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第14話  千客万来猫は仮夫の心も呼び込む

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「申し訳ございませんっ!」
「申し訳なかった!!」

まさかの声かぶり。

ブリュエットは声を聞かせるなと言われているのに声を聞かれてしまっただけでなく、気安い返事を返してしまった事に謝罪をした。

オクタヴィアンは腰が折れてしまったのかと思えるくらいに上半身を180度傾けて深すぎるお辞儀をして、失言してしまった事を詫びた。


「あの、頭をあげてください。貴方様が謝罪をされるような事はないのですから」
「いや、この程度で許して貰えるとは思っていない。私は貴女に酷い言葉を・・・」
「それは何となく解りますから。あの時は気が動転されていたでしょうし…多少厳しいお言葉を頂くのは慣れていますから」
「慣れる?それはどういう…私がそういう類の人間だと?」


ブリュエットも判るのだ。
あの日オクタヴィアンの目は虚ろだったし、結婚式の当日なのだから花嫁に逃げられた・・・いやをされたとなれば気持ちが動転してもおかしくはない。

――私は仕事だと思えば良かっただけだし――

実際の所、何でも屋の仕事は引き受ける内容が多岐にわたる。

飲食店や花屋などの店員という接客業もあれば、簡単な書類を整理する事務仕事もあるし、魚河岸で魚を選り分けたり、花卉市場かきしじょうで〇日後の式典に使う花と言われれば丁度で満開を迎える蕾を選んだり。

その他にも道行く人にビラを配ったりもしたし、浮気調査で男女が時間貸し宿の入り口がよく見える所で占い師をしてみたり、清掃業務も床などを掃除する時もあれば一般家庭の煙突掃除もした。

蜂の巣を駆除する事もあれば、逃げ出してしまった飼い猫を捜索したり。
そんな仕事の中には「娘のふり」「孫のふり」と言った疑似家族を演じたこともあったし、彼女や愛人のふりをして、本命彼女の前でこっぴどく振られたり、正妻に思いっきり張り手をされた事もある。

花嫁役も初めてではなかった。ただそれまでの花嫁役は新規オープンする結婚式場の仮想結婚式だっただけで、結婚宣誓書に署名をする役は初めてだった。
ついでに書類上とはいえ、妻になるのも初めてだったが。

仕事なので喜ばれる事もあったし、褒められる事もあったけれどその逆で「役立たず」と怒鳴られた事もあるし、何と言っても何でも屋なのだから数時間文句を聞かされるだけのメンタルが崩壊しそうな仕事もあった。

それから比べればオクタヴィアンの暴言など状況を考えれば笑って流せる。


何より2年間も妻になり、その後離縁。絶望的な気持ちにもなったがこの4カ月ほどの間でブリュエットは逃げた花嫁に感謝する気持ちも芽生えていた。

慰謝料など本来ブリュエットが受けるはずの金はマ―シャル子爵が受け取ってしまっていたが、この調子で節約を続ける生活と小銭稼ぎを復活させ石鹸の販売を軌道に乗せられれば500万ゴル近い大金を手にできる。

小屋は小さいけれどマーシャル子爵家にいた時から比べれば倍以上の広さはあるし、寝返りで痣を作る事のない寝具に、温かいものは温かく、冷たいものは冷たくホッペが落ちそうな食事はあるし、使ってくれと渡されたお仕着せも下着も全部新品。

ブリュエット的極楽生活が満喫出来ているのだ。

――彼女が逃げてくれなければ手に入らなかった生活よ――

だからせめて、オクタヴィアンの願った「声を聞かせない」「姿を見せない」は全うしようと考えていた。勿論その裏には「触らぬ神に祟りなし」と距離を置いて2年間のウハウハ生活現状維持を望んではいたが。

なので謝って貰わなくていいし、気にかけてもらう必要もない。


「大丈夫ですよ。慣れていますから」
「あんな言葉に慣れるだなんて・・・君は一体どんな生き方をしてきたんだ」
「何でも屋です」
「にゃんでも屋‥‥(あ、噛んだ)」
「にゃん♡ではないです。何でも屋です」


飲食店の店に飾られている千客万来猫の置物のように片手をクイっと曲げて「にゃん♡」とポーズを取るブリュエット。

――赤ら顔なのかしら。保湿が大事よ?――

もし、この時、ブリュエットに神が特別な力を与えていたら聞こえただろう。
オクタヴィアンのハートが射抜かれる音を。
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