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第01話 一目惚れ
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「すまないが来週の夜会はエスコートが出来ないんだ」
例えるなら公道工事をしていますよ~。
その看板に描かれているマスコットキャラクターのように申し訳なさそうに頭を下げるのはボラツク侯爵家のケイン。御年24歳。
襟足で1つに纏めたサラサラした銀髪があまりにも深く頭を下げているので肩口からはらりと落ちる。
向かいで謝罪をされているのはキュレット伯爵家のソシャリー。21歳。
以前は「何故?」「どうして?」と形式的に聞いたこともあったがもう聞く気にもなれない。
――今週の夜会は、ではなく今週の夜会も!よね――
「解ったわ。呼び止めてごめんなさいね」
わざわざ騎士団の演習場まで来たのは演習を見学できる席があるからなのだが、こうやって足を運ばないとここ1年ほどは連絡もないので、うっかりと社交に出ることも出来ないからである。
「すまないと思ってるんだ。埋め合わせに観劇でも行かないか?ほら、来月から王都公演をする劇団は好きだっただろう?」
「結構よ。今回も同じ返事だろうとは思ったけれど、一応は確認しておかないとって思っただけだから。何かに代替して頂く必要もないわ。そんな時間もないでしょう?」
「時間はあるよ…あるんだけど…君が嫌がるだろう?」
――え?私のせいなの?違うとは言い切れないけどその言い方はどうなの――
言ってやりたいが人目もあり、言葉にしてしまう事がどんなことになるかは理解も出来る。心の中でボコボコとケインにパンチを食わらせてソシャリーは微笑む。
「馬車を待たせているの。この後お母様の御用で行かなきゃいけない所があるから」
「そ、そうか。必ず連絡する。夜会の件は本当に申し訳ないっ」
ケインにはもう微笑む気にもなれないが、取り敢えずの礼儀として軽く会釈をするとソシャリーは日傘を持ってくれる侍女と共に演習場の見学席を後にした。
日傘を持ってくれている侍女のポリーにソシャリーは話しかけた。
「やっと婚約解消だわ。猫をかぶるのももうおしまい!」
「お嬢様、おめでとうございます。1つ訂正が御座いますよ」
「何?帰りに菓子店に寄って行こうかしら」
「いいですね。それ、お供します!」
「訂正があったんじゃなかった?」
「いいんです。猫ではなく虎と言いたかったんですが菓子店に寄るので」
「ちゃっかりしてるわね…」
「お嬢様、ポリーをそんな細い目で見ないでください。照れます」
――ポリーの照れる基準がおかしいわ――
甘いものに目がないポリーはおいといて。
来るときは足も重かったが今は軽い。
「羽が生えたようだわ」
「お嬢様、羽が生えたら天使になっちゃいます」
「やぁねぇ。私が天使?せいぜい堕天使がいいところよ?」
スキップをしてしまいそうにもなるが今日はヒールだった。
やめて正解。そのあと直ぐに侍女のポリーが躓いて転びそうになった。
★~★
6年前、18歳のボラツク侯爵家のケインは恋に落ちた。
その日はデヴュタントの夜会が王宮で開かれていた。警備をしていたケイン。
デヴュタントは貴族の子女が15歳で迎える待ち侘びた社交デビューの日。
満面の笑顔で父親と共に入場口に並ぶソシャリーに目も、心も一瞬で奪われてしまった。
キュレット伯爵家のソシャリーだというのは呼び出しの声で知った。
勤務が終わると引継ぎも申し送りをするにも気もそぞろ。
急ぎ屋敷に戻り、もう就寝していた両親を叩き起こした。
「父上!母上!結婚したい女性がいるんだ!」
「はっ?!」
「どういうことなの?!」
眉目秀麗なケインにはこれまで幾つもの縁談が女性側から舞い込んでいたがケインは全く興味がないと釣書を開くこともなかったし、どこの誰なのか名を聞くこともなかった。
「会ってくれるだけでいい」そう言って格上の公爵家や王弟から持ち込まれた縁談も、顔を立てるために会うだけは会うが自己紹介をした後は一言も話をしない。
無礼者と言われても興味もなければ話をしたいとも思えないのに適当な返しをする方が失礼だと宣う始末。
もしや息子は男色なのかと悩んだ日もあったボラツク侯爵夫妻は眠気も吹き飛んで早速キュレット伯爵家に朝一番の使者を送るために徹夜で書類を整えた。
格上の侯爵家から次期当主のケインが相手。キュレット伯爵家に断る理由はなく、また穏便に断るにしても事業が絡んでいる訳でもないので対応に困った。
貴族の結婚は家同士の契約のようなもので、婚約や結婚をした後に当事者が恋愛をすることはあっても「好きだから」という理由で婚約を申し入れてくる事はなかったのである。
「若いですし、心変わりもあるかも知れません。暫くは婚約を締結せずに様子を見てはどうでしょう?」
侯爵家からの申し込みにフェードアウトが一番無難だとやんわり断ったのだがケイン譲らなかった。
「そんな悠長なことをしている間に他の男に取られてしまう!」
そこまで望んだ婚約だったが、婚約を結んで僅か1か月で事態は急変した。
例えるなら公道工事をしていますよ~。
その看板に描かれているマスコットキャラクターのように申し訳なさそうに頭を下げるのはボラツク侯爵家のケイン。御年24歳。
襟足で1つに纏めたサラサラした銀髪があまりにも深く頭を下げているので肩口からはらりと落ちる。
向かいで謝罪をされているのはキュレット伯爵家のソシャリー。21歳。
以前は「何故?」「どうして?」と形式的に聞いたこともあったがもう聞く気にもなれない。
――今週の夜会は、ではなく今週の夜会も!よね――
「解ったわ。呼び止めてごめんなさいね」
わざわざ騎士団の演習場まで来たのは演習を見学できる席があるからなのだが、こうやって足を運ばないとここ1年ほどは連絡もないので、うっかりと社交に出ることも出来ないからである。
「すまないと思ってるんだ。埋め合わせに観劇でも行かないか?ほら、来月から王都公演をする劇団は好きだっただろう?」
「結構よ。今回も同じ返事だろうとは思ったけれど、一応は確認しておかないとって思っただけだから。何かに代替して頂く必要もないわ。そんな時間もないでしょう?」
「時間はあるよ…あるんだけど…君が嫌がるだろう?」
――え?私のせいなの?違うとは言い切れないけどその言い方はどうなの――
言ってやりたいが人目もあり、言葉にしてしまう事がどんなことになるかは理解も出来る。心の中でボコボコとケインにパンチを食わらせてソシャリーは微笑む。
「馬車を待たせているの。この後お母様の御用で行かなきゃいけない所があるから」
「そ、そうか。必ず連絡する。夜会の件は本当に申し訳ないっ」
ケインにはもう微笑む気にもなれないが、取り敢えずの礼儀として軽く会釈をするとソシャリーは日傘を持ってくれる侍女と共に演習場の見学席を後にした。
日傘を持ってくれている侍女のポリーにソシャリーは話しかけた。
「やっと婚約解消だわ。猫をかぶるのももうおしまい!」
「お嬢様、おめでとうございます。1つ訂正が御座いますよ」
「何?帰りに菓子店に寄って行こうかしら」
「いいですね。それ、お供します!」
「訂正があったんじゃなかった?」
「いいんです。猫ではなく虎と言いたかったんですが菓子店に寄るので」
「ちゃっかりしてるわね…」
「お嬢様、ポリーをそんな細い目で見ないでください。照れます」
――ポリーの照れる基準がおかしいわ――
甘いものに目がないポリーはおいといて。
来るときは足も重かったが今は軽い。
「羽が生えたようだわ」
「お嬢様、羽が生えたら天使になっちゃいます」
「やぁねぇ。私が天使?せいぜい堕天使がいいところよ?」
スキップをしてしまいそうにもなるが今日はヒールだった。
やめて正解。そのあと直ぐに侍女のポリーが躓いて転びそうになった。
★~★
6年前、18歳のボラツク侯爵家のケインは恋に落ちた。
その日はデヴュタントの夜会が王宮で開かれていた。警備をしていたケイン。
デヴュタントは貴族の子女が15歳で迎える待ち侘びた社交デビューの日。
満面の笑顔で父親と共に入場口に並ぶソシャリーに目も、心も一瞬で奪われてしまった。
キュレット伯爵家のソシャリーだというのは呼び出しの声で知った。
勤務が終わると引継ぎも申し送りをするにも気もそぞろ。
急ぎ屋敷に戻り、もう就寝していた両親を叩き起こした。
「父上!母上!結婚したい女性がいるんだ!」
「はっ?!」
「どういうことなの?!」
眉目秀麗なケインにはこれまで幾つもの縁談が女性側から舞い込んでいたがケインは全く興味がないと釣書を開くこともなかったし、どこの誰なのか名を聞くこともなかった。
「会ってくれるだけでいい」そう言って格上の公爵家や王弟から持ち込まれた縁談も、顔を立てるために会うだけは会うが自己紹介をした後は一言も話をしない。
無礼者と言われても興味もなければ話をしたいとも思えないのに適当な返しをする方が失礼だと宣う始末。
もしや息子は男色なのかと悩んだ日もあったボラツク侯爵夫妻は眠気も吹き飛んで早速キュレット伯爵家に朝一番の使者を送るために徹夜で書類を整えた。
格上の侯爵家から次期当主のケインが相手。キュレット伯爵家に断る理由はなく、また穏便に断るにしても事業が絡んでいる訳でもないので対応に困った。
貴族の結婚は家同士の契約のようなもので、婚約や結婚をした後に当事者が恋愛をすることはあっても「好きだから」という理由で婚約を申し入れてくる事はなかったのである。
「若いですし、心変わりもあるかも知れません。暫くは婚約を締結せずに様子を見てはどうでしょう?」
侯爵家からの申し込みにフェードアウトが一番無難だとやんわり断ったのだがケイン譲らなかった。
「そんな悠長なことをしている間に他の男に取られてしまう!」
そこまで望んだ婚約だったが、婚約を結んで僅か1か月で事態は急変した。
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