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最終話  公爵様の仮妻も楽じゃない

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人は一旦エンジンがかかると爆走してしまう時がある。
オクタヴィアンはまさにそうだった。

ブリュエットからハク伯爵家の権利を取り込むと、父親から爵位の譲渡をしてもらう日取りも決めた。

公爵家に来たばかりの頃、ブリュエットがまとめた書類は非常に見やすいと王宮でも徐々に様式が切り替えられていて王宮の文官、事務次官でブリュエットの姿は見たこともなくても「リエ式」と呼ばれる様式を知らない者はいない。

意図したわけではないが、自分の手柄にしようと広めてしまったオクタヴィアンの父親は「デキる女性が子息の妻」と噂されるようになり、いつしか「爵位を未だに手放さない老害」と噂されるようになった。
延命を図ろうとして失敗をしたのだ。

これ以上自分の評価を下げたくないオーストン公爵は早々に引退する事を告げ、オクタヴィアンに執務も任せるようになった。

そしてオクタヴィアンはあの悪夢かと思った結婚式の日から数えて1年目の記念日になる2週間前に正式なオーストン公爵となった。



「ねぇ‥今日は泊まりに来ないのか?」
「行きません!ほんっとにしつこい!!」
「控えめにするからさ。リエがいない夜は眠れないんだよ」
「あのね!公爵家当主になったんでしょう!ピっとしなさい!ピっと!」

一線こそ超えていないが、本宅に「お泊り」をするとオクタヴィアンが添い寝をしてくるので時期的に暑苦しい。そして「可愛い!」「キスしていい?」と休む暇もなく問うてくるので寝る時間がない。

「もう好きにして・・・寝る」

抵抗するだけ無駄だと不貞寝をすれば、ここぞとばかりにオクタヴィアンがキスの雨を降らせるので腕とか首回りには誰もが勘違いをする奇妙な痣がなかなか消えてくれない。

「あんなフカフカの寝台なのに寝不足ってどういうことっ?!」

この頃のブリュエットの悩みだった。

が、お泊りの誘いに来たかと思ったオクタヴィアン。この日はいつもと違っていた。

「野草取りに行くけど、行く?」
「あ~。行きたいんだけど今日はちょっとこれから用事があってね」
「そう。執務も大事だから手を抜いちゃダメよ?」
「判ってる。絶対に手を抜かないよ」
「ん?‥‥(変ね)」

いつもならこの後もなんだかんだで「リエ♡リエ♡」と五月蠅いのにオクタヴィアンは従者と共に小道を本宅の方に歩いて引き上げて行った。


★~★

ブリュエットの顔を見て脂下がった美丈夫のオクタヴィアンは馬車に乗り込むと険しい表情になった。

ここ最近で眉間に深く刻まれた皺は消えかかっていたのに、今日はくっきり。
馬車が車輪の動きを止めたのはマーシャル子爵家の前だった。

門の前にはマーシャル子爵夫妻が最高の笑顔、そして揉み手で出迎えてくれた。

「さぁさぁ。どうぞ。本日はどのようなご用件でしょう?契約の満期まであと1年御座いますが延長・・・なぁんて事も承っておりますよ?」

「延長ね。それは良いんだが…聞きたい事があってな」

「何で御座いましょう。何なりと」

マーシャル子爵が返事をすると「リンローン」玄関のドアベルが鳴る。オクタヴィアンは「連れがいるんだ。遅れてしまっての合流。すまないな」席を立とうとするマーシャル子爵の動きを止めた。

「え?・・・あの‥彼らは一体どういう?」

遅れてやって来た来客は憲兵。オクタヴィアンを前にソファに陣取るマーシャル子爵夫妻は背中に冷や汗が流れた。憲兵たちは静かにオクタヴィアンの背後に、手を後ろにして直立不動。威嚇が半端なかった。

「聞きたいことというのは、契約の事じゃないんだ。私の妻、ブリュエットの家族が事故で亡くなった時、マーシャル子爵夫妻が身元引受人となってブリュエットを引き取った。これに間違いはないか?」

「えぇ…間違いありません。他に身寄りも居らず私共夫婦が引き取りました。家業を手伝ってくれるいい子でしてね。公の元に嫁いだ後も上手くやっているか…親代わりなので心配もしているのです」

「そうか。ならばだ。ブリュエットを引き取る際にハク伯爵家当主夫妻、そして次期当主である子息も亡くなっているため、多額の見舞金が支払われている。これは私も確認済みだ」

「は‥‥はい。確かに・・・」

「だが、ブリュエットは伯爵家の令嬢としての教育を一切受けさせてもらえなかった」

「ち、違います!受けさせようとはしたんです。ですがそんな物より手伝いたいとブリュエットが私達に頼んだんです。なぁ?そうだよな?」

「えぇそうですとも。学ばせなかったのではなく、あの子が学びを拒否したんです」

「だとしてもだ。引き取ったのは6歳。子供の言葉を尊重するのは大変に結構だが、そこは考えるべきではなかったか?まぁ、過ぎた事だし時間が巻き戻るわけでもない」

あらかさまにホッとしたマーシャル子爵夫妻だったが、オクタヴィアンは手を緩めない。

「ならば、令嬢としての教育には金は使っていない。そして現従業員、元従業員、同じく使用人からも聞き取りをしているが、ブリュエットの置かれた環境は酷いものだったと聞く。倹しい生活を身につけさせたかったとでも言いたいだろうが、それは寝言で言って頂くとして、使っていない見舞い金。こちらの資産では8億。払って頂こう。そして6歳で引き取られ当家に来るまでの期間。時効もあるだろうから時効の限界、7年分の給金も支払って頂く。宜しいな」

「そんな!!いやいや、待ってください。どうして給金まで・・・ちゃんと払ってますよ。そりゃ他の従業員からすれば家族なんですから額は少ないですが払ってます」

「ならばブリュエットに支払った給金の内訳。見せてもらおうか」

見せられるはずがない。マーシャル子爵夫妻はブリュエットに一度も給金を払った事が無いのだ。

払ったと言っても払った証拠がない。
そして払っていないと認めれば禁止されている「無償労働の強制」となってしまい投獄されてしまう。ただの投獄ではない。ブリュエットの年齢からすれば未成年への強制労働となるので、生きて牢から出ることは出来なくなる。

更に問題もあり、マーシャル子爵家には使い込んでしまっているので事故の補償金は1ゴルも残っていない。それを手に出来るのはブリュエットなのだが、生活費として差し引くにも置いていた境遇が境遇なので証言者を押さえられている以上満額を弁済するしかなかった。

オクタヴィアンはマーシャル子爵夫妻にスッと書類を差し出した。

「今ならこの価格。即金で買い取る者がいる。どうする?」

提示された金額は事故の補償金を差し引いても2億程残る計算。ブリュエットに未払い分の給金だと支払えば軽い投獄はされるだろうが、それでも数年で釈放されて1億以上は手元に残る計算になる。

「解りました。この方に全てを売り渡します」
「流石はマーシャル子爵。話が早いな。ではサインを」

行く地獄は出来ればユルい方が良い。マーシャル子爵夫妻はそれぞれがサインをすると強張った表情ながらもその中に安堵があった。

「では解っていると思うが、少々臭い飯を食ってもらう事になる」
「‥‥そうですね…」
「おっと、忘れる所だった。契約の期間が1年残っているが先程この商会はマーシャル子爵の手から離れたな」
「そうなりますね…その方に引き続き・・・」
「いや、何でも屋はやるそうだが戸籍が関与する事はしないそうだ。と、言う事はこれはそちらの有責で契約違反となるが宜しいか?」
「そんな!説明してくれなかったじゃないですか!」

契約違反となれば契約時に支払われた金額の倍は返さねばならなくなる。先程この商会も何もかも売った金にほぼ同額。つまり、公爵家への違約金が残るか、使い込んだ事故の補償金の弁済が出来なくなるかどちらかになる。

「優先的に当家への支払いとさせてもらうよ」
「そんな!」
「当然だろう。事業を売った金だ。事業の弁済に充てればいい。個人的な金は個人的に用意するのが筋。商会の金と自分の金を一緒に考えている鳥頭でもあるまい?」

オクタヴィアンはマ―シャル子爵夫妻から何もかも剥ぎ取った。
マ―シャル子爵夫妻に残ったのは使い込んだ金が返せないので単純計算で400年ほど懲役労働で返済する刑罰と自分の体だけだった。


「連れて行け」「ハイ」

憲兵に腕を掴まれて、マ―シャル子爵夫妻がいなくなるとオクタヴィアンはそれまで番頭や経理をしていた者を呼び、事業の継続に問題はないが、事業主が自分になった事を伝えた。

「金は全額、この口座に送金するように。以後経費についてオーストン公爵家で取りまとめるから必要な分は申請してくれ」

それだけ言い残すと帰って行ったのだった。


★~★

1週間後、ブリュエットに手紙が届いた。差出人は貴族院。

「何かしら…伯父夫婦が使い込んだとか?!」

ドキドキしながら開封して、「ひゅっ!」息が止まった。

「どうなされました?奥様?!」

休憩時間にお茶を飲みにきたカリナが慌ててブリュエットの揺れる体を支えた。

「こ、これ・・・何かの間違いだと思うの」

爵位を名目上売った時の金額は書類を見たので知っていたが、貴族院からの通知は残高に変更があったというもので、その額は3倍以上になっていた。

余りにも多い残高は心臓への負担が半端ない。確かにこれだけあれば遊んで暮らせるけれどそう言う事じゃない!ブリュエットには1週間前のオクタヴィアンの行動が変だった理由はこれだ!としか思えなかった。

そこにのこのことオクタヴィアンがやって来た。

「リエ~♡今日は種市場に行かないか?各国から色んな種ぐわぁ!!」
「ヴィアンでしょ。ねぇ!この手紙!ヴィアンでしょ!」
「てっ手紙??あぁ、それか。そんな事より種市ぶわぁ!」
「そんな事ですって?!説明しなさい!私にちゃんと!解るように!」

プンプンと怒るブリュエットにオクタヴィアンは1枚の書類を差し出した。

「これは・・・」
「そ、この結婚に至る契約書。でもね、これ、もう紙切れなんだ」
「紙切れ・・・」
「経営者が変わってね。戸籍に影響するような商売はしないんだって。契約、無くなった。てへ♡」

舌をペロッとだしておどけてみせたが、オクタヴィアンは契約書をビリッ!ビリッっと破くと「火、あるかな?」従者に問いかけ、しゃがみ込んで穴を掘るとそこに撒いて火をつけた。

あっという間に灰になった契約書を見て「木灰にはならないけどね?」とブリュエットを見上げた。

「もう・・・これでホントにずっと妻じゃないとダメじゃないの」
「それでいいんじゃないかな。きっと楽しいよ」
「やだもう!全然楽じゃない生活しか思い浮かばないわ!!」
「それもきっと楽しいよ。だってリエにはもう自由しかないからね。僕の束縛以外」

――それが要らないのよ!!――

Fin

★~★

長い話にお付き合いいただきありがとうございました。

完結表示はね…しちゃうけど♡
やらかしちゃった1話を使って昭和が吹き荒れます<(_ _)>


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