上 下
23 / 28

第23話  半分安心、半分不安

しおりを挟む
オーストン公爵家にブリュエットがやって来て7カ月が過ぎた。

「奥様ぁ。お願いしますよぅ」
「そんな事言ったって…無理よ。これを事業化って」
「すんごい評判なんですよ。ね?従兄弟が小さいけど商会してるんで独占販売も出来ますし、もう使ってない工房もあるので生産も出来るんですよ。雇用も生まれるじゃないですか」

メイドのカリナがブリュエットに頼んでいるのは芋の煮汁石鹸の事業化である。
カリナを通じて屋台で野草茶の販売しているが、そこにお試しで芋の煮汁石鹼を置いてみたら問い合わせが殺到してしてしまった。

芋の煮汁なので何処でも手に入る。それは判ったのだが液状なので置いておけないし、素材が芋。次にも使おうとコップに入れたままにしているとカビだらけになってしまう。

幾つかの商会では売れる!と真似をして作ろうとしているがペースト状にもならない。唯一コーンスターチをかなりの量混ぜるとドロドロにはなるのだが、そうなると汚れが落ちなくなる。

しかしブリュエットはまさか原材料が「水で芋を煮て、木灰を混ぜた後の上澄みを沸騰させて、冷ました後に煮汁を混ぜるだけ」というものが売れるとは思ったが本格的に事業として成り立つかは疑問視していた。

何より貧乏が染みついたブリュエット。芋の煮汁石鹸を作る為だけに芋を煮て、その芋はその後どうなる?と考えると食べ物を粗末にすることになるので乗り気になれなかった。

今の量だから芋の煮汁石鹼をつくって唯一余る芋はブリュエットのお腹で消費されるので無駄がないだけ。

流石に大量生産するとなるとブリュエットだけでは食べきれない量になってしまう。
煮てしまえば土に埋めても芋は生えてはこないのだ。


「どうしたんだ?」
「あ、若旦那様」
「また来たんですか?ヴィアンは何時仕事をしてるんです」
「これも仕事。今日は香料を持ってきた。試して欲しい事があるんだ」
「試す?何をするんです?」


オクタヴィアンはあの日、執事に命じて現在マーシャル子爵家のどんな些細な情報も集めに集めている。文字通り丸裸に近い所までマーシャル子爵家の内情を暴いた書類は執務室で山となっている。

その姿を見て現公爵夫妻も「やっとオクタヴィアンがやる気になった」と家督を譲るための手続きにも入った。ジョゼフィーヌと結婚をすれば家長としての心構えも出来るだろうと思っていたが、直前で逃げ出され暗礁に乗り上げた家督の譲渡。

ジョゼフィーヌと結婚する事でのほほんとした子息から脱皮するだろうという予測だったが、今となってみればジョゼフィーヌが逃げ出してくれたおかげで考えていた以上に積極的にオクタヴィアンが執務に打ち込んでいる様に見えるのだ。

禍を転じて福と為すとはこの事と、爵位譲渡も間もなくとなっていた。
ただ、残念なことにオクタヴィアンが精力的に動いているのは全てブリュエット関連。その事を知ったら公爵夫妻は口をあんぐり開けたまま放心するかも知れない。

そんなオクタヴィアンは毎日欠かさずブリュエットの元にやって来る。

「顔が見たかった」「声が聞きたかった」「何してるかなって思って」

こうなってくると嘘でもいいので取り繕って欲しいと思ってしまう。

――何事も猪突猛進――

ミモザの言葉通り、直接気持ちを口にしてストレートにブリュエットにぶつけてくるのである。


「で?何をして欲しいんです?」
「芋の煮汁石鹼があっただろう?ふと思ったんだ。芋の煮汁、そして門外不出になってるけど木灰それぞれには洗浄する効果がある。ってことは木灰だけでも出来るんじゃないかと思ったんだ。で、この香料。混ぜると花の香りがして衣類ではなく体を洗う石鹸にどうかなと思ったんだ」

「木灰だけ・・・そう言えば試した事が無かったわ。そうね…木灰ってその時にしか使わないし洗い流すから固まるかどうか…香料を加えたら確かにいい香りがするわね。やってみるわ」

オクタヴィアンから香料の瓶を受け取ろうとするのだが、何故か手を握って来たオクタヴィアンが離してくれない。

「あの‥手を離してくださる?」
「うん。もうちょっと」

――もうちょっとって何よ!――

オクタヴィアンの指は男性とは思えないくらいに細くて長い。お互いの手の平を合わせてみると指の関節1つ分くらいは違うのでは?と思うくらいに大きさ・・・いや指が長いのだ。

――美丈夫って1つ1つのパーツも美丈夫なのよね――

力仕事もしてきたので女性にしては関節の大きなブリュエットの手。
なんだか握られているのが恥ずかしいのではなく、そんな手である事が恥ずかしかった。


「いいところなんですけどー。若旦那様のお願いを聞く前に私のお願いです!!奥様お願い!!」

カリナが割り込んできた事でやっとオクタヴィアンの手が離れた。

「何のお願いなんだ?」
「若旦那様じゃなくて奥様にお願いしてるんですぅーっ」
「教えてくれたっていいだろう?リエ?なんだい?困りごとをしてるんなら――」
「そうじゃ無いの。芋の煮汁石鹼が好評だから事業化しないかってことなの」
「事業化?すればいいよ。なんならオーストン公爵家が出資してもいい」
「そうじゃないの。お金はまぁ‥かかっちゃうけど…芋が無駄になっちゃうでしょ」

ブリュエットの言葉にオクタヴィアンが何かを思い出したように手を1つ打った。

「それなんだが、オーストン公爵領で石灰芋って言うのがあるんだ。煮ても焼いても生でも食べられない芋で、領民は摩り下ろして洗剤にしてるんだが、この芋を使ったらどうだろう。どんどん増えてしまうから焼却処分してるけど追いつかないし焼却も手間だから使えないかと。夕方に石灰芋の資料を持って来るよ」

「まぁ。そんな芋が?食料にならない、焼いて処分してるならいいかも‥」

「だろ?やっぱりリエに会いに来ると良い事があるなぁ」

――え?ヴィアンにいいことってあったかしら――

そう思ったのだのがあったのだ。但しオクタヴィアンにとっては。だが。



うきうき気分で屋敷に戻るオクタヴィアンと従者。

「今日は良い日だな。リエの手も堪能したし、見たか?香料と木灰だけの石鹸。思いついて良かったぁ。笑顔のリエ。超~可愛かった!抱きしめそうになったよ」

――良かったです。押し倒しそうになったんじゃなくて――

そんなオクタヴィアンが屋敷まであと数メートルまで戻って来た時、執事がオクタヴィアンに向かって駆けてきた。

「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「若旦那様大変です。マダーシ侯爵夫妻と・・・ジョゼフィーヌ様が」
「は?なんでまた・・・」
「また?じゃないです!ジョゼフィーヌ様は若旦那様の御子だと言い張って赤子を連れているんですっ!」
「え?‥‥」

オクタヴィアンはさっきブリュエットの手を握りしめた自分の手の平を見た。

――抱きしめた事はあるが最後までしなくても子供って出来たっけ?――

自身が男性版純潔である事は自分自身が良く知っているが、もしもという事もある。オクタヴィアンは「確認だが」と前置きして従者と執事に問うた。

「あと一歩で服を脱がせるまでに至った事はあるが、それで妊娠はするのか?」
<< するわけないでしょう! >>
「だよな…はまだ未使用なんだ。安心したよ」

従者と執事は半分安心、半分不安になった。

――24歳になってまだ・・・お労しい――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の芝は青く見える、というけれど

瀬織董李
恋愛
よくある婚約破棄物。 王立学園の卒業パーティーで、突然婚約破棄を宣言されたカルラ。 婚約者の腕にぶらさがっているのは異母妹のルーチェだった。 意気揚々と破棄を告げる婚約者だったが、彼は気付いていなかった。この騒ぎが仕組まれていたことに…… 途中から視点が変わります。 モノローグ多め。スカッと……できるかなぁ?(汗) 9/17 HOTランキング5位に入りました。目を疑いましたw ありがとうございます(ぺこり) 9/23完結です。ありがとうございました

[完結]病弱を言い訳に使う妹

みちこ
恋愛
病弱を言い訳にしてワガママ放題な妹にもう我慢出来ません 今日こそはざまぁしてみせます

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

双子の転生者は平和を目指す

弥刀咲 夕子
ファンタジー
婚約を破棄され処刑される悪役令嬢と王子に見初められ刺殺されるヒロインの二人とも知らない二人の秘密─── 三話で終わります

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】口は災いの元って本当だわ

kana
恋愛
ずっと、ずっと後悔してる。 初めて一目惚れをして気持ちがたかぶってたのもある。 まさか、聞かれてたなんて・・・

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...