく。交通費は往復支給とあるので敢えて遠い地から来たと言いだす者が多いのがそういうヤツラの特徴である。

「大変だったんですよ。カルロ領から来たんです」

カルロ領は王都から一番離れている地で片道早馬で1週間かかる。片道の旅費は20万ほど。
平民の平均賃金が4,5万である事を考えれば宝くじか万馬券に当たったようなものだ。

「カルロ領ですか」
「そうなんですよ、もう腰も痛くなっちまって」
「では、気を付けてお帰り下さい」
「えっ?交通費は?」
「出ませんよ」
「嘘だろ?交通費は往復支給って書いてあっただろう」
「えぇ。ですがカルロ領からですとまだ募集をする為に向かっている途中なのでここに来られる筈がないんです。カルロ領の者が来るとすれば再来週末か来月初めが一番早いって事ですよ。ではこれをどうぞ」

詐欺紛いな奴らでも3枚綴りになったチケットを渡す事は忘れない。
店は指定されているがその店の日替わり定食であればそのチケットで3食食べられる。
丁度季節労働者が引けた時期なので、お店側も売り上げが見込めるので二つ返事で引き受けてくれたのである。チケット分は後日、枚数分がエリザベートから2%上乗せして支払われる。

何度も申し込みをする者も当然現れるが、それにも当然備えている。憲兵隊や警護隊、騎兵隊の見当たり班にいて定年退職した者を臨時雇用している。
1人見つけるごとに500バロ(1バロ=1円)が支払われる仕組みである。
見つける側の不正を抑制するため、この作業をする日は【孫同伴】と義務付けている。

「じぃじ。頑張ったね」
孫から手渡されるその日の出来高。
不正をすれば孫の心も傷つけてしまう。
孫は目の中に入れても痛くない心理を操るのである。


一旦は第一王子の王子宮にいながらも追い返され、元の主に縋りついたものの追い払われた者も当然やってくる。内通している者を雇うのは簡単だが、相手の手の内などたかが知れている。
それに内通者がいなければ知る事は出来ないか知られる事もない。それは相手も同じ。
知りたければどうするか。仕掛けるしかない。相手が仕掛けてくるのを待つだけである。

「以前この王子宮にいた者は、わたくしに回して頂戴」
「よろしいのですか?危険ですよ」
「あら?そのためにリジーとパンジーがいるんでしょう?」
「ご、ご存じだったのですか?」
「いいえ?ただあなた達足音させずに歩くし、節は固いじゃない?それに手と足の動きが連動してるもの。バレバレよ?試しに素振りでもして御覧なさいな。それなりにならないとそんなに動きが合わないから」

思わず自分の拳を眺めてしまう2人。今まで指摘された事もなかったのにと背筋が寒くなる。
フフンフン♪と鼻歌交じりに元使用人達が集められたブースに行くエリザベート。

「あっ!妃殿下!お願いします。働かせてくださいっ」
「次は気に入られるよう頑張りますから!」
「子供も小さいんです。このままでは養護院に預ける事になります」

口々に雇ってくれと置かれている現状の辛さを訴えてくる元使用人達。
エリザベートは、バシっと音をさせて扇を開くと途端に静かになる。

「皆さま、本日ここは使用人採用の面接会場ですの。ご存じかしら?」
「はい、ですから申し込みに参った次第です」

「元を正せば、あなた方が普通に仕事をしていれば良かっただけです。それにこの宮に寄越されたのはせいぜい長くて1週間でしょう?元の妃殿下の元でそれまでの仕事をすれば良いだけ。何故こんな所にいらっしゃるのです?」

「それは‥‥解雇をされてしまって‥‥」

「おかしいわね?こちらの宮の女主人はわたくし。
なので新規採用をわたくしがすれば元の場所に戻らねばならないでしょう?
戻ったら解雇?それはご愁傷様。
つまりは体のいい厄介払いにこの宮が利用されただけと言う事。
ハッキリ言いますが程度の低い嫌がらせをする時点でお里が知れるというもの。
そんな宮でも使い物にならぬ者が何故わたくしの宮で雇ってもらえると思えるのかしら?

気に入られるような働き方は望んでいません。望むのは職務に真摯に向き合う事です。
子供が小さいのなら何故その子に恥じぬように働かなかったのか考えなさい。
また雇ってほしいのであれば、それなりの成果を持ってまた申し込みをなさい」



項垂れて出て行く元使用人達。その中にはリジー、パンジーの知り合いもいる。
縋るような目で見ているが、2人は表情を変えない。

「いいのよ?一蓮托生でいいなら雇ってあげても?」
「いえ、私情は挟むべきではありませんので」
「まぁ、あなた方の場合は王妃様も絡んでしまうから難しいわよね」
「いえ、王妃殿下は…関係ありません」

「まぁいいわ。そうそう。明日は市井に行きたいからパンジーよろしくね」
「えっ市井で御座いますか?」
「そうよ?多分‥‥3人の中なら一番パンジーが詳しそうだから」
「わたくしが何に詳しいと?」

【ん?マフィア♡】

持っていたバインダーを落としてしまうパンジー。

――どうして知ってるの?何処で知ったの?――

パンジーの彼はマフィアに潜入捜査をしている捜査官だった。
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