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第27話 兄弟喧嘩の果てに
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レント侯爵家にはサイモンだけが戻り、戻った理由を報告するとレント侯爵夫妻は行動を褒め、調査結果を持って単騎にはなるが遅れて領地に向かうように命じた。
「結果が早く出るといいんだけど」
レント侯爵夫妻が心配をするのはイリスの滞在が8カ月と長期に渡るのは調査そのものは3、4カ月もあれば終わるのだが時期的に雪が降り始めるので移動が困難となるため。
持ち込んだ水の調査が半年かかるのならサイモンは領地に向かう事も出来ずイリスの帰りを待った方が安全になる。
「しかし、早々だね。純水を知っているとは。益々イリスを手放すのが惜しくなる」
「本当に。残ってくれる選択をしてくれたら安泰なのに」
「無理だろう。あの子は一度言ったら…きっと失敗だと実感するまで信念は曲げないと思うからね」
「惜しいわね。ライモンドがあの子を連れて来さえしなければ」
「今更だよ。そうなっていればラッセルが辺境に行くこともなかったんだから」
「世の中、上手くいかないものね」
侯爵夫妻とサイモンが執務室でやり取りをしていた時、ライモンド付きの従者が飛び込んできた。
「大変です!ラジェット様とライモンド様が!!」
「2人がどうしたと言うんだ」
「それが…ライモンド様とメアリー様が言い争いをしている所にラジェット様が来られ、メアリー様を・・・」
従者の話によればライモンドとメアリーが夫婦喧嘩をしているところにラジェットが乱入し、メアリーに拳を叩きこみ、ついでライモンドに殴りかかったが、そこでライモンドも防戦よりは手を出し、現在2人が取っ組み合いになって殴る蹴るの乱闘をしていると言う。
同じ屋根の下とは言え、中央に玄関があり侯爵夫妻は右側、子供たちの部屋は左側にあるので騒ぎに気が付かなかった。
侯爵夫妻とサイモンがライモンド付きの従者に先導されて部屋に行ってみるとメアリーは拳を正面からまともに受けたようで鼻が折れ、鼻血を出して失神しているし、ラジェットは手に花瓶、ライモンドは手に絵画を持って向かい合って威嚇している。2人の顔からも鼻血なのか口の中なのか出血しているようで本気の乱闘だった。
「やめなさ――」
「いいのよ。やらせましょう」
レント侯爵が止めるように声をあげようとすると夫人が侯爵を止めた。
侯爵夫人はいい加減ラジェットには腹も据えかねる思いがあった。自分の息子の仕業であるイリスの髪を見て絶句した。イリスはラジェットが絡んでいるとは一言も言わなかったがミモザから報告は受けている。
髪を落とすのをイリスが命じたとしても原因を作ったのはラジェット。
そこまで行かなくても女性の髪を掴んで引っ張るなんて暴力は許せなかったのだ。
夫であるレント侯爵が最終的に後継は決定するが、夫人としてはラジェットは「ない」ともう見限っていた。どうしてもと選ぶのならレント侯爵と離縁してもいいとまで考えていた。
そのまま黙って部屋にいるもの全てが2人を注視する。すると気配に気が付いたのか2人は手にしていた花瓶と絵画を放り投げた。
「いきなり暴力なんてほんと、スマートじゃないね」
「なんだと!散々夫婦で人の事をバカにしやがって!」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんだ?あぁ兄上は馬鹿じゃなかったな。破落戸と変わらないんだったな」
体躯は明らかにラジェットのほうが良い。ライモンドは細身なので体重もラジェットの半分もない。その分身のこなしが素早いので動きの鈍いラジェットから渾身の一撃を食らわなかったのだろう。
舌戦を始めるかと思ったが両親も見ている事に気が付くと2人は距離をとり、ラジェットは黙ってライモンドの部屋を出て行った。
ライモンドの部屋を飛び出したラジェットは自分の部屋に戻る気にもなれず、庭に出た。
殴られた場所も痛いし、殴った手も痛い。
それよりも痛かったのは心だった。
「僕は利用されてただけなのか。メアリーを守ってやりたかっただけなのにそれすら嘘だったなんて」
悔しくて涙がぽろぽろと目から溢れて落ちてシャツの腹の部分にシミを作る。
溜息を吐き、周囲を見渡すと木と木の間に別棟の屋根の一部が見えた。
「謝ろう。僕が悪いんじゃない。僕を騙したメアリーが悪いんだ。踊らされていただけなんだからイリスは僕を許してくれる。悪く無くても僕が謝るんだから」
とぼとぼ歩き、別棟の近くまで行くと使用人達の話し声が聞こえた。
「若奥様、どこまで行ったでしょうね」
「1週間だからな。そろそろ3つ目の山に差し掛かった頃じゃないか?」
「アリスはおっちょこちょいだからなぁ。ちゃんとやってるかな」
――1週間?何処かに出掛けているのか?――
ラジェットは前回来た時、イリスが実家に戻っている事を8日目まで知らなかった。そして今回一度帰宅したかも判らなかったが話からすれば帰宅はしていてさらに出掛けて1週間目なのだと知った。
――何処に行ったと聞いても教えてはくれないだろうな――
そのまま聞き耳を立てるが決定的な場所を使用人達は口にしない。
そうこうしているとミモザの声がして使用人達は散って行った。
――何処に行ったんだ?1週間目で3つ目の山…どこだ?――
3つ目の山となれば2つは超えているので王都でない事は確か。
実家のある副王都は道が整備されたので山を越えるという表現をする者はいない。
――もしかして…レント領?!領地に行ったのか?――
何故レント領に行ったのか判らないし、本当にレント領なのかも判らない。
ただラジェットはライモンドもだがメアリーもいる屋敷に居たくなかった。
クルリと踵を返すと本宅に戻り、父親がライモンドを叱責する声が響く階段を駆け上がって部屋に戻るとクローゼットに入りトランクを引っ張り出す。
着替えとなる衣類を無造作に詰め込み、手持ちの宝飾品もポケットに捩じ込んだ。
レント領に向かっているのであれば、馬で駆ければ追いつくのも早いだろうが如何せんこの体。ラジェットが騎乗できる馬は1頭もなかった。
トランクを手にそっと屋敷を抜け出したラジェットは辻馬車を拾い、レント領向けに出立するトラックを求めて長距離移動のトラック乗り場に向かったのだったが、レント領向けは道が整備されていないのでトラックは出ていない。幌馬車乗り場だと気が付く事は出来るかこの時点では不明だ。
「結果が早く出るといいんだけど」
レント侯爵夫妻が心配をするのはイリスの滞在が8カ月と長期に渡るのは調査そのものは3、4カ月もあれば終わるのだが時期的に雪が降り始めるので移動が困難となるため。
持ち込んだ水の調査が半年かかるのならサイモンは領地に向かう事も出来ずイリスの帰りを待った方が安全になる。
「しかし、早々だね。純水を知っているとは。益々イリスを手放すのが惜しくなる」
「本当に。残ってくれる選択をしてくれたら安泰なのに」
「無理だろう。あの子は一度言ったら…きっと失敗だと実感するまで信念は曲げないと思うからね」
「惜しいわね。ライモンドがあの子を連れて来さえしなければ」
「今更だよ。そうなっていればラッセルが辺境に行くこともなかったんだから」
「世の中、上手くいかないものね」
侯爵夫妻とサイモンが執務室でやり取りをしていた時、ライモンド付きの従者が飛び込んできた。
「大変です!ラジェット様とライモンド様が!!」
「2人がどうしたと言うんだ」
「それが…ライモンド様とメアリー様が言い争いをしている所にラジェット様が来られ、メアリー様を・・・」
従者の話によればライモンドとメアリーが夫婦喧嘩をしているところにラジェットが乱入し、メアリーに拳を叩きこみ、ついでライモンドに殴りかかったが、そこでライモンドも防戦よりは手を出し、現在2人が取っ組み合いになって殴る蹴るの乱闘をしていると言う。
同じ屋根の下とは言え、中央に玄関があり侯爵夫妻は右側、子供たちの部屋は左側にあるので騒ぎに気が付かなかった。
侯爵夫妻とサイモンがライモンド付きの従者に先導されて部屋に行ってみるとメアリーは拳を正面からまともに受けたようで鼻が折れ、鼻血を出して失神しているし、ラジェットは手に花瓶、ライモンドは手に絵画を持って向かい合って威嚇している。2人の顔からも鼻血なのか口の中なのか出血しているようで本気の乱闘だった。
「やめなさ――」
「いいのよ。やらせましょう」
レント侯爵が止めるように声をあげようとすると夫人が侯爵を止めた。
侯爵夫人はいい加減ラジェットには腹も据えかねる思いがあった。自分の息子の仕業であるイリスの髪を見て絶句した。イリスはラジェットが絡んでいるとは一言も言わなかったがミモザから報告は受けている。
髪を落とすのをイリスが命じたとしても原因を作ったのはラジェット。
そこまで行かなくても女性の髪を掴んで引っ張るなんて暴力は許せなかったのだ。
夫であるレント侯爵が最終的に後継は決定するが、夫人としてはラジェットは「ない」ともう見限っていた。どうしてもと選ぶのならレント侯爵と離縁してもいいとまで考えていた。
そのまま黙って部屋にいるもの全てが2人を注視する。すると気配に気が付いたのか2人は手にしていた花瓶と絵画を放り投げた。
「いきなり暴力なんてほんと、スマートじゃないね」
「なんだと!散々夫婦で人の事をバカにしやがって!」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪いんだ?あぁ兄上は馬鹿じゃなかったな。破落戸と変わらないんだったな」
体躯は明らかにラジェットのほうが良い。ライモンドは細身なので体重もラジェットの半分もない。その分身のこなしが素早いので動きの鈍いラジェットから渾身の一撃を食らわなかったのだろう。
舌戦を始めるかと思ったが両親も見ている事に気が付くと2人は距離をとり、ラジェットは黙ってライモンドの部屋を出て行った。
ライモンドの部屋を飛び出したラジェットは自分の部屋に戻る気にもなれず、庭に出た。
殴られた場所も痛いし、殴った手も痛い。
それよりも痛かったのは心だった。
「僕は利用されてただけなのか。メアリーを守ってやりたかっただけなのにそれすら嘘だったなんて」
悔しくて涙がぽろぽろと目から溢れて落ちてシャツの腹の部分にシミを作る。
溜息を吐き、周囲を見渡すと木と木の間に別棟の屋根の一部が見えた。
「謝ろう。僕が悪いんじゃない。僕を騙したメアリーが悪いんだ。踊らされていただけなんだからイリスは僕を許してくれる。悪く無くても僕が謝るんだから」
とぼとぼ歩き、別棟の近くまで行くと使用人達の話し声が聞こえた。
「若奥様、どこまで行ったでしょうね」
「1週間だからな。そろそろ3つ目の山に差し掛かった頃じゃないか?」
「アリスはおっちょこちょいだからなぁ。ちゃんとやってるかな」
――1週間?何処かに出掛けているのか?――
ラジェットは前回来た時、イリスが実家に戻っている事を8日目まで知らなかった。そして今回一度帰宅したかも判らなかったが話からすれば帰宅はしていてさらに出掛けて1週間目なのだと知った。
――何処に行ったと聞いても教えてはくれないだろうな――
そのまま聞き耳を立てるが決定的な場所を使用人達は口にしない。
そうこうしているとミモザの声がして使用人達は散って行った。
――何処に行ったんだ?1週間目で3つ目の山…どこだ?――
3つ目の山となれば2つは超えているので王都でない事は確か。
実家のある副王都は道が整備されたので山を越えるという表現をする者はいない。
――もしかして…レント領?!領地に行ったのか?――
何故レント領に行ったのか判らないし、本当にレント領なのかも判らない。
ただラジェットはライモンドもだがメアリーもいる屋敷に居たくなかった。
クルリと踵を返すと本宅に戻り、父親がライモンドを叱責する声が響く階段を駆け上がって部屋に戻るとクローゼットに入りトランクを引っ張り出す。
着替えとなる衣類を無造作に詰め込み、手持ちの宝飾品もポケットに捩じ込んだ。
レント領に向かっているのであれば、馬で駆ければ追いつくのも早いだろうが如何せんこの体。ラジェットが騎乗できる馬は1頭もなかった。
トランクを手にそっと屋敷を抜け出したラジェットは辻馬車を拾い、レント領向けに出立するトラックを求めて長距離移動のトラック乗り場に向かったのだったが、レント領向けは道が整備されていないのでトラックは出ていない。幌馬車乗り場だと気が付く事は出来るかこの時点では不明だ。
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