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VOL:1   婚約者と友人

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「ねぇこれ見て。可愛い~」

予約があっても客を選ぶ事で有名な仕立て屋でゴルゾン伯爵家の令嬢ジュディスは手当たり次第に品を手に取り、店員を連れて試着室を行ったり来たり。

一番安い帽子でも中級文官の年収2年分のお値段がついた店。
傾いてしまい母親の兄、ルーブ男爵家で居候をしているとは思えない豪遊っぷり。

そんな事が何故出来るのかと言えば、試着室から出て来たジュディスを手放しで褒めるヘゼル伯爵家の子息フェリッツがいるからである。

ヘゼル伯爵家もこんな店で買い物を出来るほど裕福ではない。
金が腐るほどあるのはそんな2人の様子を見るのも疲れたのか窓の外を見るレイニー。


レイニー・パウゼンはアンブレッラ王国でも屈指の大富豪パウゼン侯爵家の一人娘。

パウゼン家の次に資産の有る家は王家だが、王家の全財産を合わせてもパウゼン家で資産運用するにも面倒で、ただ寝かせているだけの私財の半分にも満たない。

パウゼン家に買えないものなどない。
店にあるもの「ここからここまで」ではなく、店を卸問屋レベルいや、宝石なら採掘する山から、布なら綿花畑のある土地ごとだったり、羊付きで牧場ごと買い取る。

通常は家屋いや、屋敷も家族と使用人で住んでいるものだが、パウゼン侯爵家はちょっと変わっていてそれぞれに持ち家ならぬ別荘のような扱いで持ち屋敷がある。

レイニーも右も左も判らない2歳の時に敷地面積3万ヘクタールという桁違いの土地に2500坪の屋敷を貰った。桁が違い過ぎて解りにくいので単位を同じにすると30000ヘクタールの敷地中に0.83ヘクタールの屋敷がある。
屋敷は長辺方向に130m、短辺方向で65m弱あり、廊下で100m走が出来るほど大きいのだが土地の広さからすれば「大きな森の小さなお家」である。

幼少期は両足が動力のケリケリ馬乗用玩具に跨って、廊下の端まで行けば息が上がってしまったものだ。ドレスをたくしあげて全力疾走するその令嬢とは思えない体力もその家で培われたもの。

ちなみにあまりにも広いので「かくれんぼ」遊びは屋敷の中で遭難する恐れがあるので禁止となっている。

レイニーの為だけに雇われた使用人は280人。
馬の数も50頭を超えてレイニーは1人しかいないのに馬車は7台。全て最新式で新しいモデルが発売されれば総入れ替え。

今は主(所有者)の名義が祖父のパウゼン侯爵になった屋敷は10を超える。
亡き両親にも1つづつ、亡き祖母、曾祖父母、高祖父母も同様に広大な土地に大きな屋敷を所有していたからである。

残念ながらレイニーの両親はレイニーが生まれて間もなくの頃に黒死病という恐ろしい病が王都を襲い、帰らぬ人となった。

一度は引退をしたものの、レイニーの父だけでなくその弟妹も黒死病で亡くなってしまい、レイニーの祖父が再度当主となった。パウゼン侯爵家の血族はもう祖父とレイニーだけとなっていて、レイニーは厳しく育てられてしまった。

世代の違う祖父の教育は口答えなど許しては貰えないし、質素倹約。常に周囲に気を配り先を呼んで無駄な争いはしないように教育を受けた結果、レイニーは他者の顔色を伺ってしまうようになっていた。


パウゼン家のお抱えになれば3代先まで遊んで暮らせると商会にも言わしめる大富豪。

何が原資かと言えば侯爵家の名の通り国防を担う家であったため戦の度に領地が増え、農作物の収穫だけでなく大きな港も15。東の領地では石炭が取れて、北の領地では宝飾品の原石、南の領地は農作物、西の領地では50年ほど前に金脈が見つかった。

アンブレッラ王国の国民は5000万人ほどだが、パウゼン家が領民として認定しているのは2500万人。半分は他国に籍のある移民だが、パウゼン家がくしゃみをすればアンブレッラ王国は重篤な肺炎と言われるほどに影響力のある家だった。


そんな大富豪の娘、レイニーが婚約者だからか。
ヘゼル伯爵家の子息フェリッツは、まるで自分が買ってやるかのように友人を呼んで買い物をしたり、団体様で10泊ほどの旅行をしたり・・・。勿論支払いは全てパウゼン侯爵家なのだからやりたい放題だった。

今、一緒に店に来ているのは3年ほど前から「友人」と自称するジュディス。
誘われて「行けない」と言えばフェリッツやジュディスの機嫌が悪くなる。支払いさえすれば頭ごなしに文句を言われる事もない、どうせお金は沢山あるのだからと楽な方へ、楽な方へと逃げる習慣があった。

強い口調、つまり命令形で言えばレイニーは「いいよ」と答える。

毎月恐ろしい額の買い物をされてしまってはいても、パウゼン侯爵家からすれば数億など痛くも痒くもない。

レイニーも「変だな」とは思っているがフェリッツは祖父が「この男なら」と婚約を結んだ相手でフェリッツの言動に疑問を呈して祖父の機嫌を損ねるよりは黙っていた方が良いと思い込んでしまっていた。


「窓の外なんか見てないで!ほら、これ、アンタの」
「あ、ありがとう」
「私が選んでやったんだから喜びなさいよ?アンタって侯爵令嬢なのに本当にセンスないんだもの。あ、こっちの品はレクチャー代として貰っておくわ」

屋敷に商会の者を呼べば使用人や祖父に知られる可能性がある事は知っているフェリッツとジュディスはレイニーを連れ出して散々に買い物をした後、パウゼン侯爵家の名で高級飲食店で更に友人も呼んで飲み食いする。

「アンタの」と言われて渡されたのは道化が被るようなド派手な帽子。

「じゃ、私達はレストランに行くけど・・・レイニーはもう帰らなきゃね。請求書は回すように言っておくわ」
「うん。判った」
「なに不貞腐れてるんだ?まさかと思うが一緒に行きたいとか?来てもいいけどさ、お前っているだけで場の雰囲気が壊れるんだよなぁ…空気読むなら来てもいいけど?」
「行かない…行けないわ。この後、用事があるの」
「なら仕方ないよな。俺より大事な用があるんだろ?誘ってやっても来ないんだから文句言うなよ?」


フェリッツは「お手をどうぞ」とジュディスに差し出し馬車に乗り込んでいく。

「あの、その馬車は私の・・・」
「お前さ、未来の夫が旧型の馬車に乗ってて恥ずかしくないわけ?」
「そうじゃないけど・・・」

乗って来た馬車はフェリッツに取られ、フェリッツとジュディスが乗って来た馬車で帰るしかない。尤もその馬車も所有者はレイニーで貸してくれと言ったので貸しただけ。

中に入れば飲み食いしたのか食べかすが散らばり、酷い香りが充満していた。
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