わたくしは、王子妃エリザベートです。

cyaru

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婚約破棄に向けて

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玄関を見ると1台の馬車が旋回をしている。おそらくは父が帰宅したのだろうとエリザベートはあたりを付ける。そろそろと言っても婚約を結んで妃教育の間はまだ3,4か月に1回だったが、ここ1年半ほどはほぼ毎月、いや2週間に一度は王家に婚約解消を申し出ている。

恒例とも言えるイベントになりつつあるため、王家も返事を用意しているかのように即座に返してくる。勿論その返事は【婚約は継続】で今までそれが覆った事はない。

しかし、今までになくここ1、2か月は解消するのにも最適な時期で且つ、最終リミットとも言える。

結婚式と予定をされている時まであと1年と数日なのである。
残り日数が「年」ではなく「日」となればもう猶予がない。

会場はおそらく大聖堂で、半年前までならば融通が利くだろう。
ドレスや招待客に振舞う料理なども7,8か月あればなんとかなるものである。

どうにもならないのは【招待客】である。王太子の結婚なのだから呼ばれる国も調整が必要になる。
大臣程度を寄越すのは力関係から行けば、エリザベートの母の出身国である帝国。
その他の国は最低でも王太子、皇太子クラスを寄越してくるだろう。当然国王夫妻もありだ。
その招待客の事を考えれば、2か月ほどしか猶予がないと言う事である。

帝国には皇帝宛にもう既に発送している可能性もあるが、最悪母方の祖父母に頼み込めば何とかなる。
従兄弟は全て男ばかりなので、祖父母にしてみれば女の子の孫はエリザベートのみ。
女の子が欲しくて頑張ったが男ばかりの5人兄弟、3人兄弟という母の兄と弟だけでなく、その妻である伯母、叔母からも帝国に行けば着せ替え人形のように服を着せられ、街に手を引かれ、帰りには手土産と言って従兄弟の絵姿と釣り書きを持たされてしまうほどである。
一族が集結してなんとかしてくれるだろう。

屋敷に入ると、帽子を家令に手渡し父の場所を聞く。
母とサロンで食事の支度が整うまで寛いでいると聞き、母もいるなら好都合とサロンに急ぐ。

「お父様っ!お母様っ!」

勢いよく扉を開けると、もう40代なのに仲良くチュッチュと事あるごとにキスをしている両親がいる。見慣れたものなのでエリザベートも使用人も何も驚くことはない。
よくこれで、自分と兄以外に子供が出来ないものだと感心するほどだ。
ちなみに兄は帝国で既に結婚をして農政大臣の副官をしている。
エリザベートの婚約がなければ帰国予定だったが、王太子妃になるのなら色々と面倒なパワーバランスの調整も絡むので兄は家を出たと言う事だ。
ゆくゆくはエリザベートの第二子以降を臣籍降下で継がせるか、第二子以降が出来なければ養子をもらえば済む話である。

「どうしたんだ、エリー」
「そんなに慌てて。驚くじゃないの」
「驚くのはご勝手にどうぞ。恒例のアレですがお願いしますわ」

やはりかと侯爵も用意をしていたのだろう。即座に執事がテーブルに書類を並べる。
しかし、今回はいつもよりも枚数が多い。

「お父様、いつもより枚数が多く御座いませんか?」
「あぁ、多いな」
「時期だからよ。ほら!確定申告の時期なの」

そう言って母は鬼の角を指で見立てて父に向って渋い顔をする。
税は半分以上を納めなければならないためこの時期は父も機嫌が悪い。

「帝国ならあの額だったら3割、隣国でも4割2分だぞ?6割8分ってなんだ?ボッタクリだろ」

売上額も大きい事から当然納付額も多くなる。今年は観光客も昨年の倍近い。
納付額で国の歳入の7割は軽く超えていくだろう。

「議会で提案をしてみてはどうです?」
「してるんだがな‥‥いつも否決される。議会が賛成でも陛下のところで差し戻されて結局否決だ。やるだけ無駄に感じてきたよ」

「ですから、もう侯爵領を帝国に売り払って引っ越せば良いのですよ。税金欲しければ皇帝に請求書でも督促状でも送らせればいいんですから」

皇帝の元に届く督促状。エリザベートはつい想像してしまって笑った。


「例の如く、あの元子爵の娘と茶会をしてたそうね」
「えぇ。議会で遅くなったのを咎められ、陛下に報告に行くのに走りましたわ」
「何を考えてるのやら。この時期の議会が日があるうちに終わる方が珍しいのに」
「そんな事は関係ないのでしょうね。彼女の休みに合わせてますから」

「それに彼女の家、いよいよお金に困りそうよ」
「あら?ご両親も働いていると聞きましたけど?」
「再来月からは父親だけの給料ね。母親は無職になるから」


おおよそ10歳になれば貴族の家は子供に家庭教師を付ける。
4年前まで王太子カ―セルには婚約者がいなかった事から、クララを何処かに養子縁組させて妃に召し上げるかもと言われていたため、平民だとしても「未来の王妃」との繋がりを持つべく王子教育をしていた元子爵婦人に家庭教師を頼む家が多かったがエリザベートが婚約者になった事により、関係を絶つ家が増え、来月の学院入学に合わせ教えていた子は全て入学してしまう。

通常ならその後、親戚や知り合いを紹介するのだが、どこもしなかったという事だろう。
おそらくは両親が共働きだった事で成り立っていた生活が立ち行かなくなる。
母親の給料は今までもクララがカ―セルと茶会をする為の衣服の購入に充てられたはずだ。

カ―セルから婚約者が別にいるのにクララに何かを買い与える事は出来ないからである。
少し考えればわかる事だが、カ―セルもその辺りは気がついていないし、クララも溺愛する両親が次々に購入するので悩みもしなかったのだろう。
クララの仕事も市場で野菜に値札をおいて行くだけの軽作業である。
数か月は貯蓄があってもカ―セルとの茶会は頻繁に開かれる。
その日食べるものに事欠くことが容易に想像できるが残念なのは花畑の中の2人はそれが判っていない。両親は危機感を感じているだろうから母親は家庭教師を募集している家をこれから行脚するだろう。



「婚約の解消なんだが、王太子に言わせることが出来れば一発なんだがな」
「あら?似たような事は毎回言われてますわよ?かなり遠回しですが」
「いや、証人が多い場で言質を取れれば一番いいんだが‥‥夜会とか」

「それはいいかも知れませんわね。一番早い夜会は何時かしら?」
「1週間後、ロードン侯爵家の夜会ね」
「うーん…公爵家は来るかな。ロードン卿は評判が良くない」
「そうねぇ…3大公爵の内、2家には来ててほしいわね。ここは無理かも知れないわ」

「再来月のハミルトン公爵家はどうかしら、確かご子息の婚約発表よ」
「そんな場で…縁起悪くないか?気の毒だよ」
「意外にノってくれるかもしれないわ。ご子息はカ―セル殿下を嫌っているし婚約者の家も確か…あの子爵家にお金を貸してて結局全額返済はなくて泣く泣く折り合い付けた家だから」

侯爵家も王家との婚約は望んだものではない。
婚約をしている上に、年々上がっていく税率にも不満があった。
当主は父だが、実権は母が握っているようなもの。父の血族ももうエリザベートが子を産まなければ絶えてしまうため、親戚だったんだ‥という程度しかいない。

「面倒な事、言うようなら帝国に引っ越せばいいだけよ」
「お母様、口元は扇で隠してくださいませ」

娘が注意をするほど怖い微笑を浮かべる母の口元。

アルトーレ侯爵家がすっぽりと抜ければこの国は立ち行かなくなるのは明白。
まともな貴族は他国へ領地を売り払い移住を勧めるだろう。
最悪、戦争が始まるかも知れないがこの国に領土を拡大する力どころか守る力はない。騎士たちへの給料すら言ってみればアルトーレ侯爵家が税金を払うから支払えているだけなのだから。

「一先ず、こっちはこう考えていると一度貴女から告げてみなさいな」
「婚約解消を?殿下に?」
「そうよ。その上で‥‥ウフフ♡面白くなりそう」
「お母様、口元は扇で隠してくださいませ」

またもや娘に注意をされてしまう侯爵夫人だった。
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