わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

文字の大きさ
上 下
5 / 43

婚約解消が成立する

しおりを挟む
迎えたハミルトン公爵家の夜会。

なかなか息子に婚約者が出来ずやきもきしていた公爵夫妻。
息子と令嬢と並んで参加してくれた夫婦や婚約者カップルを迎える。

招待状にあった様に、今日訪れる客は【夫婦】か【婚約者同士】である。
意外な組み合わせの婚約者カップルに話が盛り上がる一画もある。
今日は【連れ】が確定している事もあって、変に手を出すような不届き者も見当たらない。

夜会は酒も入るため、今後はこういう開催方法も【気を張らない】部分があってより楽しめるかと好評であった。それを考えたのはアルトーレ侯爵夫人である。

そのアルトーレ侯爵夫妻も会場へやってきた。
開催時間の15分前。実はさしたる用事はなかったのだが敢えて馬車をゆっくりと遠回りに走らせて会場にやってきたのである。理由は【早くに屋敷を出るため】だ。

時間ギリギリまで待ったときに、カ―セルが迎えに来なければ乗せて行かねばならない。
それでは今日の目的が達成されないのである。

両陛下も到着し、和やかに話している会場の面々が挨拶をする。
今日の主役はハミルトン公爵家の次期当主となる息子とその婚約者の為、早々に人の波が消える。

先に夫婦だけで到着しているアルトーレ侯爵夫妻も勿論陛下に挨拶をする。
だが、カ―セル王太子とエリザベート侯爵令嬢はまだ到着していない。

「カ―セル王太子殿下は、わたくしどもが出る際にはまだ来ておられませんでしたが」
「いや、カ―セルにはちゃんと迎えに行くように言ってある。大丈夫だ」
「それにしても遅いわね。カ―セル道に迷ったのかしら」

道に迷うとすれば御者である。世間ずれしている王妃の発言に皆が苦笑する。



その頃、アルトーレ侯爵家では【念のため】エリザベートはドレスを着用している。

今回カ―セルが迎えに来るかどうかの賭けをしたが、賭けにならなかった。
全員が【来ない】を選択したのである。
侯爵家だけではなく、今回の裏事情を知る公爵家、伯爵家も含めてだが賭けにならなかった。

だが世の中には【もしも】【万が一】という事も無きにしも非ずである。
全てが終わるまでは何事も手を抜いてはいけない。
前々日からエリザベートは侍女たちからマッサージも受け仕上げも万全であった。

しかし今からでは到底間に合わない夜会開始10分前になってもカ―セルは現れなかった。
念のため【侯爵家が判らないのかも知れない】と使用人を道筋に立たせてあるが動きはない。

開始時刻になり、エリザベートは侍女やメイドにより身軽なドレスにやっと着替える事が出来た。出された茶を飲みながら満面の笑みで呟く。

「ふぅ~。やっと身軽になる事ができそう~」



浮かれ気分のカ―セルはクララを迎えに行き会場に向かっていた。

「クララ。そのドレスとっても似合っているよ。可愛い」
「ありがとうぉ。ここのレースね、チョイス出来たのぉ」
「会場についたらしっかりエスコートするからね」
「うわぁドキドキする。そう言えばアイザックは?護衛でしょ?」
「アイザックは帰りに護衛につくようになってるよ」
「そうなんだ。アイザックはこれ、どう思うかなぁ」
「あいつはあまりドレスの事は判らないと思うけどね」

馬車はハミルトン公爵家の敷地内に入っていく。
その事は伝令で会場内にいるハミルトン公爵夫妻、アルトーレ侯爵夫妻にも伝えられる。
そっと両陛下の近くに歩み寄る2組。策士である。

カ―セルは何時ものように扉前でエリザベートが待っていれば入場はエスコートをしていたが周りを見てもそれらしき人物はない。念のため係にも問い合わせたが首を傾げられる。

「来てないな…ま、来たら呼んでもらえばいいか」

そう考えると、行動は早い。「入場する」と係に伝えクララの手を腕に回させる。



「カ―セル王太子殿下、並びに婚約者様ご入場です!」

会場に響き渡る声。当然その声がよく聞こえるように今日はオーケストラの指揮者にも入場案内の際は音を小さくするように伝えてあるため隅々までよく聞こえる。

しかし‥…「えっ?」と会場内はどよめいてしまった。

「陛下‥‥どういう事です?」
声を出したのはアルトーレ侯爵。勿論こうなる事はおおよそ見当はつけていた。

「陛下、議会の許しを得ずに婚約者を差し替えたのですか?」
声を出したのはハミルトン公爵。勿論事前に何度も練習したセリフである。

両陛下は周りを見渡す。筆頭公爵家の令息の婚約発表の夜会なのだ。
3大公爵家の残り2家の当主と次期当主の夫妻も来ているし、アルトーレ侯爵家は勿論それ以外の侯爵家も全て参加している。伯爵家、子爵家、男爵家も議会に議席を持つ者は全員揃っている。

その中で【婚約者】としてカ―セルの隣にいるのはクララだった。

「カーセルッ!エリザベート嬢は迎えに行かなかったのか!」

陛下の声はざわめきの中でもよく通る声である。
おそらく音の三要素である大きさ、音色、高さで音色と高さの周波数がよく通る声に分布するのだろう。

「行くわけないじゃないですか」

息子であるカ―セルの声もよく通る。流石は親子。遺伝子は受け継がれている。

カ―セルの回答は【婚約者でもないのに何故?】と受け取られても仕方がない。
流石にカ―セルとクララ以外は【配偶者同士】【婚約者同士】しか会場にいないのだから今更言い訳は通用しない。たとえそれが国王であっても、人の見本たる王家の行いなのだ。
そこに間違いがあってはならない。まして事前に通達されている事項なのだ。

「陛下、では当家としてましてはこの結果を持ちまして婚約は解消にと受け取らせて頂きます。度々の申し入れを受け入れてくださり感謝の極み」

とどめを刺すようにアルトーレ侯爵は、何度も婚約解消は侯爵家が申し出ていた事だと敢えて周りに周知をする。そうする事で、ここにカ―セル王太子がクララを連れて来てもおかしくないのだと釘をさすのだ。

「待ってくれ。侯爵!アルトーレ侯爵!」
「どうしました?陛下、そろそろ開会の挨拶ですよ?」

何が起こったのか全く理解をしていないのはカ―セルとクララ。顔色が悪いのは両陛下。
事の次第を知っていた者はこれからの事が楽しくて頬を染める。
何も知らなかったものは2極化する。王家が何たることだと憤慨するものと、この先の夜会、茶会で事欠かない愉快な話題を王家が提供してくれたとほくそ笑む者である。


公爵の挨拶が終わり、初々しい2人に祝福の言葉を述べた後両陛下とカ―セル、クララは別室に籠った。

部屋の扉が閉じるなり、「バカ者」という言葉と拳を息子に贈る父。
突然の事に避けきれずまともに受けて床に転がる息子。

「何という事をしてくれたんだ。あれほど言っただろう!」
「父上…いきなり殴るなど酷いではありませんか」
「言っておいたはずだ。アルトーレ侯爵令嬢を迎えに行きエスコートせよと!」
「王家主催の夜会じゃないし…次はそうしますよ」
「馬鹿垂れが!次などないわ!」

「何なんですか‥‥次はちゃんとすると言ってるでしょう!」
「カ―セル‥‥次はないのよ。あぁ、どうしてこんな事に…」

「ちょっとぉ。どうなってんの?ダンスは?料理は?」
「あ、ちょっと待ってて」
「いいけどさぁ‥‥なんか陛下たち怖いんだけど」
「大丈夫だよ。そこに座ってて」

しかし、クララが腰を掛けようとすると従者に制止されてしまう。

「おい!クララに座らせろ」
「黙れ、このバカ息子」
「は?何を言ってるんです?父上?」
「ソリアスがもっと早くに生まれていれば…悔まれてならんわ」
「なんでそこでソリアス??」
「どうでもよいわ。カ―セル。お前は王太子から王子とする。決定だ」
「待ってください。意味が判りません」

「お前の行動の方が意味が解らんわ!顔も見たくない。帰るぞ」

言い残して部屋を出て行く父、国王と母、王妃。
最後に出て行く国王付きの従者を呼び止めるとカ―セルは問いかける。

「殿下、本日の夜会は出席者に【配偶者同士か婚約者同士】という条件があったのです。殿下がそちらの女性を連れて入場されたので、アルトーレ侯爵は激怒されました。そして議会議員の者たちは議会の承認を得ていない婚約者を王家が勝手に選んだとしてこちらも憤慨しております。明日から荒れると思いますよ」

「え?そんなの知らないし、聞いてない」

「陛下から招待状は受け取られたでしょう?でも良かったじゃないですか。議会からどういう評価をされるかは判りませんが、王子として残るなら平民でも妃は迎えられますし、残れない時は廃嫡ですから王籍を抜けてその方と平民として添い遂げる事が出来ます。どちらにしても良かったですね。あ、王太子殿下ではないので今後は王宮内ではなく成人した王子ですので離宮住まいとなります。王子予算から範囲内で使用人もお雇いくださいませ。明日から色々と忙しいですよ」

「嘘だろ」と呟くカ―セルの声は従者には聞こえない。
その後ろで「ダンスは?料理は?」としつこく聞くクララに振り返る気力もない。

王子となれば予算はほとんどない。決裁書類を時折見ているから知っている。
第二王子のソリアスに付いている予算は200万である。まだ幼児だから成人するまでその金を貯めておいて成人後は離宮で暮らすのである。
今まで王太子だったカ―セルは月に3千万予算があったが全て凍結されて使えなくなる。

しかし、絶望の中に光があった。クララと結婚できるのである。
離宮でならつましく暮らせばいいだけだ。平民よりは裕福な生活になるだろうからクララも働く必要はない。ずっと一緒に居られるのだと思うとカ―セルの心が温かくなった。

だが、カ―セルは知らない。妃となる事でクララの親族一同が全ての資産を失う事と、離宮の王子では護衛を付けるのは公式の場のみとなりアイザックに会えない事でクララがどうなるのかと言う事を。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

処理中です...