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番外編:サイモンの嫁取物語

第Ⅴ話

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その夜、サイモンは遅い時間で執務をこなすイリスが一区切りついたと背伸びをしたところで話しかけた。


「イリス様、話があるんですけど」
「何かしら」
「実は…僕、いえ私のような出自の者にもチャンスと権利を与えて欲しいと思いまして…穴だらけなんですけど読んで頂けますか?」
「いいわよ。見せて」

サイモンは手製の、昼間王弟とフィリス侯爵にも手伝って貰って手直しをした概要書をイリスに手渡す。イリスは最初のページと次のページを半分ほどだろうか。ななめ読みしたくらいの短い時間でサイモンに答えを返した。

「いくら出せば足りそう?場所はもう決まっている所があるの?」
「ちゃんと読んでください。3枚目、4枚目は開いてもないじゃないですか」
「後で読むわ」
「後って…じゃぁ返事もその時でいいです」
「返事は今よ。賛同するわ。読まなくていいの。サイモンさんにはビジョンがあるんでしょう?私はサイモンさんを信用してるもの。ただ、この融資。レント侯爵家は様子見。私の私費から出すわ」
「私費?!ダメですよ」
「何故?」
「僕を信用してくれるのは嬉しいけど、個人資産って!!」
「サイモンさん、そこで遠慮しちゃダメよ。じゃぁ次はレント侯爵家からもヨロシクくらい言わないとダメよ。いい?こう言うのはね、どこからそんな自信が?!って相手が引くくらいに強気で図々しくならなきゃ。概案に突っ込まれても ”後日回答します!” って強気の一択!人間だから判らない事の1つや2つや3つや4つ――うにゃ?」


――あぁ、もう好き過ぎる!こんな君をせられたら身を引けないよ――


サイモンを体の細胞1つ1つが突き動かす。
イリスの言葉に堪らずイリスを抱きしめてしまったサイモンだった。


今を時めくイリス・レントが賛同したと知ると、今まで門前払いだった貴族から「是非話を聞きたい」とサイモン宛に先触れが届く。

改めてイリスとの立場の違いを実感してしまうが、執務が終業時間を迎えるとサイモンはイリスに「行ってらっしゃい」と見送られて貴族への説明に出向く。

――きっとこれが手のひらの上で踊らされているって事かな――

そう思いながらも声を掛けてくれた貴族の家に出向く。
王弟も国策だとして借り上げた広さのある家に引退した元講師を派遣し貧しい者に学びの場を提供する。

このままではいけないと這い上がろうとする者や、せめて子供には学びをを考える親は子供と共にやって来るがイリスに相談をした3か月目までは講師しかいない教室ばかり。


「どうしよう。どうしたら皆、来てくれるんだ」


始めたは良いが人が集まらない状況にサイモンは執務中もつい考え込んでしまう。

そんなサイモンにアリスの声が聞こえた。


「わっ!本当ですね?後で無かった事にしないでくださいよ?」
「そんな事しないわ」
「それだと皆のやる気は全然違いますよ!やった!これで娘にピアノが買える」
「アリス…結婚もしてないし彼氏もいないのに…」
「だからですよ!グランドピアノって高価なんですよ。10年も貯めればウッシッシ♡その頃には多分ですけど結婚している予定ですっ」

何かと思えば「賞与制度」をイリスがアリスに説明をしていた。
今までは何か特別な事をすればご褒美的にその時だけ賞与が与えられていたが、国内で初めてレント侯爵家が屋敷の使用人に対して年に2回の賞与を与える計画を話していた。

一律ではなく、勤務日数、勤務態度に応じて給料とは別に最高額で基本給の5倍が貰える。最低の場合でも基本給の半額。

そして何か特別な事をした時には「特別賞与」として別途に今まで通り貰える。


――そうか、そうすれば遅刻、早退がなければ減点される事はないんだ――

ヒントを見いだしたサイモンの耳には更に声が聞こえる。


「でね、これを各自に渡して欲しいの」
「なんです?これ」
「シフト表に応じた勤務日カード。始業前、終業後に担当部署の責任者に渡してスタンプを押して貰うのよ。始業前ならスタンプ1つ。遅刻はなし。終業後もスタンプ1つ、早退はなし」
「え?お子さんの発熱とかはどうするんです?」
「お抱え医者での診察記録があれば私が照らし合わせてスタンプを押すわ」


医者に診察をしてもらうのも高額。解熱剤3回分で1カ月の給料が飛ぶ。

イリスはまだダイヤモンド採掘をしている坑道もある事から怪我は付き物だし、遠い領地で病気になっても医師がいない事は問題だと考え、医師や看護師など医療に従事する事を希望する者には学ぶ場を与えている。

医療系は専門の学問所もあるが入学金も授業料も桁違いで低位貴族でも通わせることが出来ない。ならば自分の所で育成すれば教える講師へ支払いだけで済むとラジェットととの婚姻時から育成事業に取り組んでいる。

1期生はそろそろ修了時期を迎えるので医療院で働いているが、彼らに実践の場を与えてくれている事で医療院にもかなりの額を出資しているので繋がりを利用し、レント侯爵家で働く使用人や事業で雇った従業員はその家族も支払はレント家で診察や治療をしてもらえる。

その場で清算をしなくても医療院が後日レント家に請求をするシステムを作った。医療を学んだ者は5期生が出るころまでにはレント家が民間医療院を開院して働いて貰う予定。

そうしないと2、3期生だけではシフトが回らないためだ。

本当に家族が病気やケガなら医療院に行くのは間違いない。


――そうか!継続してやって来た者にご褒美的なものがあれば――

物で釣るのは良くないがスタンプカードで通った実績が目で見て確認出来ればもっと!と考える者だっているし1週間や10日で区切って何か褒章的なものがあるとなれば更に継続するかも知れない。

サイモンの考えを後押しするようにイリスがアリスに向かってまだ白紙のスタンプカードを見せながら言った。

「何枚も貯まれば、もし他家に仕事先を変えたいって時も紹介状の中身を裏付ける証拠にもなるでしょう?」
「確かに。満杯のカードが沢山あればそれだけ真面目に勤務したって証拠ですもんねっ」

――って事は、就職をする時も継続性をアピールできるんじゃないか?――


ぼんやりとした計画が形として見えてきた。
そんなサイモンを見てイリスとアリスがうんうんと頷いていたのをサイモンは知らない。

アリスが持ち場に戻るついでに声を掛けていく。

「サイモンさんにもこのアリスがっ!惨敗カードを進呈します」
「惨敗?なんだそれは」
「イリス様にこくってごめんニャされる度に、惨敗、惜敗、微妙のスタンプをこのアリス様がっ!ペタっと押すんです」
「要るか!!要らんわ!持ち場に戻れ!」

アリスは「ウケケ」笑いながら部屋から出て行った。
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