わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

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カ―セル、クララの結婚式

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同じころ、元子爵家では両親が頭を抱えていた。
クララをカ―セルの妃として召し上げると通達が届いたのである。
当の本人はあの日以来、王宮(にいると思っているが実は離宮)から戻っていない。

「どうするの‥‥王子妃だなんて。妾妃なら2億と聞いたけど3億って…」

そう、王太子の妾妃であれば2億の持参金で済んだかも知れない。
この国で妻となる正妃(王妃)の他に側妃、妾妃を持てるのは国王と王太子だけである。
王子となれば妃は一人だけ。持参金は最低が3億である。

100万のドレスでさえギリギリ支払えた元子爵家に金はない。10万程度なら直ぐに用意できるが如何せん貯蓄をしようにも度々カ―セルに呼び出されるクララの衣装代に金を掛け過ぎて貯蓄はない。

父親は幾つかの商会を掛け持ちして経理の仕事をして月に17万ほどの給料。
母親は伯爵家の家庭教師の仕事が終わり、次の仕事をもらうため騎士爵の家まで回っているのだが未だにどこからも返事がなく無職である。

今日の食事も節約するためにパン屋で固くなったパンの耳を安く分けてもらったものと、青果店で野菜くずとして捨てられるキャベツなどの外側の葉を【ウサギ用】として無料で貰ってきたものだ。


この通知は元子爵夫妻の元だけではなく、夫妻双方の該当する親戚一同に発送されている。
お互い曾祖父母、祖父母はいないが年老いた両親は健在である。
そこから兄弟姉妹、そしてその子供。それだけに留まらず兄弟姉妹の姻戚関係にある家まで通達が届いていた事から夕方になると屋敷に入りきらない程の人間が押し寄せてきた。


当然皆、口を揃えて言うのは【自分の娘の費用だから当然貯めているだろう】である。
分不相応な相手に何時までも関わっていて身の丈を超える金をたかろうなど甘いのだ。
持参金が用意できないなら、さっさとクララをその辺の平民に嫁にやるかカ―セルに愛人として囲ってもらえば良かっただけなのだ。


「すまないっ…少しでいい。貸してくれないか」


地に額を擦りつけて親族一同、そしてトバッチリを受けた兄弟姉妹の配偶者の実家に金を無心する。
誰も頷く者はいない。当然である。

「ご祝儀程度なら奮発も考えるけど…これじゃ借金しなきゃいけないじゃない」
「なんで自分の息子や娘の結婚費用の金をクララに出さなきゃならないんだ」
「この前失業したばかりなんだ。金なんかないよ」
「家も土地も牛も豚も全部売れって言うのか!?明日からどうやって食っていけと?」

元子爵夫人の妹の夫が通知書をテーブルに叩きつける。


「何故、何も知らせてくれなかったんだ!偽装でも離縁をしてたのに!孫も生まれるんだぞ?どうしてくれるんだ?どんな教育をあの王子にしたんだよ!」

「そうよ!私達がどうして出さなきゃいけないのよ!娘にどんな躾をしたのよ!これじゃ場末の娼婦や阿婆擦れのほうがまだ上手くやるわよ」


この通知を受けてからでは、兄弟姉妹が離縁をしたところで配偶者の実家などはいうなれば保証人から抜ける事は出来ない。せめて通知が届くまでの1週間でどうして知らせてくれなかったと罵声を浴びせるのは当然と言えよう。

なんせ、一番出世して金を持っているであろう者が目の前で土下座をしている夫婦なのだ。


結果逃げる事は誰一人出来ず、トバッチリを受けた兄弟姉妹の配偶者の実家も小さな家や土地を手放し、ほぼ全員が借金までして何とか工面出来た3億は【領収済】と書かれた紙きれ一枚で即座に王家に納付された。

3億は余すところなく【王子の結婚式】に全額使われる。

「大丈夫です。予算を超えず、余らせずで調整してしっかり結婚式を致しますので」

にこやかに笑う王宮の文官に罪はない。彼はそれが仕事なのだ。
目の前の3億を用意するのにどれだけの怒号が飛び交ったのかなど関係がない。

「あ、お妃様となれば後々も費用は出して頂く事もありますが、その時は連絡いたしますね」

その言葉に誰も言葉を出す事は出来なかった。
そう、妃の個人的な要望は実家が負担をするのである。
親族の中には割り振られた金が工面できず娘を娼館に売った者、戸籍を売った者もいる。
それまでの住処に住んでいる者は一人もいない。

誰も今の居場所を告げることなく元子爵夫妻の元から去っていった。




「クララ。聞いてくれ。やっと君を迎える事が出来るよ」
「は?何言ってるの?」
「今日からこの離宮が君の家だ。好きに使ってくれていい」
「えっ?本当?この大きなお屋敷を好きに使っていいの?」
「あぁ、これからは不自由はさせないよ。君は王子妃になるんだ」
「え‥…」

クララはしばし硬直をする。王子妃と言う事は目の前の男以外の男が夫と言う事なのか?
だが、この国に王子は2歳のソリアスしかいないはずである。
目の前の男は、【王太子】であって【王子】では無いはずなのだ。

「えっと…王子って誰?」
「僕に決まってるじゃないか。父上に王太子から王子になれって言われたんだ」
「嘘でしょ?どうして?」
「いいじゃないか。これで結婚が出来る。君も働かなくていいんだ」

働かなくていいと言うのは魅力的である。間違って叱られる事もないのだ。
それに王子妃となれば食べるものも豪華になるし、おやつもある。食事には困らないと言う事。
その上、綺麗なドレスもクローゼットに何着か入っている。
湯殿もあって毎日湯あみも出来る。

だが‥‥結婚と言うことは【この男に抱かれるの?】クララは悩んだ。

周りを見ると使用人はこの広い部屋に今のところ1人。
見えない所に何人かいるかも知れないが…アイザックは何処だろう?

「ねぇ。アイザックは何処にいるのぉ?」
「アイザック?あぁ彼は王宮勤務だからね。ここには来ないよ」
「嘘でしょ?カルの護衛じゃない。どうして来ないの?」
「僕はもう王太子じゃないからね。護衛は公的な場しかつかないよ」

抱きしめようと手を伸ばしてくるカ―セル。しかしその手をクララはパンと弾いた。

「そ、そういうのは全部終わってからよ」
「あ、そうだね。ごめん。じゃ、君の部屋に案内するよ」

――嘘でしょ…本当にアイザックはいないの?なら意味がないじゃない――

クララの心の声はカ―セルには聞こえない。クララとて夫婦になれば体の関係が必要だと言う事は判っている。だがアイザック以外に抱かれるつもりは毛頭ない。
カ―セルが王太子だろうと王子だろうと関係がない。カ―セルはアイザックに会うための道具なのだ。

取り敢えず初夜を何事もなくどう乗り切るか。クララはそれで頭がいっぱいである。



迎えた結婚式当日。カ―セルの押し切りで婚約から2カ月後の事だった。
各国には【王子】であり大使クラスの出席が都合が合えばと断りを出した。
エリザベートがあまりにも諸国に知られており、帝国への手前もあって盛大には出来なかったのである。

真っ白で豪華なのだが、どこか野暮ったさを感じる既製品に少し手を入れたウェディングドレスに身を包むクララ。予算内かつ大急ぎで仕上げるには特注など出来ないのである。
だが、騎士の正装をしたアイザックが扉の前に立っていた。心が跳ね上がる。

「ねぇ。アイザック。似合ってるぅ?」
「よくお似合いです」
「アイザックも素敵。とてもカッコいい♡」
「ありがとうございます」

素っ気ない返事しかしないアイザックだが結婚式の聖堂で退場する際、頬を染めたアイザックをみたクララも頬を染める。アイザックの視線が2人に向けられていて頬も耳も赤い。
そして、少し俯き胸ポケットからハンカチを取り出すと目元を押えている。

――あぁアイザック…大丈夫。私、純潔は守ってみせるわ――

かの日、エリザベートが感じた【見事な三角関係】は今日も通常運転だった。


「あれ?王太子じゃないの?王子なの?」沿道でパレードを見る庶民が疑問を口にする。
襤褸を纏った元子爵家の為に何もかも失った者たちは投げ入れられる花に紛れて小石を投げつけたのは言うまでもない。


【平民女性と長年の恋を成就させた王子】の結婚式はつつがなく終わったのだった。

エリザベートとの婚約を解消し4か月後の事だった。
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