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第20話  億も兆もいきなり超えて京

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同じころ、小屋の玄関の前でドンドンと扉を叩き「頼む!話を聞いてくれ」叫ぶオクタヴィアンの元に剪定を終えて道具小屋に戻る途中のフレッドが通りかかった。

ここに来る途中で籠を手にしたブリュエットが野草摘みに行くのとすれ違ったので小屋には誰もいないはず。

「遂に若旦那様が動いた?!」まるで「山が動いた!」かのような衝撃を受け、フレッドは涙ぐむ。

「あのヘタレで青っ洟あおっぱな小僧だった若旦那様が・・・うぅっ」

こうしてはいられない。
元婚約者に顎で使われて「お財布マン」と不名誉な二つ名で呼ばれた事もあるオクタヴィアン。フレッドにしてみれば現公爵夫人の腹に宿る前から公爵家を知り尽くしたのだ。

次の代もしっかりと!!ここはひと肌脱ぐしかないとオクタヴィアンに声を掛けた。

「若旦那様、何をされているんです?」

びくっとフレッドの声に体を跳ねさせたオクタヴィアン。
ゆっくりと振り向いた時は笑顔の好青年になっていた。

オクタヴィアンとしては使用人と言えど、自身のこんな姿を晒すことは出来ない。ただのカッコ付けなのだ。

「フレッドこそどうしたんだ?仕事が終わったのか?」
「えぇ、私の仕事は庭の維持と庭木の剪定ですから」
「いつもありがとう。そうだ。出来れば本宅の私の隣の隣の部屋から見える庭に花を植えてくれないか」
「植えてます。まだ蕾ですけど」
「そ、そうか…いやぁ改装するんだけど部屋の中だけじゃなくて窓からの景色も一新しようかなと思ってね」

――そうでしょうね。そのつもりで植えたんですから――

フレッドをやり過ごそうとするのが見え見えのオクタヴィアンだが、孫ほどの年齢のオクタヴィアンだ。ここは「先輩夫」として、そして「男としての先輩」として導かねば!!

フレッドは頼まれてもいない使命に燃えた。

使用人の間では出来ればブリュエットにはここに留まってもらいたい。
ブリュエットは離縁の日が来れば出ていく気満々なのだが、留まって欲しい。
しかし、ブリュエットがどうしても嫌だというのならごり押しも出来ない。

なら「いてもいいかな?」と思える環境を作らねばならない。よく言うではないか「外堀を埋めろ」と。

通常はオクタヴィアンが先陣を切って陣頭指揮を取らねばならないが、オーストン公爵家の使用人が頭を抱えるのは目の前にいるオクタヴィアンが「ヘナチョコ」だからである。

ブリュエットには「快適ですよ~」っと思わせればいいが、そのためにはオクタヴィアンをどうにかせねばならない。

「若旦那様。奥様に何の御用です?」
「あ、いや…用事っていうか…」
「会えたんですか?」
「会えたんだけど…そのぅ…うぅっ」

――嘘だろ?若旦那様、泣いてるぞ?――

これはフレッドにも予想外だった。貴族の子息は講師から厳しく指導されるので簡単に泣く事をしない。元婚約者に逃げられた時だって茫然自失となってまるでだったが泣く事はなかった。

幼い頃から祖母とも慕ったミモザ、祖父かのように甘えてきたフレッドだったからかオクタヴィアンはフレッドの前で弱音を吐いた。

「怒らせてしまったみたいなんだ。でも何がいけないのか判らないんだ」
「怒らせてしまったと・・・奥様は結構沸点が高いので滅多に怒りませんよ?」
「そうなのか?ははっ・・・フレッドの方がやっぱりよく知ってるよな」
「まぁ、奥様がここに来た時から友達ですからね」
「友達か…僕は酷い事を言ってしまったからもう夫婦にはなれないのかな。友達ならなれるかな」

――夫婦がダメなら友達も無理でしょう――

極稀に離縁をしても友人関係は保つ男女はいるが、ほとんどは離縁となったら会話もしたくないし顔も見たくないとお互いが距離をとって生活をし始めるものだ。

「何をしたんです?フレッドになら言えますか?」
「うん…喜ぶかと思って流行りの茶を買ってきたんだ」
「買ってきたお茶を奥様に・・・減点10、で?それで?」
「リエの茶も飲んでみたくて、全部飲んだから入れてくれって‥」
「待ってください。リエとは?」
「僕が心で呼んでる彼女の愛称だ。まだ断ってないから口にはしてない」

――心で呼ぶ愛称。ちょっとキモいな。これが最近の若者なのか?――

ここでジェネレーションギャップを感じている暇はない。
フレッドは更に問い質すと‥。

「リエのお茶はたかがお茶、されどお茶・・・混ざり合うからダメだったのにその時は一緒に向かい合ってお茶を飲めたから舞い上がってしまって、嬉しかったんだ。リエが僕にお茶も淹れてくれたから」

「舞い上がった・・・減点15だな…で?」

「リエには何の苦労もして欲しくないから、不自由しかないこんな小屋じゃなくて本宅で夫婦らしく暮らそうって‥言ったんだ」

「それですね。減点85です」

「フレッド‥10、15ときて85ならマイナスになってる」

「えぇ、若旦那様はマイナススタートなので今日の事で更にマイナスが加算されたんです」

「マ、マイナススタートッ?!‥‥そうだよな。初日で」

「えぇ、初日の言動はマイナス3けいですから」

「億も兆もいきなり超えてけいなのかっ?!僕はそんな間違いを・・・あぁっ!あの日に帰って後ろから僕を回し蹴りしたい!フレッド!どうしよう。これ以上嫌われたくないんだ」

フレッドはオクタヴィアンの肩をそっと抱いた。

「大丈夫です。多分嫌われた数字はまだマイナス110点です」

「だが、さっきマイナス3けいだと言ったじゃないか」

「マイナス3けいは無関心の数字です。大丈夫です。嫌われたマイナス110で消えてます!若旦那様、がんばっ!がんばっ!嫌われるって事は少なくとも無関心じゃなくなったって事です」


オクタヴィアンは恐ろしいほどの数値に慄いたが、一気に巨大な数字を打ち消したのが「嫌われたマイナス110点」だという事にがっくりと項垂れた。

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