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第01話  結婚式前夜、花嫁逃亡事件発生

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マーシャル子爵家の居候。ブリュエット・ハクは現在非常に迷惑をしている。

「なんて浅ましい女なんだ。いいか?勘違いするなよ?貴様は代役に過ぎないんだからな!」
「は。はぁ…」
「全く・・・なんて事だ。どうでもいい!視界から消えろ!」

目の前で憤っているのはオーストン公爵家の次期当主でもあるオクタヴィアン。
年齢は23歳との事だが、初見の相手に対する礼儀はまるで5歳児。


消えろと言われても御伽噺の魔法使いじゃあるまいし、自由にいろんな場所を行き来できるはずもない。困ってしまい頼みの綱と激昂する男の執事に目をやると申し訳なさそうな顔を返されるだけ。

この場にいる者がオクタヴィアンも含めてみんな被害者なのだ。

オクタヴィアンの状況を要約をすると「結婚式の当日に婚約者に逃げられてしまい、急遽代役を立てたのだが腹が立って仕方がない状態」と言っていいだろう。

ハッキリ言ってブリュエットが一番迷惑をしている。怒る前に解放して欲しいくらいだ。

「あのぅ、私はどこにいけばいいで――」
「五月蠅いっ!煩わしい声を聞かせるな!さっさと出て行け!」

びくっと体が跳ねてしまうのは許して欲しい。
ブリュエットだって好き好んでこうなったわけではない。

「こちらへどうぞ」

執事に手招きをされて退室したものの、暫く家には帰れそうにないし、清掃業務には戻れそうにない。

その期間なんと2年。
ブリュエットは絶望的な気持ちになった。


★~★

ブリュエットが居候しているマーシャル子爵家は「何でも屋」を生業としている。

ブリュエットは居候の身で肩身は狭かった。
両親とは7年前に事故で死別。両親と共に兄と妹も神の御許に召された。たった1人助かったブリュエットは事故の補償金が支払われたのでその金目当てに母方の従兄の家に引き取られた。それがマーシャル子爵家。

幼いブリュエットにあてがわれたのは冬場の薪を貯蔵しておく小屋。助かったばかりに死んだ方が良かったかも?と何度考えたか判らない生活を余儀なくされた。

食べ物と言えば井戸の水だけは飲み放題だったが、固形物は使用人が伯父夫婦の目を盗んで恵んでくれる固いパンと庭に生えている草。

働ける年齢になると無給の無休でこき使われた。

夜明け前に起床し、魚河岸に行き水揚げをされた魚の選別。セリが始まる頃には魚河岸を後にして朝食を取らずに職場に向かう労働者向けに屋台で軽食の販売をする売り子。その後は公共施設の清掃を行う商会に行きモップやチリトリ、箒を手にして荷馬車に乗り込んで清掃業務。

清掃の仕事は午後3時まで。そこからは仕事終わりに一杯ひっかけて帰っていく労働者たちが立ち寄る飲食店で開店準備。店の営業が始まれば注文の品の盛り付け、時にテーブルまで料理が盛り付けられた皿を運んで空いた皿を引いて皿洗い。

それらが休みの時には欠員の出た場所に回される。
兎に角毎日仕事をしていたわけだが、美術館でワックスをかけている時に班長から呼ばれた。

「エっちゃん。なんかエっちゃんに用事があるって言ってるんだけど」
「は?私に?誰です?」
「それがオーストン公爵家の執事さんなんだよ。何かした?」


全く覚えがない。美術館や劇場などお金持ちが来るような場所には仕事で来る事はあっても来場者とは鉢合わせしない場所にいるし、基本は平民ばかりの場所にしかブリュエットは活動していない。

伯爵家の人間など使用人は時々飲食店にお客さんで来るかも知れないがその程度。公爵家関係の人間に何かしようにも接点がないのだ。


「あのぅ…お呼びと伺ったんですけど」
「あぁあなたですか。マーシャルさんにはもう支払いを終えていますので直ぐに来て下さい」
「え?いえ、今清掃の仕事を――」
「それはしなくていいんです。こちらが優先ですから」

叔父夫婦の署名がはいった契約書を見せられて班長も「仕方ないね。抜けた穴は何とかしとく」という。連れていかれた先は教会。

教会にある湯殿で散々に体を洗われた後には髪の毛先を整えられて、全身をくまなくマッサージの上に産毛も剃られてしまい、化粧をされ、着た事もない上質な布を使った真っ白いドレスを着せられると「コッチです!急いで」と手を引かれ「いいですか?この先は ”はい” だけ言えばいいんです。それが契約です」念を押され気が付けば祭壇の前。

「貴女は病める時も健やかな時も、富める時も、貧しき時も、夫を愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

――えぇっと…これ誓うと不味いんじゃないの?――

流石に「はい」とは言えず戸惑っていると何故か神父さんがうんうんと優しい微笑で頷く。

「感極まり声が出ない事もあるでしょう。神は心の声を聞き届けてくださいます」


――マジ?じゃぁ ””いいえ!神様!NOですっ!” 聞こえましたかぁ!――


ブリュエットは仕事で花嫁の代わりを務めることになったのだが、単なる結婚式場で花嫁の代役だけではなかった。

結婚式の当日花嫁に逃げられてしまった公爵家。

聞けば昨夜、夕食の前に逃げ出してしまったようで夕食の席にやってこない娘を呼びに部屋に行ってみれば4階なのに引き裂いたシーツを使って窓から脱走。いや逃亡・・・聞こえが悪いから「お出掛け」と言っているがどう考えても「お出掛け」ではないだろう。

――お嬢様なご令嬢には一世一代の逃亡劇ね――

慌てて夜通し探したモノの手引きをしたものがいたようで見つからないお嬢様。

参列者はぞろぞろとやって来るし延期も中止も出来ない。

見ている方が気の毒になるくらい花嫁の両親や近しい親族は真っ青な顔をして最前列に鎮座していて結婚式なのに葬送の儀の空気。

親族以外の参列者はヴェールで顔が隠れた花嫁が入れ替わっているなんて知りもしないので代役を立てたのが、何でも屋のブリュエット。

背格好は似ているらしく来客は本物だと思っている。

代役を立てたが心配なのは教会の対応。しかし教会も冠婚葬祭は言ってみれば現金収入のある営業である。誓いの言葉の時に名前をすっ飛ばすくらいのサービスはオプションでしてくれるのだという。

が、問題があった。
この国では「神への誓い」は国王の前で吐く言葉と同じ。

なので、名前を読みあげられこそしないが誓いのキスの代わりに署名する結婚誓約書には本名を書かねばならなかった。

ブリュエットは仕事なのに本物の花嫁になってしまったのだが、それに納得できないのが夫となったオクタヴィアン。

――判るわぁ。私も仕事とは言え同じ気持ちだもの――

理解を示しても、婚約者の事は本当に好きだったようで裏切られた事実を受け入れられず、退室をした後は荒れているのだろう。花瓶などが割れる音が廊下にまで聞こえてくる。

――やるせないのはこっちも同じなのに――
ブリュエットは呟いた。

今後の説明をすると執事に案内をされるままに廊下を歩いたのだった。
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