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第30話   目敏いアリス

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4カ月も経つとレント領の坑道の調査も終わった。調査した内容をイリスは調査員たちと纏める作業に入り、季節も変わって来たので渡り鳥が飛来する時期にもなった。

もうこの時期になると王都に戻ることは出来ない。移動の途中で幾つか山を越えねばならず山頂近くは白い帽子を被っているので移動は危険を伴う。

「アリス~行くわよ」
「はぁい!」

休みを利用してため池のガマの穂は確認をした。
広さのある池だが、ガマが群生しているのは一部であり事業化するほどの量が見込めないと判断した。全てを刈り取ってしまうと生態系を壊す事にもなるので見切りは早いほうがいい。イリスはガマの穂はスッパリと諦めた。

「坑道の中って冬場は温かいそうですよ」
「らしいわね。温度は13~15度で奥に行けばほぼ15度。入り口近くは外気の影響を受けやすいから来た時みたいな気温だと30度くらいね」
「あ、そうか。冬は外の方が雪が降ったりして氷点下になるから温かく感じるんですね」
「そう言う事ね。でもワインの貯蔵とかキノコの栽培は出来そうよ」
「後は羽毛ですね。今日はがんが来てますかね~」
「来てるといいいんだけど」

2日に1回は雁の飛来を確認するために出向いているのだが、今のところお目にかかれてはいない。

やっとアリスと雁の飛来するというい池にやって来たが見渡す限り見えるのは水面。
しばらく姿を探しては見たが水の上にも空にも雁は確認できなかった。

「寄り道でもしてるんでしょうかね。また明後日かぁ。早く来ないかな~」

アリスのボヤキと共に帰宅をすると久しぶりな顔が目に入った。


「サイモンさん!!」
「若奥様。お久しぶりです。遅くなって申し訳ございません。やっと水質の調査が終わったので調査書をお持ちしました」
「ありがとう。凄く急いだんじゃないの?向こうの山はもう山頂も雪だったでしょう?」
「そうですね。夜は風が凄かったんですけど朝は幻想的でした。風で木に流されて張り付いた雪が横向きのつららになってキラキラしてましたよ」

サラッと言っているが非常に危険な状況だったと解っているのだろうか。イリスは1つ間違えば凍死してしまう寒さだったと言う事なのにサイモンのお気楽さが心配になった。

そしてさらに驚く事があった。

書類を手渡すサイモンの動作がぎこちない。
変だなと思いパラリと書類を捲ると…。

「え?嘘でしょ…」
「どうしました?成分的には――」
「違うわよ!調査書の日付!2週間前じゃない!」
「えぇ。朝一番で取りに行きましたので」
「そうじゃ無くて!ここまでどうやって来たの!寝ずに走ったんじゃないの?」
「いえ、寝ました(馬の上で)」

早馬並みのスピードで駆けてきたとしか思えない。
ふと見ると到着したばかりのサイモンの手の平は手綱をずっと握っていたのか指が丸まってしまい、ぐっと広げる事が出来なくなっているし、皮は何度も剥けてボロボロだった。おまけに凍傷になりかけている。


「こんな状態で!!ダメじゃないの!」
「調査書が出来るまでこんなに時間がかかると思わなかったんです。若奥様に早く知らせたくて…」
「だとしてもよ。こっちに来て。手当をするわ」
「大丈夫ですよ。このくらい」
「大丈夫じゃないわ。アリス、お湯を沸かして。それから桶、桶はある?両手の分2個!」
「は、はいっ!リビングにお持ちしますっ!」

サイモンをリビングに連れて行き、体温より温かい40度ほどの湯にサイモンの手を浸す。イリスは抵抗するサイモンの靴も脱がせた。

「足も凍傷になりかけてるじゃないの!痛かったでしょう?我慢しちゃだめよ」
「若奥様、足は汚いので」
「汚いとか言ってる場合じゃないわよ。アリス!桶をあと2つ!あぁっ!サイモンさんニギニギしたり揉んだりしちゃダメよ!」
「ダメなんですか?」
「今は温めるだけ!」
「はぃ」

椅子に座らせたサイモンの手はテーブルの桶に。足元にも桶が置かれ、足を浸した。数分するとアリスが追加で湯を注ぐ。浸していると温度が下がるのでつぎ足す必要があるからだが、あっという間に桶から湯が溢れて辺り一面水浸しになった。

「若奥様、掃除が大変ですよ」
「大変なのは放って置いた時!掃除なんか10分、20分で終わるわ。手の皮も剥けちゃって…ホントに無茶はしないで」
「判りました。若奥様がそういうなら無茶はしません」
「私が言わなくても無茶はダメよ!何かあったらご家族も悲しむでしょう?」
「あ。俺…いえ僕、家族居ないんで」

――うわ、私、禁断の船底を踏み抜いちゃった?!――


「‥‥ごめんなさい。気を悪くしたわね」
「全然。旦那様から聞いてませんか?僕、大公家の門の前に乳飲み子の時に捨てられてたんですよ。親も大公家なら何とかすると思ったんですかね」


サイモンは推定生後3か月で大公家の正門の前に冬の寒い日、肌着1枚で木箱に入れられて捨てられていた。門番が丁度交代の時間を狙ったと思われる。
直ぐに見つけられて保護されたのだが、探しても親は結局判らず終い。

レント侯爵夫人の父は孫ほどの年齢のサイモンを引き取って育てたが身分が身分なので出自の判らないサイモンを養子縁組する事は叶わなかった。その代わり十分な教育や生活を与え13歳で一般の貴族子息が18歳で履修する内容を終えたのでレント侯爵家に執事見習いとして預けられた。

以来5年間でめきめきと頭角を現し見習いが取れて現在は19歳だが執事をしている。


30分ほど手足を温めアリスと手分けして軟膏を塗って清潔な包帯で患部を巻いていく。

「サイモンさん、結婚しないの?そこそこ顔もいいのに」
「こら!アリス。そう言う事は聞かないの」
「いいですよ。恋人はいないですね。好きな人はいますけど」
「告白すればいいのに。若奥様と一緒に全力応援するよ?」
「あぁー‥‥」

何処を見るともなくサイモンが言葉を濁した。

「いいんだ。高嶺の花だから見てるだけで丁度かな。アハハ」
「うっわぁ…身を焦がす蛍なんだ?顔に似合わず」
「さっき顔はそこそこいいって言ったばかりだろうが!」
「社交辞令!空気読めない男は嫌われるわよ。ね?若奥様っ」
「アリス、お喋りは終わり。はい!手当も終わり。時間が来たら薬も塗らなきゃだし包帯も交換するわ」
「はい」

目敏いアリスは見逃さなかった。

――フォッ?!サイモンさん、もしかして???――

サイモンは返事をしながら少し俯いたが、耳が真っ赤だったことを。
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