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番外編:サイモンの嫁取物語
第Ⅵ話
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物は試しと王弟の元に行き「受講カード」をサイモンは提案した。
「ほぅ。なるほどな。しかし講義の内容を何処まで理解したかは参加した事を認めるだけは不十分だろう」
「あ、そうですね…」
丁度お茶を運んで来た王弟の妃が「受講カード」を覗き込んだ。
「ふーん。ならその日の講義の最後に簡単な試験をすれば良いのではありませんか?」
「確認テストのようなものか」
「えぇ。優・良・可・不可で色分けして、1週間ないし1か月で優のスタンプが何個以上で翌月の配給食にランクを付けて見ては?」
あまりにも受講する者が来ないので、講義を聞けばパンを配給してみたのだがパン目当ての者は数人来たが居眠りをしたり、時間を潰すだけ。
王弟妃はパンの配給をするのは「不可」としたものだけで、優・良・可を点数分けし、一定の点数に到達した者には「パン、スープ、サラダ、肉や魚のメイン」が食べられるミールクーポンとすれば良いと言った。
優なら翌月は4つ、良ならメイン無し、可ならパンとスープだけ、不可ならパンだけ。
王弟妃は続けた。
「家族の分もとなれば態度も変わるんじゃない?その上、そのカードの枚数がたまれば就職の斡旋時にも役に立つと言うのを判ってもらえるよう説明したらいいんじゃないかしら」
しかし、王弟とサイモンの顔は晴れない。
「そうなると配給食を揃えるにも金がかかる。料理人も用意しなければならないし」
愚痴めいた事を漏らす王弟に王弟妃は呆れながらも助言した。
「料理人も希望する者を育成すればいいのです。栄養学を教え、目の前で作った料理の感想が人数分聞けるのですから改良するにも新しい創作料理も生み出すにも役に立つのではなくて?」
それでも渋い顔の2人。
サイモンは問題点があるのだと王弟妃に言った。
「受講の内容だけ聞いてパンを持って行く。それは良いんです。問題はそのパンを盗んでいくやつもいるんです。食材などを用意して盗まれた時、料理人として育てて‥言葉は悪いですが逃げられた時は手を掛けただけ損になります」
サイモンの心配は尤もなのだが王弟とサイモンに茶を注ぎながら王弟妃は言った。
「あなた達は人を育てる話をしているのでしょう?費用がかかって当たり前。ある程度の損切りも含んで当然。1つの方向から結果を推測するのではなく多方面から見てはどう?」
「多方面…ですか?」
「そうよ、さっきも言ったでしょう?貰う側の人間を与える側の人間に育てるのは外から料理人を引っ張ってくれば人件費も材料費も光熱費もぜーんぶ出ていく一方。でも料理人だって育成すれば数年で育成した人間が次を教えるのよ?初期投資は必要なの。でもね、あなた‥‥イリスの側にいて何を見てたの?」
サイモンには思い当たる事があった。
人材育成をしている医療院の事だと思ったのだ。
「医療院…ですよね」
「そうね。でも医療院に限らないわ。イリスの実家は紡績業。糸を作るお家でしょう?」
「はい、そう…聞いています」
「糸を作るだけでなく、糸を作るために羊や土壌改良をして、レント家の廃坑にするしかない穴を再利用。初期投資は必要だけど如何に抑えて効率よく結果を出すか。紡績だけに囚われていないから派生して出来た事よ。ワインの貯蔵だけじゃなく先日の茶会では貯蔵の温度に変化があって売り物にならないワイン。聞いて驚いたわ。どうしたのか覚えていて?」
「はい…保存方法を変えました。幾つかに仕分けして…」
イリスは坑道を使いワインの低温熟成を始めたのだが、小さな風穴から入り込む風で温度に変化は顕著に無くても空気が動く事で試飲してみたところ味に違いが出てしまった。
なのでワインを20本ごと、5種類の管理方法に変えて熟成を継続させた。
『従来の方法でなら失敗かも知れませんが5年後、10年後には別の方法に転換させた事で美味しいワインになるかも知れません。失敗したと思わなかったらその方法を試す事もなかったでしょうからこれはチャンスでもあるんです』
今までなら問答無用で廃棄処分となるのを「従来の方法では失敗」なだけでそこから次を見出し、結果的に廃棄せねばならない結果になったとしても、それを見込んでリスクを分散させたイリス。
『失敗しなければ成功かどうかも解りません。成功だと思ってもそこで止まれば成長はありません。物事を始めると何でも成功するとも限りませんから失敗を失敗にしない次を考えるのが楽しいのです』
『育てた人材が逃げ出した、持ち逃げしたとしても?』
『刺繍で針の使い方を覚えたら縫製もしたくなる。荷運びをしていれば効率よく運ぶ機材は出来ないかと機器製作に興味を持つ。人なので知識が増えれば一定数は離れて行きます。それは失敗ではないんです。別の事業でその分野の経験を積んだ彼らと手を取り合う事もあるでしょうし』
イリスは王弟妃に言い、王弟妃はその言葉に目から鱗が落ちた気がしたのだ。
それまで余程の貧困層でない限り、親が配送をしていれば配送、鍛冶屋なら鍛冶屋と子供の就く仕事も限定されていた。調理師になる、看護師になる、講師になると専門分野を教えてもらえば夢を叶える者もいるだろうし、夢の途中で別の新しい道を切り開く者だっている。
イリスは手を掛け、金をつぎ込んだ上で予定数を確保できないとなっても気にも留めていなかった。
『だって、私自身が誰もが考えた当初の予定とは違う道を歩いていますから』そう言って笑ったのだ。
王弟妃の言葉にサイモンと王弟は腹を決め、ダメな時はもう一度考えてみようと受講カード導入に踏み切ったのだった。
「ほぅ。なるほどな。しかし講義の内容を何処まで理解したかは参加した事を認めるだけは不十分だろう」
「あ、そうですね…」
丁度お茶を運んで来た王弟の妃が「受講カード」を覗き込んだ。
「ふーん。ならその日の講義の最後に簡単な試験をすれば良いのではありませんか?」
「確認テストのようなものか」
「えぇ。優・良・可・不可で色分けして、1週間ないし1か月で優のスタンプが何個以上で翌月の配給食にランクを付けて見ては?」
あまりにも受講する者が来ないので、講義を聞けばパンを配給してみたのだがパン目当ての者は数人来たが居眠りをしたり、時間を潰すだけ。
王弟妃はパンの配給をするのは「不可」としたものだけで、優・良・可を点数分けし、一定の点数に到達した者には「パン、スープ、サラダ、肉や魚のメイン」が食べられるミールクーポンとすれば良いと言った。
優なら翌月は4つ、良ならメイン無し、可ならパンとスープだけ、不可ならパンだけ。
王弟妃は続けた。
「家族の分もとなれば態度も変わるんじゃない?その上、そのカードの枚数がたまれば就職の斡旋時にも役に立つと言うのを判ってもらえるよう説明したらいいんじゃないかしら」
しかし、王弟とサイモンの顔は晴れない。
「そうなると配給食を揃えるにも金がかかる。料理人も用意しなければならないし」
愚痴めいた事を漏らす王弟に王弟妃は呆れながらも助言した。
「料理人も希望する者を育成すればいいのです。栄養学を教え、目の前で作った料理の感想が人数分聞けるのですから改良するにも新しい創作料理も生み出すにも役に立つのではなくて?」
それでも渋い顔の2人。
サイモンは問題点があるのだと王弟妃に言った。
「受講の内容だけ聞いてパンを持って行く。それは良いんです。問題はそのパンを盗んでいくやつもいるんです。食材などを用意して盗まれた時、料理人として育てて‥言葉は悪いですが逃げられた時は手を掛けただけ損になります」
サイモンの心配は尤もなのだが王弟とサイモンに茶を注ぎながら王弟妃は言った。
「あなた達は人を育てる話をしているのでしょう?費用がかかって当たり前。ある程度の損切りも含んで当然。1つの方向から結果を推測するのではなく多方面から見てはどう?」
「多方面…ですか?」
「そうよ、さっきも言ったでしょう?貰う側の人間を与える側の人間に育てるのは外から料理人を引っ張ってくれば人件費も材料費も光熱費もぜーんぶ出ていく一方。でも料理人だって育成すれば数年で育成した人間が次を教えるのよ?初期投資は必要なの。でもね、あなた‥‥イリスの側にいて何を見てたの?」
サイモンには思い当たる事があった。
人材育成をしている医療院の事だと思ったのだ。
「医療院…ですよね」
「そうね。でも医療院に限らないわ。イリスの実家は紡績業。糸を作るお家でしょう?」
「はい、そう…聞いています」
「糸を作るだけでなく、糸を作るために羊や土壌改良をして、レント家の廃坑にするしかない穴を再利用。初期投資は必要だけど如何に抑えて効率よく結果を出すか。紡績だけに囚われていないから派生して出来た事よ。ワインの貯蔵だけじゃなく先日の茶会では貯蔵の温度に変化があって売り物にならないワイン。聞いて驚いたわ。どうしたのか覚えていて?」
「はい…保存方法を変えました。幾つかに仕分けして…」
イリスは坑道を使いワインの低温熟成を始めたのだが、小さな風穴から入り込む風で温度に変化は顕著に無くても空気が動く事で試飲してみたところ味に違いが出てしまった。
なのでワインを20本ごと、5種類の管理方法に変えて熟成を継続させた。
『従来の方法でなら失敗かも知れませんが5年後、10年後には別の方法に転換させた事で美味しいワインになるかも知れません。失敗したと思わなかったらその方法を試す事もなかったでしょうからこれはチャンスでもあるんです』
今までなら問答無用で廃棄処分となるのを「従来の方法では失敗」なだけでそこから次を見出し、結果的に廃棄せねばならない結果になったとしても、それを見込んでリスクを分散させたイリス。
『失敗しなければ成功かどうかも解りません。成功だと思ってもそこで止まれば成長はありません。物事を始めると何でも成功するとも限りませんから失敗を失敗にしない次を考えるのが楽しいのです』
『育てた人材が逃げ出した、持ち逃げしたとしても?』
『刺繍で針の使い方を覚えたら縫製もしたくなる。荷運びをしていれば効率よく運ぶ機材は出来ないかと機器製作に興味を持つ。人なので知識が増えれば一定数は離れて行きます。それは失敗ではないんです。別の事業でその分野の経験を積んだ彼らと手を取り合う事もあるでしょうし』
イリスは王弟妃に言い、王弟妃はその言葉に目から鱗が落ちた気がしたのだ。
それまで余程の貧困層でない限り、親が配送をしていれば配送、鍛冶屋なら鍛冶屋と子供の就く仕事も限定されていた。調理師になる、看護師になる、講師になると専門分野を教えてもらえば夢を叶える者もいるだろうし、夢の途中で別の新しい道を切り開く者だっている。
イリスは手を掛け、金をつぎ込んだ上で予定数を確保できないとなっても気にも留めていなかった。
『だって、私自身が誰もが考えた当初の予定とは違う道を歩いていますから』そう言って笑ったのだ。
王弟妃の言葉にサイモンと王弟は腹を決め、ダメな時はもう一度考えてみようと受講カード導入に踏み切ったのだった。
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