21 / 49
第21話 重量制限が御座います
しおりを挟む
翌日は侯爵夫人のセッティングしてくれたお茶会2連発と夕食会。
婦人方が集まるので駆動車ではなく馬車で向かう。
御者が「用意出来ました」と声を掛けてきたのでイリスはお供をするミモザと共に椅子から立ち上がった。
「じゃぁアリス、行って来るわね」
「はぁい。行ってらっしゃいませ」
タタタっとアリスが小走りになり、玄関の扉を開けた。
ガチャリ。
「え?」短いアリスの疑問符付の声がして直ぐに扉が閉じた。
ガチャリ。カチャン ついでに施錠もしたようだ。
「どうしたの?」
「いえ、どうもエルム街に迷い込んでみたいで」
「は?どういう事?」
「なんていうか…ゾンビの方がまだウェルカム出来るって言うか」
端切れの悪いアリス。理由は直ぐに判った。
ミモザが玄関扉を開けるとそこにはラジェットが立っていたのだ。
「人がわざわざ来てやったのに出迎えないとは何事だ!」
――朝から勘弁してよ。何が嬉しくて貴方なのよ――
迎え入れられた訳ではなく、どうぞと言われていなくてもラジェットはずんずんと家の中に入って来た。
「へぇ。掃除しただけでここまで綺麗になるもんだな。副王都では礼儀より掃除を教えるんだな」
天井を見上げたラジェットだったが、イリスは時間もある事だしとミモザと共にそのまま玄関を出て馬車に乗り込もうとした。
「お、おい!僕が来たのに持て成しもせずに出かけるとは何様だ!」
「若奥様です」
ミモザが短く、ピシリと答えを返した。
「え?そんな貴方はマッサカ様…んんん!!」と呟くアリス。
他の使用人に口を塞がれてしまった。
「貴様!使用人の分際で!口の利き方を知らないのか!」
近寄って来てミモザに掴みかかろうとするラジェット。イリスはステップに掛けた足をもう一度地面に降ろし、今日の茶会で是非使って!と夫人に手渡された鉄扇で伸びてくるラジェットの手を打った。
バシッ!!
「痛っ!!何するんだ!」
「私の大事な侍女にそちらこそ何をされようと?私は侍女の命を最優先にしたまで。主として暴漢を退けるのは当然です」
「命って!そんなことしてないだろう!」
「そうかしら。後ろから不意に力の強い男性に掴まれたらつかみどころによっては転んで頭をぶつけるかも知れませんし、首が締まり息が出来なくなるかもしれません。あらゆる可能性を考え、蠅を叩き落としただけです」
「は、蠅だと!」
「あら?違った?ならカメムシかしら」
「若奥様、遅れます。急ぎませんと」
「そうね」
ラジェットをそのままにまた馬車に乗り込もうとしたのだが、今度はイリスの髪を引っ張って馬車に乗車させまいとラジェットが行動に出た。
「ミモザ、髪を切り落して」
「よろしいので?」
「遅れるよりマシ。時間を守れない者と思われるならサンバラの方がマシよ」
ミモザは護衛も兼ねる侍女。そうでなければ高位貴族の侍女など19年も出来るはずがない。お仕着せの何処に仕込んでいるのかはミモザしか知らないが小刀を取り出すと迷いなく主であるイリスの命に従って地肌と髪を掴んだラジェットの手の中間を狙って小刀をあてた。
サシュ!!軽い音とラジェットの声が重なる。
「ハァッ?!待て。離す!離すから!」
ラジェットの叫びと同時にラジェットの手は引っ張っていた抵抗が無くなりラジェットは後ろに2、3歩よろめきながら下がった。その手には掴んだイリスの髪が握られたまま。
「さ、行くわよ。ミモザ。馬車の中でツバの大きな帽子を隠れるように被せてくれる?」
「承知しました」
今度こそ馬車に乗り込んだイリスとミモザ。しかしミモザがステップから馬車の庫内に足を踏み入れた時、今度は背を突かれて前のめりになって庫内に倒れ込んだ。
「僕も行く。連れて行け」
馬車を降りるにも大きな体で扉を塞ぐようにラジェットが乗り込んできたため降りる事も出来ない。
――何処までも迷惑な人ね。自分勝手もここまで行くと国宝級だわ――
「ミモザ、大丈夫?」
「はい。無様な姿をお見せいたしました」
「いいのよ。不意を突かれたらこうなるわ。ケガはない?」
「大丈夫です。帽子を――」
「おい!僕を無視して話をするな!」
――もう、本気で面倒臭い。誰かに相手して欲しいなら弟でにも頼みなさいよね――
ラジェットに対してする様な話もなく、こちらから話題を振ってやる義理もない。イリスは黙りミモザは馬車の天井に取り付けた引き出しから2つ帽子を取り出し、ツバの形が楕円になった方を軽くイリスに確かめるように当てる。
何故そうしているのか。握ったままの主を失った髪の束にラジェットは捲し立てる事をやめてイリスの向かいに腰を下ろした。
のだが‥‥。
馬車が本当にゆっくりしか進まない。歩いた方が早いのでは?と思ってしまう速度である。
「遅いな。なんでこの馬車こんなに遅いんだ?」
――アンタが乗ったからだよッ!――
馬車にも重量制限と言うものがある。馬だって何でもかんでも引ける訳じゃない。
2頭の馬が引ける馬車の定員は御者を含め3人で馬車本体の重量に加えることが出来る重量は200kg。
ラジェットだけで130~140kgはあるので現状、イリスとミモザが下車しても馬が引けるかどうかの重量なのだ。
――こんな事なら駆動車にするべきだったわ――
イリスはそう思ったが馬車の外、御者も同じ事を考えた。
が、御者は更に考えた。
駆動車とて重量制限がないわけではなく、タイヤとタイヤを繋ぐシャーシが折れるよりマシだと思い、「少々お待ちください」急いで厩舎に向かい、2頭新たに馬を連れて来てハーネスを繋ぎ直し1軒目の訪問先であるはす向かいの侯爵家を目指したのだった。
イリスが15分前行動を当たり前としていたので、遅刻は免れたが約束の時間の4分前に到着と言う事実。それはイリスには許しがたい失態に他ならなかった。
婦人方が集まるので駆動車ではなく馬車で向かう。
御者が「用意出来ました」と声を掛けてきたのでイリスはお供をするミモザと共に椅子から立ち上がった。
「じゃぁアリス、行って来るわね」
「はぁい。行ってらっしゃいませ」
タタタっとアリスが小走りになり、玄関の扉を開けた。
ガチャリ。
「え?」短いアリスの疑問符付の声がして直ぐに扉が閉じた。
ガチャリ。カチャン ついでに施錠もしたようだ。
「どうしたの?」
「いえ、どうもエルム街に迷い込んでみたいで」
「は?どういう事?」
「なんていうか…ゾンビの方がまだウェルカム出来るって言うか」
端切れの悪いアリス。理由は直ぐに判った。
ミモザが玄関扉を開けるとそこにはラジェットが立っていたのだ。
「人がわざわざ来てやったのに出迎えないとは何事だ!」
――朝から勘弁してよ。何が嬉しくて貴方なのよ――
迎え入れられた訳ではなく、どうぞと言われていなくてもラジェットはずんずんと家の中に入って来た。
「へぇ。掃除しただけでここまで綺麗になるもんだな。副王都では礼儀より掃除を教えるんだな」
天井を見上げたラジェットだったが、イリスは時間もある事だしとミモザと共にそのまま玄関を出て馬車に乗り込もうとした。
「お、おい!僕が来たのに持て成しもせずに出かけるとは何様だ!」
「若奥様です」
ミモザが短く、ピシリと答えを返した。
「え?そんな貴方はマッサカ様…んんん!!」と呟くアリス。
他の使用人に口を塞がれてしまった。
「貴様!使用人の分際で!口の利き方を知らないのか!」
近寄って来てミモザに掴みかかろうとするラジェット。イリスはステップに掛けた足をもう一度地面に降ろし、今日の茶会で是非使って!と夫人に手渡された鉄扇で伸びてくるラジェットの手を打った。
バシッ!!
「痛っ!!何するんだ!」
「私の大事な侍女にそちらこそ何をされようと?私は侍女の命を最優先にしたまで。主として暴漢を退けるのは当然です」
「命って!そんなことしてないだろう!」
「そうかしら。後ろから不意に力の強い男性に掴まれたらつかみどころによっては転んで頭をぶつけるかも知れませんし、首が締まり息が出来なくなるかもしれません。あらゆる可能性を考え、蠅を叩き落としただけです」
「は、蠅だと!」
「あら?違った?ならカメムシかしら」
「若奥様、遅れます。急ぎませんと」
「そうね」
ラジェットをそのままにまた馬車に乗り込もうとしたのだが、今度はイリスの髪を引っ張って馬車に乗車させまいとラジェットが行動に出た。
「ミモザ、髪を切り落して」
「よろしいので?」
「遅れるよりマシ。時間を守れない者と思われるならサンバラの方がマシよ」
ミモザは護衛も兼ねる侍女。そうでなければ高位貴族の侍女など19年も出来るはずがない。お仕着せの何処に仕込んでいるのかはミモザしか知らないが小刀を取り出すと迷いなく主であるイリスの命に従って地肌と髪を掴んだラジェットの手の中間を狙って小刀をあてた。
サシュ!!軽い音とラジェットの声が重なる。
「ハァッ?!待て。離す!離すから!」
ラジェットの叫びと同時にラジェットの手は引っ張っていた抵抗が無くなりラジェットは後ろに2、3歩よろめきながら下がった。その手には掴んだイリスの髪が握られたまま。
「さ、行くわよ。ミモザ。馬車の中でツバの大きな帽子を隠れるように被せてくれる?」
「承知しました」
今度こそ馬車に乗り込んだイリスとミモザ。しかしミモザがステップから馬車の庫内に足を踏み入れた時、今度は背を突かれて前のめりになって庫内に倒れ込んだ。
「僕も行く。連れて行け」
馬車を降りるにも大きな体で扉を塞ぐようにラジェットが乗り込んできたため降りる事も出来ない。
――何処までも迷惑な人ね。自分勝手もここまで行くと国宝級だわ――
「ミモザ、大丈夫?」
「はい。無様な姿をお見せいたしました」
「いいのよ。不意を突かれたらこうなるわ。ケガはない?」
「大丈夫です。帽子を――」
「おい!僕を無視して話をするな!」
――もう、本気で面倒臭い。誰かに相手して欲しいなら弟でにも頼みなさいよね――
ラジェットに対してする様な話もなく、こちらから話題を振ってやる義理もない。イリスは黙りミモザは馬車の天井に取り付けた引き出しから2つ帽子を取り出し、ツバの形が楕円になった方を軽くイリスに確かめるように当てる。
何故そうしているのか。握ったままの主を失った髪の束にラジェットは捲し立てる事をやめてイリスの向かいに腰を下ろした。
のだが‥‥。
馬車が本当にゆっくりしか進まない。歩いた方が早いのでは?と思ってしまう速度である。
「遅いな。なんでこの馬車こんなに遅いんだ?」
――アンタが乗ったからだよッ!――
馬車にも重量制限と言うものがある。馬だって何でもかんでも引ける訳じゃない。
2頭の馬が引ける馬車の定員は御者を含め3人で馬車本体の重量に加えることが出来る重量は200kg。
ラジェットだけで130~140kgはあるので現状、イリスとミモザが下車しても馬が引けるかどうかの重量なのだ。
――こんな事なら駆動車にするべきだったわ――
イリスはそう思ったが馬車の外、御者も同じ事を考えた。
が、御者は更に考えた。
駆動車とて重量制限がないわけではなく、タイヤとタイヤを繋ぐシャーシが折れるよりマシだと思い、「少々お待ちください」急いで厩舎に向かい、2頭新たに馬を連れて来てハーネスを繋ぎ直し1軒目の訪問先であるはす向かいの侯爵家を目指したのだった。
イリスが15分前行動を当たり前としていたので、遅刻は免れたが約束の時間の4分前に到着と言う事実。それはイリスには許しがたい失態に他ならなかった。
1,358
お気に入りに追加
2,506
あなたにおすすめの小説
王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
誰にも口外できない方法で父の借金を返済した令嬢にも諦めた幸せは訪れる
しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ジュゼットは、兄から父が背負った借金の金額を聞いて絶望した。
しかも返済期日が迫っており、家族全員が危険な仕事や売られることを覚悟しなければならない。
そんな時、借金を払う代わりに仕事を依頼したいと声をかけられた。
ジュゼットは自分と家族の将来のためにその依頼を受けたが、当然口外できないようなことだった。
その仕事を終えて実家に帰るジュゼットは、もう幸せな結婚は望めないために一人で生きていく決心をしていたけれど求婚してくれる人がいたというお話です。
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる