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第13話  朝摘み野草に浮かれて

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フレッドに連れられてやって来たのは約4カ月住んでいるのに未だに足を踏み入れていなかったブリュエット的未開の地。何故かと言えば本宅の南西にある離れは現公爵夫妻のプライベートな屋敷。

基本は本宅で寝泊まりをするのだが、中央の玄関から左右対称に廊下が伸びてその先は右が公爵、左が公爵夫人のプライベートスペース。

なので、部屋から見える庭もフレッドでさえお伺いを立てて庭木の剪定を行う。
何故そんな事をするのかと言えば、公爵にも公爵夫人にも愛人がいて、愛人を招く建物だからである。

2人が同時に使用する事はないが、そういう意味を持つ離れなので侍女頭のミモザも用意や片づけをする人員を手配する時は気を使っている。

今回は建物の左側。公爵夫人が使用する棟の周囲にある庭にやって来た。

結婚してオクタヴィアンがまだ3、4歳の頃に公爵夫人の愛人だった男性が他国の人で異国の雰囲気を感じたいと庭にもその国の木や花を植えたが、土なのかそれとも苗なのか。種子がくっついていたようで国内でもここでしか見られない野草があったのだ。


「わぁ…ナダソウそうだわ。フレッドさん!初めて見たわ!ズッこけまである!」
「だろ?奥様を連れてきたら喜ぶだろうなと思ったんだ」
「うっわぁ!コクシムそうにフリコミそうが向かい合ってる!」
「あぁ、それはセットみたいなものだからな。ほら。地上げ屋がよく庭に植えてるタチノもあるんだぜ?」
「全部取っちゃったら育たたないから少しだけ貰うわ。また来られるかしら」
「旦那様達も奥様の事は気に入ってるみたいだから日を見て連れて来てあげるよ」


ナダソウそうは煎じて飲むとセピア色の記憶が鮮明に蘇るとも言われていて、昔を懐かしむ時、同窓会などでよく出されるお茶。

コクシムそうはここ一番!という時に「ツキまくっている!」と自分を鼓舞するように変に気分を高めるし、フリコミそうはハイテンションになり過ぎた時に真逆の効果で不安にさせ行動を抑制する効果のあるお茶。

タチノは木の幹から滲み出る樹液が周囲の草を枯らせるので嫌われているが、更地にしやすいと逆の評価もされる。樹液を水で薄めて散布するとイノシシなども寄って来なくなる。

ズッこけはよく滑るので煮だした液をガラス掃除に使うと水滴が雨だれになり難いのだ。

「まるでお宝の宝庫ね」
「奥様が喜んでくれたら何よりだよ」

籠に半分ほど。市場で稀に見られた植物にブリュエットは満面の笑みで野草を摘んでいく。

これらはメイドのカリナに頼んでマーケットという露店主が集まっている青空市場で売って貰うのだ。
以前にカリナが「お義母さんに叱られちゃうから」と言って渡してくれたのは現金だった。

ブリュエットは考えた。
1日1万ゴルの生活費。何とか浮かせる事が出来てもやはり2年後は心許ない。
なので、野草茶などと一緒に売って貰おうと。

勿論自分で売るわけではなく品物を陳列する場所も貸して貰うし、手間もかかるのでリベートは支払うが、トータルして1ゴルでも儲けになるのなら売ろうと考えた。

そして1日当たりの食費を押さえるために捨てる野菜くずを貰い、畑や、窓際で育てる。まだひょろひょろの葉っぱしかないけれど、大根やニンジンの葉っぱは考えていたよりもグングン伸びてきた。

――ふふふ。これで1品作れるわね――

パンは小麦など自分では作れないし小屋のキッチンでは焼く事が出来ないので最終的には本宅の厨房では1日3、4個のパンだけを焼いて貰おうと考えている。

外出は出来ないが、公爵家の周囲は掘りになっていて魚が泳いでいる。川魚は小骨が多いので調理は面倒だが貴重な食料である事は間違いない。形の良い枝を拾っては釣竿に改良中である。

「奥様は山に捨てられても生き抜きそうですなぁ」
「そんな事ないわ。だってパンがないもの」

そう、食事はバランスよく食べなければならない。ブリュエットは炭水化物であるパン無くして生き抜く事は出来ないと考えていた。非常に現実的でもある奥様なのだ。


小屋に戻るとフレッドは「剪定があるから」と道具を手押し一輪車に乗せて小道に消えて行った。


「さて、コクシムそう茶でも飲もうかしら。先ずは洗わないとね」

井戸から水を汲み上げて桶に入れ替えて、鼻歌を歌いながら摘みたてのコクシムそうを洗う。

「どんな味かなぁ…やる気が漲るらしいわね。楽しみだわ。フンフフーン♪」
「楽しそうだな」
「えぇ、そりゃも・・・・・・ぅ」

ブリュエットは少し混乱した。気安く話しかけてくるので同じ要領で返してしまったが、声を掛けてきたのはかの日、「視界から消えろ!」「煩わしい声を聞かせるな!さっさと出て行け!」とブリュエットに言い放ったオクタヴィアンだったからだ。

――どうしよう…声、聞かれちゃった――

ブリュエットは石鹸も形になったし珍しい野草が手に入った事で浮かれてしまっていた。
まさかオクタヴィアンだと思わずに返事を返してしまったのだった。

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