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第09話  仮妻をこっそり観察

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ガラガラ‥‥バシャー。

井戸から水を汲み上げてブリュエットが足でフミフミと洗濯をしていると通りかかったメイドが「おはようございます」と声を掛けて行く。

何かがおかしい毎日の光景。そう、洗濯である。

侍女頭のミモザも「頼むから洗濯をさせてくれ」と言ったのだが、自分の衣類を他人が洗っているとなるとブリュエットが落ち着かない。次期公爵夫人と言っても2年間の限定で離縁をすれば1人だけの生活が始まるのだから変に甘え癖を付けてはいけない。そう考えていたのだが‥‥。

これはただの洗濯ではなかった。

身元保証人もいないブリュエットが2年後に再就職をするのは簡単ではない。そこで考えた。かの日執事は「次期公爵夫人としての事業権利はブリュエットのもの」と、言う事は何か1つ大きな特許を取ればいいんじゃないか。

言うのは簡単だが、そうそう大きな利権となる特許がその辺に転がっているはずもない。ブリュエットは日頃の生活で「こうあれば便利だな」と思うお助けグッズ的なものはないかと模索していた。

その第一弾がどの家庭でも気軽に調達できる洗濯洗剤である。
サイカチ、ムクロジで洗濯をする事はあっても大根や芋の煮汁で洗濯をする者はいなかった。上手く行けば芋は主食ではないものの安価で手に入りやすい。問題は色んな種類の芋があるので試してみなければならなかった。

「奥様~持ってきましたよぅ。これでいいですか?」
「わぁ!ありがとう。調理長さんにもお礼をしなきゃ」
「良いんですよ。これくらいならいつでもどうぞって言ってました」

メイドに持って来てもらったのは芋を煮た煮汁。
大根はまだ時期ではないので、大根よりも長期保存が出来る芋を煮てもらったのだ。

「思いっきりバシャーっといっちゃってください!」
「良いんですか?本当に入れちゃいますよ?」
「いいの。いいの。多分汚れが落ちると思うわ」

鍋にいっぱいの芋の煮汁を洗濯物が入った桶に注ぐとブリュエットはまた洗濯物を踏み始めた。


その様子を建物の影からこっそりと覗き見るのはやはりオクタヴィアン。

朝の早い時間帯なら使用人達もいないだろうと思ったし、今日は庭師のフレッドは妻のミモザと共に休日。今日しかない!と来てみたのだが、また声を掛けるタイミングを失ってしまっていた。

――なんで洗濯なんかしてるんだ?――

使用人にやらせればいいのにとオクタヴィアンはブリュエットが何を考えているのか判らない。そして知らない間にかなりの数の使用人と仲良くなっている事にも気が付いた。

――料理長まで。そう言えば魚をどうのこうの言ってたな――

オクタヴィアンがコッソリ覗き見る間もブリュエットの足は止まらない。
ひとしきり洗濯物を踏んで洗った後は井戸の水でまた洗って水気を絞ると木の幹と建物に繋げて張った紐に引っかけ始めた。

――はやくメイド、どっか行かないかな――

しかし、メイドはなかなかブリュエットから離れない。
ちらちらと顔を出しては引っ込めてオクタヴィアンは時を待った。

「これでいいわ。後は乾いたら汚れ落ちを確かめないとね」
「ホントに落ちるんですか?食べこぼしで洗ってる感じですけど」
「それが落ちるのよ。植物って不思議よね。多分トマトとかじゃダメなんでしょうけど」
「色が染まりそうですよねー。あ、野菜の切れ端。勝手口のところに置いておきましたよ」
「ありがとう。助かるわ」
「それは良いんですけど…わざわざそんな事しなくても…」
「いいの。いいの。これも経費削減よ!」

――経費削減?何の事だ?――

オクタヴィアンは自分だけが蚊帳の外に置かれている気がして少し苛立った。

しかし苛ついている場合ではなかった。

ブリュエットとメイドが話をしながらオクタヴィアンの隠れている方に向かって歩いてくる。オクタヴィアンは植え込みの中に飛び込んで身を伏せた。

――なんで僕が隠れなきゃいけないんだ――

頭では「なんでだ?」と思っても体が動いてしまう。
解ってはいるのだ。いつも私室に戻ると「覗き見するからだよな」と反省はする。堂々と玄関から行けばいいのだが「視界から消えろ!」なんて言ってしまったばかりに謝罪もしておらずバツが悪い。

またコッソリと植え込みの間から見ているとブリュエットが信じられない事をし始めた。

フレッドから借りたのかくわを手にして土を耕し始めたのだ。

――何してるんだ!そんなことしたら手が痛くなる!――

くわではないがオクタヴィアンも領地で領民を手伝い、畑仕事をした事がある。領民からすれば真似事のようなものだが、10分もすきを振っていると手のひらが痛くなり、皮が剥けてしまった。


「じゃ、私、戻りますね」
「はい。ありがとう。皆さんにもお伝えくださいね」
「はーい!また来まぁす」


メイドは本宅に戻って行った。チャンスには違いないが、オクタヴィアンの目の前でブリュエットは・・・。


「おりゃっ!!いよっ!!」

掛け声をかけながらブリュエットは腰を落としくわを振りだした。

あっという間に長さは2mいや3mに少し足らないくらいだが、こんもりと土を盛った畝が出来ていく。そこに何をするかと思いきや、一旦小屋に戻ったブリュエットはメイドが勝手口に置いたという木箱を持って来るとそこから何やら取り出して先程作った畝に素手で小さな穴を掘って埋めていく。

――何してるんだ?――

手元が見えず、オクタヴィアンは植え込みの間からブリュエットを観察した。

どうやら植えているのは野菜のようだが、苗や種とは違う。苗や種ならオクタヴィアンも見たことはあるが、ブリュエットが植えているのは似て非なるものだった。

「よし、出来た。あとは育つのを待つだけね。おっとっとぉ~君達はお水で育つんだぞ~」

ブリュエットが木箱の中に向かって話しかけるがオクタヴィアンには何の事だか判らない。

――水で育つ動物?昆虫?なんなんだ?――

ブリュエットが小屋の中に入っていくとそっと植え込みを抜け出て畝を見ると、そこにはほうれん草やコマツナなど葉物野菜の根っこの部分が植えられていた。

そっと窓から中を覗くとブリュエットが深めの皿に水を張って、豆苗などの根に近い部分だけになったものを機嫌よく並べていて、その隣には背の高くないコップにネギのこれまた根っこの部分だけが浸けられていた。

――いったい何がしたいんだ?――

オクタヴィアンは益々訳が分からなくなった。
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