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第18話   帰宅と留守

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ラジェットの生活は基本がメアリーと共にある。
しかし、その生活は予定にない変更を余儀なくされる事がある。

ライモンドが帰宅する。

たったそれだけのことだが、ラジェットの生活はライモンドが帰宅している間は一変するのだ。


「アリー。今日はどうする?」
「そうねぇ。歌劇の第二幕を観に行ってもいいけどぉ~お出掛けも暑いと面倒~」
「だったら今日は庭で――」


イリスが領地に向かうために先ず実家に出向いた事も気が付かない、いや気にも留めないラジェットはメアリーと2人きりで朝食を取りながら今日の予定をどうするか決めていた。

そこにラジェットの言葉を遮るように使用人が声を掛けてきた。

「お食事中申し訳ございません」
「なんだ?」
「あ~もう!話しかける時は話しかけると言ってくれないと!!パンから卵が飛び出しちゃったじゃない!どうしてくれるの」


――じゃぁ話しかけますと声を掛ける時はどうしろと?――

タマゴが先か、鶏が先かよりも難しい問題。
話しかける前に「話しかけますよ」と断りを入れろと無理難題を突き付けるメアリーに使用人はあきれ顔。

パンに挟んだ茹で卵のソース和えが指先についてしまって、ペロリと舐めとるメアリーに使用人は「さっさと行って持ち場に戻ろう」と言葉を続けた。

「ライモンド様がご帰宅されました。どうなさいますか」

「きゃぁ♡ライが?!すぐ行くわ!玄関?」

手にしていたパンを皿に戻し、手洗い用の水の入ったグラスで急ぎ指先を洗ったメアリーは使用人の返事を待たずにその場から走って玄関に向かった。

「どうなさいますか?」

使用人は置いて行かれたラジェットに問う。

「下げてくれ。部屋にいる」
「畏まりました」

静かに席を立ったラジェットは私室へと戻って行った。


★~★

実のところ、3兄弟の仲は見た目ほどよろしくはない。

次男のラッセルが家を出ていく原因の1つにラジェットの言動もある。
ラッセルは「弟の嫁に必要以上の肩入れをするな」とラジェットに言い、あわや殴り合いの喧嘩になる寸前だった。

ただただ甘やかされて育った末っ子のライモンドは家の事など全く考えない。
その時に自分がしたいようにすることがインスピレーションを生むのだと我関せず。

比較的厳しく育てられたラジェットとラッセルは「家を守る考え」がライモンドよりも顕著なので衝突する事が多かった。

「困っている時に手を差しだして何が悪い!」
「兄上は手を貸すと言うが明らかに常軌を逸脱している」
「家族だろう!」
「兄上の理屈なら僕の妻だって家族だ。僕だって家族だ。実の弟があの女によって困りごとを抱えているこの現状をどう見る」
「お前は男だろう。それに夫婦が揃っているからどうとでもなる。だが彼女はライモンドが留守の間、誰に縋ればいいんだ」
「兄上、問題をすり替えるな」
「同じ事だ!なんて冷たい男なんだ。公爵家から妻を迎えて良い気になってるんじゃないのか?」
「話にならない。もういいよ。俺たちは出ていく。後は好きにやってくれ」
「出ていく?父上と母上はどうする?何よりお前の生活はどうするんだ?妻の実家に泣きつくのか?あぁそうか。そうだよな。だから公爵令嬢を妻にむか――」

ガッとラジェットの胸ぐらを掴んだラッセルは無言で睨みつけ、そのままレント家から出て行った。


★~★

そこまでしてメアリーの肩を持ったラジェットだがライモンドが帰宅をするとメアリーはラジェットに見向きもしない。

声を掛けても睨まれるだけで完全に距離を置かれるのだ。
一緒に夕食を取るにしても両親は「仕方ない」としているがラジェットを見ると汚い物でも見るかのような視線を向けてくるし、ライモンドに留守中の事を言われては困るのか「外で食べましょう」と出掛けてしまう。

日中もライモンドの側にベッタリでラジェットの事は視界にもいれない。勿論「おはよう」の挨拶すら交わさない徹底ぶり。

そして夜になると部屋が2階がライモンド。3階がラジェットなので夫婦の営みの声が窓を開けていると聞こえてくる。

窓を閉じても暖炉の排煙管を通じ、くぐもった声で聞こえてくるのでラジェットは居た堪れなくなる。

弟夫婦が仲良くしているのは良い事だと思うがメアリーから無視される事に心が壊れそうになる。

メアリーに対しては「弟の嫁」だと解っているので性的な感情を持った事はないが、実の妹のように可愛く守ってやりたい存在なので無視される事が辛くて堪らない。

そしてライモンドにメアリーの事を「留守中ヨロシク」と頼まれたわけでもなくラジェットが自主的に行っている事なので言ってしまう事が「恩着せがましい」と思われるのが嫌でライモンドにも遠慮してしまう。

「数日の辛抱だ。ライが出かければまたメアリーは僕を頼ってくれる」

そうやって数日をやり過ごしてきた。



夜になり、外に夕食に出たライモンドとメアリーが帰宅した気配をラジェットは感じた。

静まり返っている私室の寝台に横になっていると「お昼寝するわ」とメアリーが寝台をよく使用するので、メアリーの香りが鼻腔を擽る。

「僕は何をしてるんだよ…全く」

自嘲気味に自分で自分を笑い、風でも入れようと窓を開ければ聞こえてくる弟夫婦の獣のような喘ぎ声に居ても経ってもいられなくなり、開けたばかりの窓を閉じた。

「そっか。結婚してるんだ。僕だって妻はいるんだ」

上着を着て廊下に出ると夜の番で見回りの使用人とすれ違う。

「若旦那様、こんな時間にどちらへ?」
「別棟だ。そっちで寝泊まりしてるんだろ」
「あ、あの。若奥様でしたらここ数日は御実家に戻られていますが?」
「は?聞いてないぞ!」

――言ってませんし、聞かれてもないですから――

使用人はライモンドが帰宅している時にラジェットがメアリーからいつもと真逆の態度を取られる事は気の毒にと思っても同情はとてもじゃないが出来ない。

初夜の出来事を知らない使用人はいないし、今日でイリスが副王都の実家に向かって8日目。王都に向かって戻っている最中だろうが、不在に8日も気が付かない事があり得ない。

イリスの不在を知って大人しく部屋に戻って行くラジェットに申し訳ないがイリスが戻ってきても仲を取り持ってあげようとは全く思えなかったのだった。
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