上 下
27 / 49

第27話   兄弟喧嘩の果てに

しおりを挟む
レント侯爵家にはサイモンだけが戻り、戻った理由を報告するとレント侯爵夫妻は行動を褒め、調査結果を持って単騎にはなるが遅れて領地に向かうように命じた。

「結果が早く出るといいんだけど」

レント侯爵夫妻が心配をするのはイリスの滞在が8カ月と長期に渡るのは調査そのものは3、4カ月もあれば終わるのだが時期的に雪が降り始めるので移動が困難となるため。

持ち込んだ水の調査が半年かかるのならサイモンは領地に向かう事も出来ずイリスの帰りを待った方が安全になる。

「しかし、早々だね。純水を知っているとは。益々イリスを手放すのが惜しくなる」
「本当に。残ってくれる選択をしてくれたら安泰なのに」
「無理だろう。あの子は一度言ったら…きっと失敗だと実感するまで信念は曲げないと思うからね」
「惜しいわね。ライモンドがあの子を連れて来さえしなければ」
「今更だよ。そうなっていればラッセルが辺境に行くこともなかったんだから」
「世の中、上手くいかないものね」

侯爵夫妻とサイモンが執務室でやり取りをしていた時、ライモンド付きの従者が飛び込んできた。

「大変です!ラジェット様とライモンド様が!!」
「2人がどうしたと言うんだ」
「それが…ライモンド様とメアリー様が言い争いをしている所にラジェット様が来られ、メアリー様を・・・」

従者の話によればライモンドとメアリーが夫婦喧嘩をしているところにラジェットが乱入し、メアリーに拳を叩きこみ、ついでライモンドに殴りかかったが、そこでライモンドも防戦よりは手を出し、現在2人が取っ組み合いになって殴る蹴るの乱闘をしていると言う。

同じ屋根の下とは言え、中央に玄関があり侯爵夫妻は右側、子供たちの部屋は左側にあるので騒ぎに気が付かなかった。


侯爵夫妻とサイモンがライモンド付きの従者に先導されて部屋に行ってみるとメアリーは拳を正面からまともに受けたようで鼻が折れ、鼻血を出して失神しているし、ラジェットは手に花瓶、ライモンドは手に絵画を持って向かい合って威嚇している。2人の顔からも鼻血なのか口の中なのか出血しているようで本気の乱闘だった。

「やめなさ――」
「いいのよ。やらせましょう」

レント侯爵が止めるように声をあげようとすると夫人が侯爵を止めた。

侯爵夫人はいい加減ラジェットには腹も据えかねる思いがあった。自分の息子の仕業であるイリスの髪を見て絶句した。イリスはラジェットが絡んでいるとは一言も言わなかったがミモザから報告は受けている。

髪を落とすのをイリスが命じたとしても原因を作ったのはラジェット。
そこまで行かなくても女性の髪を掴んで引っ張るなんて暴力は許せなかったのだ。

夫であるレント侯爵が最終的に後継は決定するが、夫人としてはラジェットは「ない」ともう見限っていた。どうしてもと選ぶのならレント侯爵と離縁してもいいとまで考えていた。


そのまま黙って部屋にいるもの全てが2人を注視する。すると気配に気が付いたのか2人は手にしていた花瓶と絵画を放り投げた。

「いきなり暴力なんてほんと、スマートじゃないね」
「なんだと!散々夫婦で人の事をバカにしやがって!」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんだ?あぁ兄上は馬鹿じゃなかったな。破落戸と変わらないんだったな」

体躯は明らかにラジェットのほうが良い。ライモンドは細身なので体重もラジェットの半分もない。その分身のこなしが素早いので動きの鈍いラジェットから渾身の一撃を食らわなかったのだろう。

舌戦を始めるかと思ったが両親も見ている事に気が付くと2人は距離をとり、ラジェットは黙ってライモンドの部屋を出て行った。



ライモンドの部屋を飛び出したラジェットは自分の部屋に戻る気にもなれず、庭に出た。

殴られた場所も痛いし、殴った手も痛い。
それよりも痛かったのは心だった。

「僕は利用されてただけなのか。メアリーを守ってやりたかっただけなのにそれすら嘘だったなんて」

悔しくて涙がぽろぽろと目から溢れて落ちてシャツの腹の部分にシミを作る。

溜息を吐き、周囲を見渡すと木と木の間に別棟の屋根の一部が見えた。

「謝ろう。僕が悪いんじゃない。僕を騙したメアリーが悪いんだ。踊らされていただけなんだからイリスは僕を許してくれる。悪く無くても僕が謝るんだから」

とぼとぼ歩き、別棟の近くまで行くと使用人達の話し声が聞こえた。


「若奥様、どこまで行ったでしょうね」
「1週間だからな。そろそろ3つ目の山に差し掛かった頃じゃないか?」
「アリスはおっちょこちょいだからなぁ。ちゃんとやってるかな」

――1週間?何処かに出掛けているのか?――

ラジェットは前回来た時、イリスが実家に戻っている事を8日目まで知らなかった。そして今回一度帰宅したかも判らなかったが話からすれば帰宅はしていてさらに出掛けて1週間目なのだと知った。

――何処に行ったと聞いても教えてはくれないだろうな――

そのまま聞き耳を立てるが決定的な場所を使用人達は口にしない。
そうこうしているとミモザの声がして使用人達は散って行った。

――何処に行ったんだ?1週間目で3つ目の山…どこだ?――

3つ目の山となれば2つは超えているので王都でない事は確か。
実家のある副王都は道が整備されたので山を越えるという表現をする者はいない。

――もしかして…レント領?!領地に行ったのか?――

何故レント領に行ったのか判らないし、本当にレント領なのかも判らない。
ただラジェットはライモンドもだがメアリーもいる屋敷に居たくなかった。

クルリと踵を返すと本宅に戻り、父親がライモンドを叱責する声が響く階段を駆け上がって部屋に戻るとクローゼットに入りトランクを引っ張り出す。

着替えとなる衣類を無造作に詰め込み、手持ちの宝飾品もポケットに捩じ込んだ。

レント領に向かっているのであれば、馬で駆ければ追いつくのも早いだろうが如何せんこの体。ラジェットが騎乗できる馬は1頭もなかった。

トランクを手にそっと屋敷を抜け出したラジェットは辻馬車を拾い、レント領向けに出立するトラックを求めて長距離移動のトラック乗り場に向かったのだったが、レント領向けは道が整備されていないのでトラックは出ていない。幌馬車乗り場だと気が付く事は出来るかこの時点では不明だ。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

誰にも口外できない方法で父の借金を返済した令嬢にも諦めた幸せは訪れる

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ジュゼットは、兄から父が背負った借金の金額を聞いて絶望した。 しかも返済期日が迫っており、家族全員が危険な仕事や売られることを覚悟しなければならない。 そんな時、借金を払う代わりに仕事を依頼したいと声をかけられた。 ジュゼットは自分と家族の将来のためにその依頼を受けたが、当然口外できないようなことだった。 その仕事を終えて実家に帰るジュゼットは、もう幸せな結婚は望めないために一人で生きていく決心をしていたけれど求婚してくれる人がいたというお話です。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...