わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

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王子宮を散歩してみる

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エリザベートは翌日から何もする事がない。
これからはここが住まいとなる王子宮の造りはどの王子も似たり寄ったりらしい。
妻の部屋に通された事は僥倖だが、その隣、そのまた隣の扉が開く気配はない。

侍女以外はほとんどの物を持ってきた。勿論家具などは持ってくることは出来ないが持参金とは別に個人で自由に使えるバロビン国の貨幣も持参をしている。

大抵の【令嬢】と名がつく者は自分では身の回りの事が出来ない。
やろうと思っても周りが止めてしまうのである。だがエリザベートは一通りの事は自分で出来た。
どんなに今が裕福であろうとも一寸先は闇。幾つもそんな家を見てきたのである。
自己防衛は最低限は身につけておいても損はない。エリザベートの両親はそう言った。


その為にかける教育資金は惜しみなくジャブジャブと出してくれたおかげで、年齢に見合わない知識と留学と言う経験が出来たのである。
カ―セルとの婚約で王家の行うべき執務は副産物のようなものである。


最もクララの実家のように幾ら娘が可愛いからと稼ぎに見合わないような背伸びをする親ではなかったし、アイザックの実家、ロードン侯爵家のように【儲かる】話にホイホイと投資する親でもなかったのは幸いである事は間違いない。
エリザベートもどちらかと言えば堅実志向。

ある程度のものは金で何とか出来る。だがその金は沸いてくるものでも降ってくるものでもない。

エリザベートは、髪を簡単にまとめるとシンプルなドレスに着替え、携帯食を齧る。
時間は朝の8時。扉の向こうでは使用人達が動く気配がするがまだ起こしてはいけないと思っているのかも知れない。邪魔にならないようにそっと部屋を出る。

忙しくすれ違っていく使用人達。その中の1人に少し頭を下げて挨拶をする。
エリザベートはそれが昨日紹介された【リジー】だとわかったからだ。

「おはようございます」と声を掛ける。少し遅れて「おはようございます!」

元気よく挨拶をするのはいいが、全くエリザベートに気がついていない。
エリザベートは立ち止まったが、リジーは歩きながらの挨拶だった。

――昨日は多少化粧はしていたけれど、特殊メイクほどじゃなかったと思うんだけど――

すれ違って3歩、4歩とお互いの距離が離れた頃、「アーッ!」っと声がする。
エリザベートは気がつかない振りをしてそのまま歩みを進めるが、すぐにバタバタと走る音がしてさきほどのリジーが両手を大きく広げて進行の邪魔をした。

「だっ誰かと思ったら!びっくりしましたよ!だめです!この先はダメです」
「どうしてかしら?」
「この先は第一王子以外は立ち入る事は出来ません」
「そうなの?」
「そうです!」

「ねぇ。リジー」
「はい?えっ?名前?私の名前?」
「そうよ?昨日、貴方はわたくしに、リジーと自己紹介したのではなくて?」
「しましたケド‥‥わかるんですか?」
「わかりますわよ?判らない方が不思議なくらいですが」

パンジーとデイジーは一卵性双生児で、背格好も髪の色も長さも癖も瞳の色も同じ。
侍女の制服は支給されているので同じ。見分けるのに便利な黒子などもない。
親ですら間違う事があり、自分たちも周りがあまりに間違うので混乱した事もあるとか。

彼女らを間違う事はもしかすればあるかも知れないが3人の内、リジーだけは男である。
制服も全く違うし、どう間違えば良いと言うのだろうか。

「ところでリジー。わたくしは誰かしら?」
「え?‥‥貴女様ですか?エリザベート様です」

何を聞くのか、先程自分の名を呼ばれた事で驚いたからやり返しか?と警戒するリジー。
だが、目の前の美人さんは首をコテンと軽く傾げてまた問うてくる。

「そう。名はエリザベート。で?どうしてわたくしはこの国に?」
「それは‥‥第一王子殿下のお妃様に決定したから・・・ですが」
「第一王子殿下の妃‥‥と言う事は王子妃で間違いないかしら?」
「はい…手続きは終わっておりますし結婚式が後日であるだけですので…」

パンッ!!

何処から出したのか、いつの間にか手にしていた扇を小気味よい音をたてて広げる。
よく通る音に誰もが足を止めて、エリザベートとリジーの方を見る。

【わたくしは、王子妃エリザベートです】

21歳の小娘が持っているとは思えないほどの威厳ある声で宣言をする。
その場の者は一斉にザッと音を立てて礼をする。

――あら?意外と気持ちいい?――

「し、失礼を致しました。ですが第一王子殿下はお戻りではなく…」
「殿下の部屋には参りません」
「はっ?」
「もう一度言わねば判りませんか?」
「いえ、判ります」
「よろしい」


エリザベートはそのまま歩き出してしまう。
慌ててその後を追いかけるリジーだが歩みを止めることなく「自分の仕事をしろ」と言われ立ち尽くしてしまった。だがそれでも、リジーはエリザベートを追いかけた。


「お待ちくださいませっ」
「何故?」
「なぜって‥‥あのっ!」
「仕事に戻りなさい」
「私の仕事は、エリザベート様のお世話ですのでっ!」
「あらそう?ならお願い出来るかしら?」
「はい。なんなりとお申し付けください」


【わたくしの代わりに、お花を摘みに行ってくださる?】


間抜けな顔になったかと思えば瞬時に赤くなるリジー。
「すみません」と小さく呟くとエリザベートの部屋の方に歩いて行った。

エリザベートの部屋にもトイレはあったのだが、扉を開けてそのまま閉じた。
そこには便器がなかったのである。板をくり抜いただけという国があるのも知っているが、道中の宿屋にですら便器はあったのだ。それが王宮内に存在しないとは思えない。

――地味な嫌がらせかしら?――

とならば、【使用人用】のトイレまで行くだけである。
これがこの国が多額の持参金を持ってきた嫁にすることなのだという無言の抗議。
最も、ただトイレに行くだけではなく適当に歩いて邸内を把握する事も目的の内である。


リジーが第一王子は戻っていないと言っていたが確かにいないようである。
しかし、もしかすれば結婚式まではと何か制約が付いているかも知れないと気にしない。
まだ到着しての翌日なのだ。王子は一般的にはとても忙しい。
くだらない茶会を頻繁に開いていたカ―セルが異常なだけである。
不在。それもありだろうと考える。

それよりもちょっと歩いただけでエリザベートは頭が痛くなってしまった。

それが通常ならば、嫌がらせよりも質が悪い。

エリザベートは部屋に戻ると3人を呼び出した。
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