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第10話  全力疾走と駆け足の違い

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この頃、誰かの視線を感じるブリュエット。

狭い家だし、家具も数がある訳じゃなく部屋の中に隠れている感じではない。
しかし、視線、いや気配を感じるのだ。

「気のせいかしら。やだな。意識過剰になるほどモテたこともないわよ。あははっ」

本宅から夕食の入ったバスケットを受け取って小道を駆け足で駆けてきたのだが、やはり見られているような気がして「気のせい、気のせい」と笑い飛ばす。

寝台のある部屋にはカーテンがあるのだが、リビングと食堂と玄関ホールを兼用した部屋にはカーテンがない。

湯殿は奥まった場所にあるし、外から見える角度からは湯殿への扉も見えないので見られて困るものがないとそのままにしてある。

わざわざカーテンを付けて、離縁した時の退去時に1ゴルでも引かれてしまうのは惜しい。新しい住み家で使えばいいかも知れないが、黒歴史とも言える品をわざわざ使おうとも思わないし、晴れて本当の独り身になった時は全てを一新したいと思ってもいいじゃない?と思うのだ。

気にせずにいようとテーブルの上バスケットを置いた。

「わぁ。今日のスープもアッチッチだわ」

バスケットの側面に手のひらを置いて笑顔もホクホク。

手渡される時に一番最初に入れてもらったスープの鍋。蓋つきで可愛い鍋なので野草を煮だす時に便利だなと思いつつも洗って返却をしている。

「おめでとうございまぁす!」

戸棚から皿を取り出すと、皿の底に指を立ててクルクルと回しながら誰に向かうともなく謝辞を口にして器用に「ホッ!」「ヨッ!」時折皿を浮かせてまた指の先で受け止める。

大道芸人の職人技に近い芸を1人で披露しながらテーブルに皿を並べる。


鍋の熱でパンもホカホカ。肉と付け合わせの野菜は小道を走った事でソースが全てに絡んでしまっているが、1人での食事なのだから「~にソースを添えて」なんてお上品な盛り付けでなくてもいいとポジティブ思考。

最後に鍋敷き用の布をテーブルに置いてスープの鍋を取り出して蓋を開けるともわっと湯気が立つ。

「ハッ!!」

やっぱり見られている気がして窓を見たがランプの灯りに部屋の中が薄く映っているだけ。

「おかしいなぁ・・・気のせいにしては最近凄く感じるのよね」

鍋の蓋を盾に見立てて窓に近づき、外の様子を伺ってみるが何もない。

「おかしいわね‥‥気のせいにしてはさっきは今までで一番リアルだったんだけどな」

窓を開けるのは流石に怖いので見える範囲をキョロキョロと見回し「何もないわね」とブリュエットは、窓際に置いたカイワレ育成皿から何本かをブチブチと千切ると、キッチンでサッと水洗いしてトッピングの為にスープ鍋の中にIN。ちらちら窓を見ながらも食事を始めた。


★~★

ブリュエットの覗く窓の真下。壁に背をあて、息を殺してしゃがみ込んでいたのはオクタヴィアン。


正厨房の勝手口からブリュエットが夕食を受け取るのをみてそっと外に出ると、ブリュエットとほぼ並走で植え込みの間をぬって走った。

「今なら一人だ」そう思ったのだが息が上がってしまい整えるのに時間がかかった。

「どうなってるんだ…はぁはぁ・・・10分近くほぼ全力疾走できる令嬢なんて聞いた事が無いぞ」

肩で息をしているのが男のオクタヴィアンで、やっと息を整えて窓から家の中を覗けばブリュエットは息切れもせずに何故か指を立てて皿を回している。

「どこであんな芸当を・・・いや、あれが普通なのか?」

オクタヴィアンは中央に皿、カトラリーが両側。手を伸ばせば手洗い用のグラスやワイングラスなど全てセットされた状態で着席をする。自分で皿を並べた事など生まれてこの方一度もないので、皿を配置する時は指で回すものなのか?1人で考え込んだ。

更に部屋の中を覗いているとバスケットの中からブリュエットは鍋を取り出し、蓋を開けて満面の笑みを浮かべ‥‥たのだが、瞬間で表情が変わったのをオクタヴィアンは見逃さずサッとその場にしゃがみ込んだ。

「謝罪をする為にきたのにどうして僕は隠れてるんだ…」

凄くいけない事をしている気がしてオクタヴィアンは「出直そう」とアヒルの行進のようにしゃがんだままでヨチヨチと歩いてその場を去ったのだった。
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